珍しいアフターサービス

 サビは目の前で滔々と語る客を静かに見つめる。

 見るからに上質な素材のドレスをまとっていることから、まあ貴婦人の部類と言えよう。紗のような薄い生地を重ねた、丸みの帯びたシルエットのドレスは見るからに柔らかな感触を想像させる。そのドレスはひたすら白く、今手元にある茶をかけたらあっという間に染まりそうだと邪なことを考えてしまう。そしてそのドレスを身にまとうのは、少女のようなかんばせのように見える時もあれば、妙齢の女性のようにも見える女性だ。本来は特定の容姿にしか見えないのだろうが、あいにくサビはそういった術に強い。そのために、余計に彼女の本来の姿がわからないのだが、しかしそれはサビには重要なことではないのだ。

 重要なのは、彼女が以前からサビノカギを贔屓にし、利用している上客であるということだ。

「こんなこと、本当は恥ずかしいことだと思うのです」

 心底恥ずかしいのだと、そう言いたげに頬を染め、目を伏せている様を見て、サビは顎の毛並みをふさふさと整える。

「オフィリア様、言いたくはないのですが、我々は転送までが仕事です」

「はい」

「オフィリア様の世界のことは、オフィリア様の世界の中だけで終わらせてほしいのですが」

「彼が私の手の範囲にいるならどうにかなったのです。信仰途絶えた僻地に飛ばされることになった時も、自分は必ず教えを広めようとおっしゃってくれたのに」

「裏切られたと」

「結果だけを見れば」

 彼女、オフィリアはため息をつき、顔を手で覆う。しかしその手は下げられ、その時には哀れな貴婦人といった表情はしておらず、冷徹な女帝を思わせる険しい顔つきになっていた。

