第5話 パートナー

 中級妖魔の鬼を退魔した後、俺達はその足で警視庁に連れて行かれた。


「ご足労おかけいたします」


 四島さんがコーヒーを俺と炎城寺の前に置きながら、頭を下げた。

 

「いえいえ、お気になさらず」

「‥‥‥‥いや、原因はお前なんだけどな」


 炎城寺は特に悪びれるでもなく、四島さんの謝罪を受け取っているが、その謝罪は俺に対してだから。お前に対してではないから。


 妖魔退治の後に態々警視庁に行くことになったのには理由がある。

 それは、『退魔証未所持による退魔行動違反』という罪を犯したからだ‥‥炎城寺が。


 退魔師と名乗るには退魔証という公的な資格を有していないといけない、という法律が今から8年程前に制定された。医者を名乗るには医師免許が必要だし、車を運転するには運転免許が必要だ。退魔師を名乗るには退魔証を持っていないといけない、ということになった。

 そのために『退魔法』という法律が制定された。その中にこういう法律がある。

『退魔師とは退魔証を持つ者と定める。また退魔証を持たない者は自身の意志で妖魔に近づくことを禁ずる』という内容だ。

 この法律が制定された背景には、10年前の大戦後に起きたある出来事が原因だ。


 10年前の大戦によって世界の上位クラスに属する退魔師の多くが死亡、もしくは戦闘不能となり、退魔師全体の質と量が低下した。

 それにより、妖魔等の怪異的な存在が一般の目に触れるようになってしまったことだ。元々、妖魔自体は出現してきたが、一般の目に触れる前に駆除されてきた。だが、その駆除する速度が追いつかなくなり、人の目に触れるようになっていった。

 最初は妖魔を妖魔だと思わず、珍種、新種の虫や動物だと思った人が多かった。その結果、不用意に近づき、殺される事件が後を絶たなかった。


 退魔法が制定される前は退魔師が自発的に駆除するようにしていた。退魔法が制定された後も大戦によって退魔師の数は減ったが、それでも退魔師は活動し続けた。だが、以前よりも被害は多く出た。退魔の失敗も多く出た。それでも退魔師は戦い続けた。だが、そんな退魔師を苦しめたのは、妖魔よりも人間だった。


 懸命に頑張る退魔師を力無い人間はバッシングをした。退魔師の顔をネット上に晒し、個人を特定し、誹謗中傷した。退魔を失敗したこと、家族を助けてくれなかった、などの内容を上げた。そりゃ、被害に遭った人からしてみたら、そういう憤りを抱えるのは致し方ない。だが、何の関係もない人間がするべきではなかった。

 そういった行動の結果、退魔を行う退魔師のモチベーションの低下により、妖魔が出ても放置するし、解決のために法外な金額をせびるような退魔師も出てきた。そして支払いを拒否すれば、退魔師が一般人を殺す事件まで起こった。


 そんないざこざの結果、8年前に『退魔法』が制定され、『退魔師』を定義するものが『退魔証を持つ人』となった。

 『退魔法』には退魔師としての定義以外にもいくつかの条文は今も加えられている。その中には退魔報酬での揉め事に対し、国が法律を制定した。それが協力金の支給であった。

 退魔証を持つ退魔師が公的機関の要請に従い、退魔を完了した場合、妖魔の階級及び討伐数に応じ、協力金の支払いを受けることが出来る。

 まあ、何事も金がないとやっていけないからな。ぶっちゃけた話、今時コソコソと退魔師をやっているのは割に合わない。多くの退魔師はその法律に従った。

 だが、この法律に反対をした者達がいた。それが古くから退魔師をしている者達だ。一族が脈々と受け継いできた力の価値は自分達で決める、というモノだった。

 こういった意見は少数ながら割と根強い。基本的には一族が継承してきた力はある種の既得権益の様なモノだ。その力を他人に易々と売り渡せるほど人は無欲ではなかった。


 そのため、現行の退魔法に従う退魔師と従わない『自称』退魔師に二分している。

 そして、炎城寺はその『自称』退魔師側に属していた。


「炎城寺さん。この度はご助力いただきありがとうございました」


 四島さんは頭を下げて礼を言った。


「いえいえ、退魔師として妖魔の存在は見過ごせませんので」

「ですが‥‥今後はお控えください」

「それは、『退魔証』を持っていないから、退魔師とは認められないと言っているのですか?」

「はい」

「力があっても?」

「はい」

「あらあら‥‥それは困りましたね」


 炎城寺は言葉とは裏腹に表情は笑っている。

 どう見ても困った様子はない。


「私個人としては、『退魔証』の取得をしても宜しいのですが、何分『炎城寺』の姓は重いのです。それ故、国家の傘下に下るのを良しとしない者も多いのです。特に私は炎城寺家の次期当主ですので、尚の事受けれません。それに、退魔証を取るのに二の足を踏ませる原因は其方にあるのではありませんか?」


