第6話 学校

 妖魔退治をした次の日、学園の教室内は熱気に満ちていた。

 一人の生徒が転校してきたからだ。

 転校生、というものは何かしらの特別感がある。ましてや、それが超絶美少女なんだから、尚一層だ。


「炎城寺 飛鳥です。よろしくお願いします」


 生徒全員の視線が集まる中、堂々とした所作で自己紹介を行う。

 美少女はどんなことをしても美少女だと思う。ただ、教室に入ってきただけで、クラス全員の目を惹いた。男子も女子もまとめてだ。


「はい、炎城寺さんに質問いいですか?」

「あ、俺も俺も!」


 クラスメイト達は彼女に興味津々だ。でも‥‥


「‥‥お前達、彼女に対する質問は休み時間にやれ。いいな‥‥よし、じゃあ炎城寺、窓際の一番奥だ」


 木村先生の一喝で生徒は押し黙り、飛鳥は与えられた席に進んでいく。彼女の席は俺の後ろになる。だから、席に行く前に俺の近くを通る。飛鳥は俺に視線を向け、少し微笑んで、自席についた。


□□□


 昼休みになって、俺は屋上で友人の征四郎と駄弁りながら昼メシを食っていた。


「いやぁ、凄いな。炎城寺さんの人気は」

「‥‥ああ、そうだな」


 休み時間のたびに飛鳥は囲まれて質問攻めを受けていた。

 男子に、女子に、様々な質問をされていた。どこから来た、彼氏はいるのか、なんでこの時期に、だとか、炎城寺という姓に関しても質問されていた。その質問に悉く、愛想よく答えていた。

 おかげで今も質問攻め、ついでに昼食に誘われていた。


「しかし、『炎城寺』ね‥‥」

「なんだ、征四郎?」

「いや、ちょっと妙だと思ってな。炎城寺家、いや、炎城寺一族と言えば、閉鎖的な一族だと聞いている。確かに炎を使う一族としては相当古い一族で、俺達退魔師の中でも古参の一族だと言える。そういう一族のそれも、次期当主が態々主戦場である関東南部から東京に来たことがどうにも引っ掛かると思ってな」

「‥‥確かにな」


 昨日初めて会ったが、悪い奴には思えなかった。だが、何かあるとは思う。

 いきなり俺にフリーかどうか聞き、昨日中にパートナー契約を結んだ。些か性急に過ぎると思う。


「しっかし‥‥お前、うまくやったな」

「は?」

「とぼけんなよ、彼女がお前を見る目が違ったぞ。明らかに他に比べて、親しみがあった。何があったんだよ、白状しろよ」


 征四郎は腕を俺の首に回し、締め上げてきた。

 オイオイ、これじゃ何もしゃべれないだろうが!

 俺は、腕を何回も叩き、タップした。


「で、なにがあったんだ!」

「あ――、昨日、パートナー契約を結んだ」

「誰と」

「飛鳥と」

「‥‥もう呼び捨てかよ。なんて手が早い! お父さん、そんな子に育てた覚えはないぞ!!」

「お前に育てられた覚えはない」


 そんな馬鹿なやり取りをしていると、昼休み終了の鐘が鳴る。

 俺達は屋上から教室への戻る最中、征四郎が口を開く。


「まあ、なんだ‥‥何処かの後ろ盾のない退魔師なんて、いいように使われるケースもある。お前の実家が『風魔』だとしても、相手が『炎城寺』だと分が悪い。ましてや、お前は実家から飛び出してる身で、『退魔証』持ちの紛れもない退魔師だ。実家からの援護は期待できないぞ」

「‥‥‥‥何が言いたい」

「美しい花には棘がある、イイ女には裏がある、俺の人生の教訓だ。とりあえず、用心だけはしておけよ」


 征四郎なりに心配してくれているようだ。

 まあ、とりあえず、頭には入れておくか。


□□□


「‥‥ええ、であるからして‥‥」


 時間は経ち、本日の最後の授業を迎えた。

 教科は世界史、担当教師は木村先生だ。黒板に板書し、それを生徒がノートに書き写す。俺も必死でノートに書いている。なぜなら、このノートを後に提出することで、テストの結果が悪くとも、御目こぼしを得られるのだ。俺は前回のテストで散々な目に遭い、おまけにノートも酷かったため、地獄の課題をこなすことで辛うじて赤点を免れた。


「‥‥先の大戦は今から10年前。世界全土に影響を与えたため、この時の大戦を第三次世界大戦と呼ばれることもあるが、現状では正式な名前はない。テストに出した際は第三次世界大戦と書いても、バツはつけないから安心しろ」