「あれは私が越えてはならぬといった線を踏み越えた。ならば、後の計画のため、また後に続く者への見せしめとして、彼を捕らえ、罰せねばならぬ」

「それで我々を」

「そうだ。そなたらは優秀な目を持っているだろう。それで現地へ赴き、あの痴れ者を捕らえてほしい。料金は通常の倍額出そう」

「いつもとは違い、他の世界に無理やり入る上、転送ではなく捕獲ですからね。三倍は出していただきたい」

 サビがそう告げると、オフィリアはすっと先程と同じくはかなげな貴婦人のような頼りない表情に戻る。

「やむをえないでしょうね。今後も取引がありますし、価格はそちらの言い値に従いましょう」

「あと通行手形のようなものがあればそちらも手配いただけると」

「ええ。最大限の現地待遇は用意しておきます」

「よろしくお願いしますね。それで、仕事の内容ですが、我々は捕獲して、その後どこへ連れて行けば」

「捜索時に必要となりそうなものを用意しますので、それを持った状態で捕獲だけしていただければ、あとは私がどうにかします」

 それを聞いて、サビはなるほどと呟く。

「教会の道具でも持たせる気ですか」

「近しいものはありますね。よろしいでしょうか」

「まあ、我々としても手間が少ないのは良いことです。ふむ。それでは、荒事担当を一人、捜索担当を二人連れても?」

「人数もお任せしますわ。荒事担当は一人で良いのですか?」

「ええ。捕獲であれば一人で充分かと」

「ではサビ様の判断に任せます。何卒、よしなに」

「ええ」

 にこりと微笑み、サビはどこか悠然とした仕草で頷いた。



「というわけで、アフターサービスだよ」

 欠伸交じりに言うサビに、サギは隣にいる二人を見た。

「だそうですが、サンミさん、アキハルさん」

「サギちゃんとアキハル君の護衛だろ~? トラックで人ひくよりは健全でいいわ」

「不本意ながら右に同じく。しかし社長、なんでこのメンバー? 人探しなら、僕よりセンリの方が良くないか?」

「センリは現在手放せない私用があるから、長期滞在型は無理なんだよ。トラックは景気よくやってくれるんだけど」

「手放せない私用?」

「んー、なんでも、最近ボランティア活動をしてるとかで、その関係で一週間をこえる滞在型の仕事は無理なんだって」

「センリってそんな殊勝な趣味持ってたっけ」

「死んだご友人の意思を継いでとかなんとか言ってたけど」

「まあまあ、いない人の動向を探るのはあとにしよう。今話しても仕方ない。アキハル、気になるなら後日聞けばいいさ」

 サンミは軽い調子でそう話し、サビの方を見る。

「護衛は俺一人でいいの?」

「治安はそんなに悪くないから大丈夫だと思うよ。それにアキハルもいるし」

「あ、僕は護衛兼って感じなわけか」

「それと、君新しい魔法覚えたいって話してたでしょう。オフィリア様の世界は独特な魔法形態してるから、勉強にもいいかなと」

「はあなるほどな。じゃ、俺やサギちゃんにも何かあるわけ?」

「サギちゃんには何もないよ。サンミ君は休暇も兼ねて。程々に魔物がいて、ご飯もおいしいらしいから」

「なるほど。ついでに新しいのでも仕入れるかな」

「うえ、更に増やすんですか」

 サギが顔をしかめると、サンミは肩を竦める。

「多い方が強みになるからな。ま、増やすだけだ。使うことはないだろ」

「サンミ君が本気になるようなことはないだろうしねえ」

「寧ろあったら困るよ。それ世界崩壊の危機とかじゃん」

 アキハルが引き気味に言うと、サンミは豪快にはっはと笑う。

「ま、そうなったら二人は先に帰すから安心しろよ」

「変身する前に帰してくださいよ」

「おう! 努力はする」

「いずれにせよ、羽目は外しすぎないようにね。事前資料と大幅に違うところがあったら、一度連絡して」

「大幅って、どれくらい?」

「そうだね、今回のは一冒険者、一市民くらいなんだけど、それが魔王にでもなってたら連絡してほしいかな」



「で、これはどっちだと思う?」

 アキハルが持ってきたチラシを見て、サギは頭を抱え、サンミは苦笑する。

「魔王にはなってねえが、ふむ、異教徒の街の長なあ」

「しかも技術特異点になってる感じですよねこれ。やばくないですか。女神様からもらった書類じゃ、この人技術特異点としての役割は与えられてないというか」

「そうさな。いや、寧ろ技術特異点になってるからこそ、女神様のお怒りを買ったんだろうなあ」

「じゃあ、報告するまでもないのか」

「多分。ひとまず、予定通りこの街に向かうか。街の中うろちょろしてるっぽいから、見つければ即捕獲くらいでいいだろ」

「人目があったらどうする?」

「司祭腕章もらってるし、そのままでいいんじゃないか? 街のど真ん中はやめた方がいいだろうが」

「オーケー。じゃ、サギが見つけたら、僕が誘導、サンミが捕獲って感じかな」

「え、探すの私だけ!?」

 サギが声をあげると、アキハルは仕方ないと肩をすくめる。

「大まかな索敵なら僕もできるけど、やっぱり詳細となると、サギには負けるし」

「じゃあせめて大まかな位置だけでも特定お願いしますよ! 手がかりゼロだと結構疲れるんですから」

「それは勿論やるよ。街に着いたらやってみよう」

「じゃ、方向性決まったし、出発するか。本当に馬車と徒歩でいいのか? 一発転移とかもできるが」

 現地に着いて、三人が降り立った街から目的の街まで馬車を乗り継ぎ十日程度の道のりとなることが判明し、道中サギとサンミは現地の観光などをし、アキハルは魔導書などを見てこの世界の魔法を学ぶという話をしていたのだ。

 その方向性でいいのかと、サンミが改めて確認すると、二人は勿論と頷く。

「サンミさんの休暇兼ねてるなら、そっちの方がいいでしょ」

「僕も色々勉強したいしな。どうせ帰ったら経過一日扱いとかにされるんだ。気持ちだけでもゆっくりしとこう」

「君達がいいならいいんだけどね、じゃ、そういうことで」



 その日トルムの馬車に乗ったのは黒いローブを着た三人組だった。一人は飛びぬけて背が高く、槍のようなものを持っていた。もう二人は杖をそれぞれ持ち、片方は男、もう片方は女だった。

