第11話 もしも


「あ?ほんとだ」


「それに消えるのでは?一緒に消滅するって。あの都合のいい空の上の異世界と」


「うん、…え、なに?もしかして人…に?あんたも血吸えなくなってたりして」


「な!?」



 飛び出してそこいらの女に魅了をかけようとする。見つめあうとお喋りできない。なんてことはない。というか腹が減らない、血の匂いなんてしない。ああ眩しい、昼間に飛び出してもなんともない。太陽の光が体を温めていく。なんだこのあたたかさは。マスターの声がする。


「キュー様、死んじゃう!!え?」


「こんなことあるのか?」


 泣いていたかもしれない。歪んだマスターと若い女が店から出てきた。黒髪の美女あれは魔女だ。魔女だった女だ。


「あったんだよ、すごい!」


 彼女は僕に抱きついた。マスターも僕らを抱きしめた。




 住所を覚えている魔女が魔法ではなく、手紙や連絡先を知っているものは電話で全員の無事を確認。また都合の悪いことがないようにとマスター、常連客にアパートの大家とさまざまな人が協力してくれた。事情を知っているもの、知らないものも。

 獣のような見た目のモンスターも魔女がかけた魔法の姿のまま。それから1年、2年と若い姿だった小鬼や魔女によって、僕らは歳を重ねていることがはっきりとわかった。子役に大工、タクシーの運転手や僕のように店番をする元モンスター達。中には魔女のように学校に通っている者もいる。



「人間としては赤ちゃんみたいだね。キリュウ、誕生日はいつにする?」


「ここにはじめて来た日だな」


 マスターは前より僕を雑に扱う。僕はもう吸血鬼様ではない。その割に丁寧に人間のことを教えてくれる。ルールが多くて嫌になる。それをみてマスターがまた笑う。


「キュー、いやキリュウ、君がここに来てくれてよかったよ」


「それはこっちこそ、その、なんだ…ありがとう」


「君が素直だと変な感じだね」


「お前がそう教えたんだろ!」


「いつまでもお客さんに怒鳴られちゃ困るからね」


「う」




 もしも人間になれたのなら

 僕はマスターの店で働きながら、小説を書く。冴えないタイトルの異世界ファンタジーだ。いかに人間が愚かで素晴らしいか、弱くて強くて脆くて賢いか。バケモノでいることが楽で愉快で開放的で、苦しくて寂しくて悲しいか。人間になりたかったのは僕ではない、魔女の方だ。僕は彼女に魔法をかけられたんだ。


 いらっしゃいませ

 ようこそ

 人間の世界へ

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もしも魔法が使えたのなら 新吉 @bottiti

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