 木村先生が態々言った内容を俺はノートに書き込み、マーカーで線を引く。これはおそらくテストで出してくる気だ、前回も同じようにテストの事を言った問題を出してきたそうだ。‥‥生憎俺は、前回は授業中に寝ていたため、そんな事は知らんかったが、クラスのヤツらはみんな正解だったらしい。同じく寝ていた征四郎まで正解していたのは、納得がいかなかったが‥‥


「先生、質問宜しいでしょうか?」


 皆が必死でノートに書きこむ中、炎城寺が挙手をする。


「なんだ、炎城寺?」

「先の大戦についてお聞きしたいんですが‥‥木村先生の体験談を含めて」

「‥‥‥‥誰から聞いた」

「人伝に‥‥この学園が出来た経緯も聞いてはいますが、教員の方々の経歴も聞いてはいます。その上で、お聞きします。先の大戦について、先生のご存じの事をお聞かせください」


 炎城寺は真っ直ぐに木村先生を見据える。クラス内の生徒も興味を示している。だが、木村先生は沈黙する。

 ここのクラスにいるのは退魔師ではないにしても、全員が術師、先の大戦の存在を知っていた者達ばかりだし、親類縁者が参加した者もいる。家族もしくは知人から詳細を聞かされた者もいる様で、さして興味を示さない者もいる。


「‥‥‥‥生憎だが、俺が話せるのはそれほど多くはない」


 時間にすれば一分ほどだろうか、時を置いて、木村先生は口を開く。


「先の大戦、事の発端は当時世界最大の術師集団『ネクロノミコン』がそれ以外の全術師に発した命令だ。『指定した術師をネクロノミコンに差し出せ』、平たく言えばそういう命令を出してきた。世界最大の組織と言えど、俺を含めた術師は『ネクロノミコン』の部下でもなければ奴隷でもない。ましてや、指定された人物というのは、それこそ当主やその系譜に連なる者達―――家族だな。そんな者達を、そんな命令で渡すわけにはいかなかった。だから、拒否し、戦った。守るために、な。それが発端だった。命令を拒否した者達、組織に対し、『ネクロノミコン』は刺客を差し向けてきた。多くの血が流れた、『ネクロノミコン』の刺客はそれこそ、術師の中でも一線級の術師ばかり。弱小組織は簡単につぶされていった。おおよそ10年前に頻繁に殺人事件が起きていたが、その原因のほとんどが『ネクロノミコン』の術師によるものだった」


 当時を思い出しているのか、気が滅入ってきたのか、木村先生はメガネを外し、天を仰ぐ。ふぅー、と一息入れると、再びメガネをかけて続きを話しだした。


「世界最大の術師集団相手にバラバラに戦っていては勝てない事は明白だった。そんなときに多くの術師達が立ち上がり、連合を組んだ。『義勇軍』『反逆者』『守護者』、呼び方なんか有って無い様なものだった。まあ、呼称としては『連合』と言うのがいいか‥‥『連合』は『ネクロノミコン』と戦い、勝利していった。『ネクロノミコン』も当初は想定していなかったことだろうさ、自分らが劣勢になるなんて、な。『連合』の術師は必死な思いで、戦った。王牙 刃(おうが じん)、フリージア・アイス、天満 十蔵(てんま じゅうぞう)、他にも多くの術師が戦い、戦線を押し上げた。そして、最後に『ネクロノミコン』の拠点『アルハザード』で決戦、『ネクロノミコン』の首領アブドゥルを『連合』の日輪 総始(ひのわ そうし)が打ち破り、『連合』は勝利した。それが10年前の、俺が知る限りの歴史だ。‥‥‥‥だがな、結局のところ、この戦いで得たものは‥‥‥‥何もなかった。いや、むしろ、喪ったモノの方が大きかった。親を、子を、友を、仲間を、皆失った。だからと言って、最初の要求を呑んで、小を犠牲にして得た平和を喜べたかというと、それも違うだろうな。結局のところ、なんであんな戦いが始まったのか、当時は理解できなかったし、ああなるなんて思っても見なかった。‥‥‥‥本当に‥‥どうすれば良かったんだろうな‥‥」


 心の底から出た言葉、その言葉に空気は重い物になる。

 そんな静寂に鐘の音が鳴り響く。授業の終了を告げる鐘だ。


「‥‥しまったな、余計な事に時間を割き過ぎたか。とりあえず、大戦時の話はテストに出さないから忘れて構わん。来週までにノートを提出しろよ。ちゃんと出来てれば、赤点だけは回避できるぞ」


 木村先生はそれだけ言い残し、教室を出て行く。

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風の忍者と炎の姫 あさまえいじ @asama-eiji

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