「この馬車はケールの街まで行くと聞いたのですが」

 女は眼鏡をかけていて、この辺りでは珍しい、南の方にあるゲッテンの人間に近い顔つきだった。もう片方の男もそれに近いが、女よりも色が薄い。

「ケールには行くが、あんたら、旅人か?」

「はい」

「僕は魔導の研究をしていてな。ケールでは新しい魔導が開発されたと聞く。それを見たいんだ。これは護衛、こっちは妹だ」

「はあ、ご家族で旅を」

「私が兄に無理を言ってついてきたのです。家にいても、つらいことばかりなので」

 そう言って目を悲しげに伏せる。魔導を扱うことのできる家では、魔導ができるものは優遇され、できないものは冷遇されるのがほとんどだと聞く。彼女もそうなのだろう。

「どうだろうか」

「おらぁ構わねえよ。金さえ貰えりゃな」

「金は勿論。ところで、追加料金を払うから、少し寄り道をしてもらえないか?」

 思わぬ提案に、トルムは訝しげに魔導師だという男を見る。

「寄り道? ケールはほぼ一本道だぞ。一体どこに」

「湖の傍にワビコって村があると聞いた。そこに一度寄ってほしい」

 そう言われ、確かにそんな村があったと思い出す。ケールができる前は観光でそこそこ栄えていたが、最近は観光客はもっぱらケールに行ってしまうため寂れつつあったはずだ。

「勿論あなたの滞在費も出す。どうだろうか」

「金出してくれるならそりゃ行くさ」

「では決まりだ。ワビコで二泊して、その後ケールに向かってくれ」

「ワビコで二泊!?」

「今から行ったら着くのは夕方だろう? 昼間に妹に観光させたいんだ」

「ああ、なるほど。わかった」

 折角だから妹に楽しんでもらいたいのだろう。なかなかに気遣いのできる男のようだ。

「準備とかはもういいのか?」

「ああ。今すぐ出してもらえるか?」

「構わねえよ。よし、乗ってくれ」

「ありがとうございます」

 女が頭を下げ、先に馬車に乗り込む。その後男が乗り、護衛の男はトルムの座る御者台に乗った。

「よろしく頼むぜ」

「ああ、任せとけ」

 そうして出発したが、ケールまでの道中は悪路が続くためかなり馬車が揺れた。それに対し後ろの兄妹は特に文句もなく、なんなら女の方はこの揺れの中で寝ているようだった。

「あの娘さん、この揺れで眠れるとは」

「どこでも寝れるのが特技らしいぜ」

 護衛の男、サンミと名乗った彼の話に、ますますあの女の苦労が察せられる。

「苦労したんだな」

「らしいぜ。実家が厳しいらしくて」

「あんたはあの二人とは付き合いが長いのか?」

「あー、そうだな。数年分の付き合いはある。兄貴の方はしょっちゅう研究目的で旅しててな。その護衛やってんだ」

「なるほど。ちなみに、どこから来たか聞いても?」

「コヤミってわかるか? あそこだ」

「はあ、コヤミかあ。ちっと遠いなあ」

 確かここからなら、馬車を乗り継いで五日程度の距離にあったはずだ。魔導研究が盛んだとかで、魔導師や研究者が多いとも聞く。

「なるほど。そこの家なら厳しいか」

「嬢ちゃんも頑張ってるらしいんだがなあ。実を結ばんらしくて。最近はどっかに嫁に出すかって話も出てて、でもあの両親じゃまともなとこにやらんだろうからと、こうやって連れ出してんだと」

「いい兄ちゃんなんだな」

「ああ、妹には優しいらしい。俺とかはしょっちゅう小突かれるが」

「サンミ、聞こえてるからな」

 御者台のすぐ後ろの幕から男、ハルが顔を出してくる。

「悪口じゃねえんだ、いいだろ」

「聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだ。それにサギが起きるから、声量を控えろ」

「へーへー。わかりました」

「トルム殿、ワビコはあとどれくらいで?」

「あと二時間程度だな。湖自体はあと一時間くらいで見えてくるぞ」

「わかった。湖が見えたら教えてくれ」

「へい」

 頷くと、ハルは馬車の中に戻った。

 その後もサンミという男ととりとめもない話をしていく。ワビコの名産品や名物料理、ケールが流行ってからのワビコの様子、ケールの様子といったことをつらつらと話していると、サンミは律儀に相槌をうち、また色々質問を挟んでくるため、話は盛り上がっていく。

