棗と梓(2)

「あなたたち、この1年は勝負の年なのですからね」


 教室には少し開いた窓からすごくいい匂いの風が吹き込んでて、ちっとも花粉症なんかに無縁の私は、春のかぐわしさにうっとりしてた。


「特に社会科は範囲が広いのだから、のんびりしてたら追い付かなくなりますからね」


 はぁ、受験かぁ。

 私は全然その実感がなかった。

 もう人生の半分くらいは働いたような気がするし。

 それに――

 私の能力って宝の持ち腐れなんじゃないかな。もしもそれを職業にできたら受験なんてね。

「あはっ」


「ちょっと御神本さん?」

「はっ、はい!」

「あなたさっきから窓の外ばかり見てるわね」

「そ、そうかもです」

「社会科は楽勝?」

「いえ、地理や公民は苦手かもです」

「じゃあ歴史を質問してみようかな」

「あ、はい」

「1945年8月6日は?」

「はい、第二次世界大戦で日本はアメリカに敗戦しました。でも用意されてた原子爆弾はいずれも使われずに事なきを得たといわれています」

「そうですね。でもその後、2千年代初期にもまた戦争の危機が訪れましたよね」

「はい、第三次世界大戦の危機といわれていますが、そちらも世界各国の仲介などもあり和解交渉が成立したことで回避されました」

「そうですね」


 エルクァフゾで過去は変えられない。

 私はそのことを痛いほど理解してる。

 ではなぜすでに過去に起きてしまってる戦争の歴史をなかったことにできたのか、あの時もうすぐにでも起きてしまいそうだった争いをなくしてしまうことができたのか、本当の理由は私にも分からない。

 でも……。

 ただあの時、ひとつだけ一生懸命やったことはあった。

 本を翻訳してもらうこと。

 そして私は世界に存在する歴史上で大きな争いの中心となる人物たちが、まだ幼かった頃に何度も会いに行った。

 そして手渡した、みかえつばきの児童書を。

 すべての子どもたちに。


「御神本梓さん、やっぱり歴史は得意なのね」

「いやぁ、見角棗先生の教え方がお上手だからじゃないですかね」





【ソーシャル・レジスタンス】おわり

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