 炎城寺が気にしているのは『退魔法』に含まれている、ある条文のことだろう。

 『退魔師は国家及び公的機関からの要請には速やかに対応すること』

 この条文があるため、退魔証の取得に対し、二の足を踏む者達が出てきた。とりわけ代々退魔師を生業にしてきた一族などからは批判や敬遠される要因になっている。


「‥‥でしょうね。理解は出来ます。あの条文がある限り、退魔証を取得する者が増えるわけがないというのに‥‥あの男は死んでからも祟る‥‥」


 四島さんは頭を抱えて、理解を示してくれた。ただ、所々ぼそぼそと呟いて、聞き取りにくかったが、恨み言を吐きたい気分だったのだろう。


「ええ、流石にあの条文がある限り、炎城寺家の方針としては退魔法とは距離を置くことにしております」

「‥‥だからと言って、こちらは『退魔証』を持たない者に退魔活動を認める訳にはいきません。悪法でも法は法、私は公務員ですので、法律には従わなければなりません」

「ええ。それは勿論分かっております。ですので、協力金は辞退致します。本日のところは其方の風魔さんが全て受け取ってください」

「え!? マジで!!」

「ええ、それで今回の事が丸く収まるのでしたら構いませんわ」


 降って湧いた事態に思わず、喜んでしまった。だって手札斬らずに中級の協力金が丸々もらえるんだ、丸儲けラッキーと小躍りしてしまいそうだった。


「喜んでもらえてなによりです。それにこれからは私たちはパートナーですから」

「ん? どういうことだ?」

「あらあら、お忘れですか? 先程学校で、私に付き合ってくださる、と言ってくれたじゃないですか」

「‥‥‥‥ああ、そうだったな」


 思い出すと、ズゥーン、と気分が重くなる。

 いきなりフリーか、何て聞かれたら、男だったら多少は期待するだろう。

 でも、一度言ってしまった以上、引っ込めるのも、対面が悪い。事ここに至っては仕方がない。


「分かったよ、炎城寺とパートナー契約を結ぼう。それでいいんだな?」


 『パートナー契約』、これも退魔法に則ったものだ。

 ここ2年の間で、退魔証を返納する人が増えた。それもあの条文のせいだろう。その結果作られたのがパートナー契約だ。

 パートナー契約は退魔師と非退魔師間で結ばれるもので、この契約を結べば、非退魔師でも退魔師としての活動が出来る、というものだ。

 『パートナー契約を結んだ退魔師は非退魔師に対し、基本的人権の尊重と個人の自由を保障すること。パートナー契約を結んだ非退魔師は退魔師の要請に応じ力を貸すこと。ただし、退魔師の要請が過剰である場合は拒否する権利を有す』と定められている。

 退魔師でも攻撃力があるが索敵能力が乏しい場合、索敵能力の優れた非退魔師と契約して、退魔活動を行うことがある。

 他には退魔証を持つまでの間、退魔師にくっついて活動し、勉強する場合もある。師弟関係があるものなどはこういうことを行う。

 そして、これもよくある場合だが、単純に退魔証を持ちたくない場合だ。退魔証を持つ者はある種の国家に隷属することになる。そのため、歴史ある大家出身者などは退魔証を所持することを嫌う。だから、退魔証を持つ者と契約し、討伐した際の協力金の何割かを貰うことで、協力関係を結ぶ。

 で、今回の場合、先程の中級妖魔を葬り去る火力を持っている炎城寺と索敵能力に秀でている俺が組むことはある種、理想的な組み合わせだと言える。


「はい、宜しくお願い致します」


 こうして俺は炎城寺とパートナーとなることになった。


「そうですか、風魔さんは炎城寺さんとパートナー契約を結ばれることになりましたか‥‥」

「あ‥‥すいません、四島さん。以前お話を頂いていましたが‥‥」

「いいえ、構いません。風魔さんもあまり気乗りはしていなかったようですし、それに‥‥‥‥まあ、私と彼女なら、まあ、彼女を取るのは、当然でしょう」


 四島さんは炎城寺に視線を向け、そして俺を見て、ニヤァと笑い、訳知り顔でしきりに頷いた。


「い、いやあ‥‥その、まあ、ね」

「うんうん、わかってますよ。私にも同じ時期がありましたし」

「あら、なんの話ですの?」

「いやいや、大した話ではありませんよ。あ、そうです、パートナー契約を結んだのなら、手続きをお願いしますね」

「あ、はい」


 俺はスマホを取り出し、アプリを起動する。アプリ画面内から、パートナー契約の項目をタップする。すると登録情報画面が表示されたので、炎城寺にスマホを渡した。


「ほれ、必要な項目に入れてくれ」

「あら、これは?」

「パートナー契約画面だ。俺の退魔証情報に炎城寺をパートナーとして登録するんだ。そうすることで、俺のパートナーだと炎城寺が登録される」

「分かりましたわ」


 炎城寺は俺のスマホを使って、情報を入れていく。少し時間が経って、炎城寺の手が止まる。


「あの‥‥これでいいのかしら?」


 炎城寺が自信なさげに、俺にスマホを見せる。


「‥‥‥‥これでいいぞ。では、後は炎城寺自身の連絡先を入れておいてくれ」

「ええ、分かりましたわ」


 再度炎城寺にスマホを渡すと、連絡先を入力してスマホを俺に返した。


「これでパートナー契約は完了だ。よろしくな、炎城寺」

「ええ‥‥‥‥あと、呼び方ですけど『炎城寺』の名はあまり、大っぴらに言うのは避けたいので、『飛鳥(あすか)』と呼んでください」

「あ、ああ‥‥飛鳥」

「はい、虎太郎」


 彼女を俺は名前で呼ぶと、彼女は俺を名前で呼んだ。

  

「っ!?」

「あら、どうかしました?」

「い、いいや!」


 俺は何でもない様に振舞った。

 ただ、どうしても思い出してしまった。かつて、パートナー契約をした彼女のことを。

 彼女と炎城寺‥‥飛鳥とは外見は全く似ていない。だが、あまりにシチュエーションが似ていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る