「おらもなあ、もうちょっと金か学でもあれば、ケールに行って一旗揚げるかって気になっただろうなあ」

「話を聞く限りじゃ随分賑わってんし、楽しそうだな。ハルの成果次第では長居することになるし、退屈じゃねえのはいいことだ」

「魔導の研究だったか」

「ああ。詳しいことは俺も知らんが」

「おらもわからんが、凄いよなあ」

 そう話していると、不意に馬車の幌が開く。ハルだ。

「トルム殿、少し馬車を止めてくれ」

「はあ、構わねえが」

 訝しみながら馬車を止めると、サンミが馬車から飛び降り、槍を構えた。

「え、え?」

「魔物の群れが来る。サンミ、二時の方向」

「へいへい。防御は頼んだ」

「勿論」

 ハルは馬車から降り、両手をパンと音を立てて合わせる。直後、馬車の周囲を薄い膜が覆うのがトルムにも見えた。

「トルム殿はサギと共にここにいてくれ」

「そ、それはいいが」

「僕はここから出るが、トルム殿は決して出ないように。サギ、いい子で待ってろ」

「はい!」

 声が聞こえたかと思うと、ハルの妹だというサギも馬車から出て、トルムの横に座る。それを見て、ハルは薄い膜から飛び出てサンミの一歩後ろに立つ。そうしている間に、遠くの方から複数の足音と鳴き声と思しき音が聞こえてくる。四つ足の大型肉食モンスター、トリティラスだ。硬い鱗と鋭い二本角を持ち、餌とみなしたものは群れで追い回し、角で突き殺してしまう気性の荒いモンスターだ。

「ト、トリティラスの群れ! あんさん達、馬車に戻れ! 馬を精一杯走らせれば逃げられるから」

「心配しなくて大丈夫ですよ。二人は強いですから」

 隣にいるサギがそう言って、飛び出そうとしたトルムの腕を掴む。

「しかし、多勢に無勢だ」

「大丈夫です。最悪、ここまで逃げ込めば結界でやり過ごせます。信じて」

 じっとこちらを見るその目に、なぜか言葉が続かず、トルムは渋々頷くしかなかった。

「……ええい、御者は客と一蓮托生! どうとでもなれ!」

「ありがとうございます」

 サギがふと微笑み、そして真剣な表情で二人の方を見た。それにならうようにトルムも二人の後ろ姿を見る。

 トリティラスの群れの先頭がこちらに気付き、突撃体勢をとるのが見え、そこへサンミが群れに向かって槍を投げた。直後、槍の先端から細い光が数本飛び出し、それが槍に絡みつき、槍は光の束となってトリティラスの群れの一頭に突き刺さる。

「発火!」

 ハルが声をあげると、槍の刺さったトリティラスの体に赤い線が無数に走り、体が膨れ上がり、爆発が起こった。そして爆発がおさまると、その場にいたトリティラスの半数が倒れていた。爆発の中心だった槍はシールドでも張られていたのか、無傷でその場に残っている。

「よし、あとは貰うぞ!」

 サンミはそう言うと、槍のところまで駆けていき、槍を取ると、怯んでいるらしいトリティラスの目や首に槍を突き刺し、次々と倒していく。

「は」

「ほら、強いでしょう?」

 サギの言葉に、呆然としながらも頷くしかなかった。

「ところでトルムさん、あの魔物、倒しちゃまずいとかありました?」

「それは、ないが」

「良かった。素材が売れるとかあります?」

「ああ。鱗も肉も角も売れる」

「ありがとうございます。サンミさん! 素材残してください!」

 サギが声をあげると、サンミはおうと軽く応えながら、トリティラスを倒していった。

 そこからものの数分で、トリティラスの群れは壊滅した。



「いや〜、今日のあれは良かったな」

 酒を飲みながら、サンミが上機嫌に話す。同時にゆらりと揺れる影を見て、サギもアキハルもややげんなりする。

「食べたんですか」

「食べたのか」

「いい脚してたからな」

 やはりと、サギとアキハルはため息をつく。

「トルムさんは見えてなかったけど、脚出してましたよね」

「サギちゃんには見えたかあ」

「あの距離なら普通に見えますよ。アキハルさんの爆破でごまかせると思いました?」

「ちょっとはな」

「どうりで。ただ吹き飛ばしたにしては残りが少ないと思ってたんだ」

 アキハルがじとりとサンミを見ると、サンミは肩をすくめる。

「仕方ないだろ。生まれついての性分なんだし。それに今回は休暇がてら脚の調達もあるし」

「今以上に増やしてどうすんだよ」

「財産はあればあるだけいいもんだろ、人間」

 その言葉と共にサンミの瞳孔が一瞬四角になる。それを見てサギは青ざめ、アキハルは顔をしかめた。

「出すな出すな。サギが発狂するだろ」

「あー、悪い悪い。酒飲んでると気が緩むんだよ。ごめんな、サギちゃん」

「せめて私が見てないとこにしてください」

「努力するよ」

 そう話しながら、サンミはふと窓の外に目を向ける。

「ほんと寂れてんな。歓楽街も軒並み閉店とか、やべえだろ」

「客はケールの街に流れてるって言ってたからな。この村で店を開いていた奴らもほとんどがケールに行ったらしいし」

「なんか宿屋の人とかすごい歓迎してくれましたよね。下手したら村あげてになりかねない勢いでしたけど」

「夜遅いから助かったな。きっと明日になったら村あげての歓迎会になると思うよ」

「ついでに情報収集でもするかな」

「肩入れしすぎるなよ」

 アキハルが釘をさす。それに対し、サンミは軽く肩をすくめるだけだった。



 翌日。少し立派な店構えの店が並んでいるが、それに反して人通りは少ない。どこの店も客はいないも同然、或いは地元の者達で雑談をしているというような様子だった。そんな様子だからか、サギ達が店先を覗くだけで店員が大喜びで駆け寄ってくる始末だった。

「いっぱい買っちゃったなあ」

 購入した品を整理していたサギの言葉にアキハルも頷く。

「意外と魔導書も売ってたな。他と違って、治水や景観に関するものが多いのは土地柄かな」

「治水に関する魔法って何するんですか」

「直接水の流れを変えたり、土壁を作るとかそういったものだな。スピードと汎用性重視にしているとかで、コミヤにあったものより略式だった。この世界で魔法の簡略化は初めて見たから、ちょっと参考にしようかなと」

「汎用性重視?」

「この世界の魔法は割と回りくどくて、それなりの魔力がないと発動しないようになってる。それをどうやったのか、簡略化することで多少魔力があれば使えるくらいになってるんだ」

「それ、例のターゲットがやったのか?」

「多分違う。これは五十年前にここに流れ着いたやつが開発したもので、店舗に並んでるのはその写本だそうだ」

「前回の人とかですかね」

「ま、そこは僕達が詮索するところでもない」

「そうだな。明日には噂のケールに向かうわけだが」

「トルムさんによると、朝出発すれば、昼過ぎには着くって話してましたよね。となると、その後落ち着ける場所探して、夜に大規模捜索かけてもらって、次の日に探して捕縛って感じですかね」

「いや、二日ほど観光してからにしよう。どうせ仕事を片付けたらすぐ帰ることになるだろうし」

「賛成。俺も食べ歩きしたい。サギちゃんは?」

「……社長怒りませんかね」

「サビさんはそれくらいじゃ怒らんよ」

「それなら。えーと、じゃあ、明日ケールに着いたら、二日ほどゆっくりして、その後捜索で」

「ん、それでいいだろ」



「あんた達、見ない顔だな。どこから来たんだ?」

 ケールに着き、さて早速と適当なレストランで食事をとっていると、声をかけられた。そうして声をかけてきた人物を見て、咄嗟にサンミとアキハルがサギの目を隠した。標的となっている男がそこにいたのだ。

「わっ」

「え、何、どうしたの。その子の目塞いで」

「すまない。妹は惚れっぽい性格だから、見知らぬ男性に声をかけられた場合、真っ先に彼女の目を隠すことにしてるんだ。サンミ、頼んだ」

「おう」

 サンミが席を立ち、サギの目をしっかり掌で覆ったのを見て、アキハルはその男に向き直った。

「見ない顔と言われるのは当然だろう。僕達はつい先程着いたばかりだからな」

「あ、やっぱり。観光か?」

「そうだ。あーっと、君は、確か、この街の長だろう」

 アキハルが指摘すると、彼は苦笑する。

「まあ対外的にはそうなってるかな。俺は天音光太郎。この街ではコータローって呼ばれてるから、そう呼んでくれ」

「コータロー殿は、見慣れない顔には必ず声をかけるのか?」

「コータローでいいよ。必ずってわけじゃないけど、女一人に男二人ってのは何か訳ありなのかなと思って」

「そうか。僕はハル、目を塞がれているのは妹のサギ、こっちの大きいのはサンミ、彼は僕らの護衛だ。僕は魔導研究をしていて、それでこの街に来た。妹は観光といったところだな」

「ああ、そういうことか。いや、悪いな。この街、割と冒険者や亜人種とかはよく来るんだけど、あんたらみたいな身なりがそれなりにいい奴らって珍しいから。気分を害したなら悪かった」

「街の長としては当然だろう。よく知らんが、オフィリア光教会とやらからは睨まれてるんだろ」

「へえ、よく知ってるね」

 途端光太郎の声が少し低くなったが、アキハルは気にせず言葉を続ける。

「魔導の研究であちこち行ってるからな。王都だったか? 最近そこに寄ったんだが、新聞とかに悪評が載ってたぞ」

「それで俺の顔も知ってたと」

「ああ。お、なんだ。僕達を教会からの回し者と思ったか?」

 アキハルが訊ねると、光太郎はそうだねと返す。

「正直なところを話すと、君の言うとおりだ。俺はお前達が教会から派遣されたんじゃないかと思ってる」

「なぜ?」

「うーん、なんとなく?」

 光太郎にそう言われ、アキハルは顔をしかめる。

「なるほど。では誰を見て、そう思ったか聞いても? 或いは我々全員?」

「ハルとサンミは普通かな。サンミはちょっと人間じゃない気もするけど、まあこの街じゃそういうのは珍しくないから。ただ、ハルの妹だっていうサギ、彼女は、何か違うなって」

「ははあ。あの女神、直感強化でも与えたのか」

 サンミの言葉に、光太郎はぎょっとした様子でサンミを見る。

「女神?」

「ハル、いいか?」

「一日観光するって話だったが、まあ仕方ない。対象から近付いてきてしまったからなあ」

「お前達、一体」

「サンミ、目隠しはもういい。サギ、やるぞ」

「せめてご飯食べてからじゃだめですか? ここのステーキおいしいって聞いてたし」

「どう考えてもこの後飯食べさせてくれる雰囲気じゃねえぞ」

「飯の時間くらいは待つけど」

 光太郎がそう言うと、ハルとサンミは互いに目くばせする。途端、ハルの耳元にサンミの声が響く。サンミが使う意思疎通術だ。

『飯だけ食うか?』

『どうせなら、魔導書読む時間は欲しいが』

『いや、流石にそこまで待ってはくれんだろ』

『聞くだけ聞くか。ふむ、そうだな。圧倒的弱者を装ってみたら同情してくれるかもしれんし』

『あー、俺はなんも言わねえからな』

 ハルは頷き、光太郎を見る。

「これは心からのお願いなんだが」

「見逃せって話は無理だぞ。ここは光教会を嫌うやつが多いから」

「それはわかってる。聞いてくれ。僕達はいわば下請けだ。依頼を受けて、やむなくここに来た。正直こんな仕事やりたくない。でもやらざるをえない。逃げるわけにもいかない。これはわかってほしい」

「……ひとまず、それは信じるよ。嘘言ってる感じじゃないし」

「ありがとう。それでだ、やらざるをえない仕事は憂鬱だが、正直なところ、この街に来たかったのは本当だ。さっきも言ったが、僕は魔導の研究をしている。この街では独自の魔導が発展しつつあると聞いて、それを見れるかもしれない、それだけが楽しみだった。サギとサンミは観光するのを楽しみにしていた」

「はあ」

「つまり僕が何を言いたいかというと、僕らはこの街に着いてまだ数時間も経ってない。せめて三日、いや一日でもいい。僕らに自由な時間をくれないか。何なら監視だってつけていい」

「ハル、流石に無理だろ」

「サンミ、口を出さないでくれ。僕は結構真剣にお願いしてるんだ。どうだろう、光太郎殿」

 じっと光太郎を見ると、彼はかなり戸惑っているようだった。

「その監視は、俺でもいいのか?」

「僕の監視ならそれでもいいが、サギの監視は別の奴にしてくれ。サギはちょっとした事情で、君の姿を見たらまずいんだ」

「惚れっぽいとかでなく?」

「もっと重大な理由でだ。そうだな、影から様子を伺っている耳の長い女性と背の高い女性、彼女らならサギの監視でも問題ないだろう」

「ラナビとシーパに気付いてたのか」

「職業柄こっちを監視するタイプの気配には敏感なんだ」

「なるほど」

「それで、どうだろうか」

 光太郎はしばし逡巡した後、ため息をつく。

「ちょっと相談してくる。流石に一人じゃ決めきれねえや」

「ああ、存分に相談してくれ」

 光太郎が少し席を外したところで、ハルはサギとサンミの方に向き直る。

「逃げるか?」

「いやこれで逃げたら追われるだろうが」

「あと私ステーキ食べたいです。ドラゴンの肉とか食べたことないし」

「そうだな。オーケーが出たら温め直そう」

「今の間に食べちゃだめかな」

「うっかり見られたら困るから、僕が食べさせることになるが」

「やめときまーす」

「ひとまず、大人しく待っていよう」

「だな」

 そのまま五分ほど待っていると、光太郎は二人の女を連れて戻ってきた。片方はウサギの耳が頭部についている茶褐色の肌の女、もう片方は身長二メートルほどで頭に羊の角に似たものが生えている白い肌の女だ。

「話し合いの結果、やっぱり野放しはできないとのことで、俺と彼女らで監視させてもらうことになった。こっちの子がラナビ、こっちがシーパだ」

「え、光太郎殿が監視? それは困るんだが」

「話を聞く限り、ハルは別行動なんだろ。だったら、ハルの監視には俺がつこう。見る限り武闘派じゃなさそうだし」

 つまり、アキハル相手ならば光太郎一人で監視しても問題ないという話になったのだろう。その言葉に思うところがあるが、確かに現時点で光太郎が勝てそうな相手となるとアキハルしかいないだろうと納得もできる。サンミは文字通り化け物であるし、サギも今は仕事の関係で光太郎には負けないことになっているのだ。

「わかった。それじゃあ、僕の監視は光太郎殿で。サギとサンミは一緒に行動してもらってもいいか?」

「流石にサギちゃん一人じゃかわいそうだもんな。いいか?」

「それは勿論。いくら監視が同じ女の子でも、一人じゃ怖いだろうし」

「ありがとうございます」

 サギが礼を言うと、ラナビと紹介されたウサギの耳がついている女がびくりと肩を揺らした。

「か、かわいい」

 ぽつりと聞こえた言葉に、サンミとアキハルは首を傾げた。

「すまん、ラナビは声に対して独特の趣味を持っていて」

 光太郎の説明に、なるほどとアキハルは頷く。そういえば、今のサギはそうなっているのだった。

「ああそういうことか。まあ、趣味は人それぞれだ。ともかく、監視の件はわかった。手間をかけさせて申し訳ないが、よろしく頼む」


 ハルを図書館に案内すると、彼はコータローのことを放って黙々と本を読み始めた。その様は熱心に研究をしている部下達の姿に近しいものがある。

「ハルは、俺に関する依頼をされる程度には魔法とか得意なんじゃないの」

 何冊か読み終え、レポートのようなものを書いているハルの姿を見て思わずそうこぼすと、彼はこちらを見た。

「魔法が得意なことと、魔導を研究することは一緒だ。というより、魔法が得意だからこそ研究を続けないといけないんだ。いいか、コウタロウ殿。どんなに才ある者も、怠ければ努力する者に負けるんだ。怠けているのに努力する者に勝つやつは天才ではない。化け物であり、厄災のようなものだ。そして化け物とて、いずれは何かしらに倒される宿命にある。僕は化け物にはなりたくない。だから努力し続けてる」

「それ、言外にハルが化け物クラスの魔法使いってこと?」

「さて、それはどうかな。少なくとも、コウタロウ殿の魅了にかからない程度ではある」

 その言葉にコータローはどきりとした。実際、コータローはこの世界に転生した際、コータローを導いたという女神に彼女の権能を、万人に無条件で愛されやすいというスキルをもらっているのだ。

「えーと」

「コウタロウ殿、貴殿が僕の監視をするといったのは、僕なら魅了できると踏んだからだろう? そうして僕を取り込んで、他の二人に対する人質にするか、或いは同士討ちでも狙うか、まあそんなとこか」

「……流石に、同士討ちは考えてないぞ。できれば穏便に済ませたいって話で」

「すまないが、僕らにはそうはいかない事情がある。さて、時間がないから調べ物に戻っても?」

「ああうん、どうぞ。ごめんな、邪魔して」

「ええ」

 そう言って、ハルは再びレポートを書き、本を読む。そうやっていると、とてもコータロー相手に戦いを挑もうとしているとは思えない。けれど女神の力によって底上げされた直感が、今すぐこの男を殺すべきだと囁くのだ。その直感に従いコータロー自身も機を伺っているが、ハルは驚くほど隙を見せない。屈強な戦士のようには見えないのに、彼はコータローと会って以来、いやそれとなく見ていた段階から隙がなかった。それはハルと一緒にいたサンミも一緒だ。唯一サギという少女のみ隙だらけだったが、なぜかあの少女には近付きたくないと強く思ったので、結局あの三人の誰にも手が出せなかった。

 これからどうしようかとぼんやりと考えながらハルを見ていると、彼はいくつか本を読み終わったところで立ち上がった。

「お、いいのか?」

「ああ。見たいところはあらかた見れた。コウタロウ殿、助かった」

「本当にもういいのか? 別にこのまま一日図書館に缶詰でもいいし、観光に行くでも付き合うけど」

「いや、そろそろ戻らんとまずい気がする。サンミはいいとして、サギの感性は一般人だからな。監視されながらの観光はきつい」

「あ、そういうこと」

 それならばやむをえないかと、コータローはハルと共に外に出る。

 図書館を出た直後、コータローは肌がざわりと粟立った。過去教会でよく感じた、清廉だがどこか息苦しさを感じる空気、それに似たものを感じたのだ

「は、なんだ?」

「どうかしたか?」

「ハル、あんたは何も感じないのか?」

「普通の人間が感じるレベルでは何も」

「なんか、変じゃないか? 空気が、その」

 ハルはああと頷く。

「コウタロウ殿はそれを感じ取られるのか。まあ、そうだな。直接見ればわかると思う」

「は」

 ハルは自身の耳に手を当てながら周囲を見て、どこかへ歩き出す。

「おい、ハル」

「コウタロウ殿、ちょっとついてきてくれ」

 しばらくハルについていくと、異様な光景が広がっていた。ラナビとシーパ、サンミ、サギが歩いているのだが、サギの両隣をラナビとシーパがぴったりとくっつき、更にその四人の周りにも人が集まっていた。

「なんだ、これ」

「あー、これは僕にも予想外だったな。なるほど、困ってると言っていたが、こういう意味だったか。サンミ!」

 ハルが声を出すと、サギとサンミはこちらを見て、安堵したような表情を見せる。サギがこちらを見ると同時、彼女の周りにいた者達も一斉にこちらに顔を向けるが、その表情はどこか虚ろだ。

「何をしたんだ」

 思わず呟くと、サギの背後からゆらりと何か煙のようなものが立ちのぼる。それはゆらゆらと揺れながら形を作り、人の形になっていく。真っ白なドレスをまとった女性の姿になっていくそれを見て、コータローは顔がこわばっていく。

「な、なんで」

「お久しぶり、と言うべきかしら。ええ、言うべきでしょうね。お久しぶり、天音光太郎。私の愛しき開拓者。先駆けの任を与えた勇猛なる者」

 穏やかなように聞こえるが、その声は、気配は、確かに重圧を放ち、コウタロウを圧倒した。

「女神、オフィリア」

「私の名前を忘れていないようで安心しました」

「なんで、ここに。ここには教会はないのに」

 オフィリア光教会の主神オフィリア。彼女は信仰があるところにしかその力を及ぼせないと言っていた。だからこそ、コータローはこの地でのびのびと暮らしていたというのに。

「ええ、そうです。ここに教会はない。だから、偶像をここまで連れてきてもらいました」

「偶像?」

「えーっと、これです」

 サギが恐る恐るといった様子で、持っているカバンから何かを取り出す。像だ。女神をかたどった真っ白な像はオフィリア光教会ではよく見られるもので、白練像と呼ばれている。

「それはこの街には持ち込めないはずじゃ」

「結界なら僕が無効化した」

 そう言ったのはハルだ。

「そんなこと、できるわけが」

「できたからこうして偶像がここにあり、オフィリア様が権能をこれでもかと使って街の者をたらしこんでるわけだけど」

「あんたら、やっぱり教会の者だったのか」

「いいえ、違います」

 否定したのは意外にもオフィリアだった。どういうことだと睨めば、オフィリアは申し訳なさそうな表情でハル達を見やる。

「彼らは私が依頼してこの地に呼び寄せた者達。決して私の信者ではありません。信者であってくれたらとは思いますが」

「それは契約違反になるし、やろうとしたら社長が黙ってないぞ」

「ええ、そうでしょうね。さて、あなた方の仕事は概ね完了しました。お帰りになりますか?」

「顛末を見届けろと社長からも言われている。ここで見学させてもらうぞ」

「わかりました。さて、それでは、天音光太郎」

 オフィリアの目が金色に輝く。それを見て、コータローは覚悟を決めて彼女を睨みつける。

「俺は間違ったことは何もしていない」

「いいえ、あなたは間違えました。異教徒を救うまでは構いません。そうして異教徒を改宗するという名目さえ唱えれば、その救済は罪にならなかった。しかしそうしなかった。あまつさえ反対するであろうからと私を敵とした。あなたのその短慮が、この街を滅ぼすのです」

 次の瞬間、視界が白く染まった。



 一瞬で周囲が更地になったのを見て、隣にいるサギが震えているのが見えた。

「いやー、見事に更地だな」

「サンミさん、そんな呑気に周囲見てる場合ですか!?」

「実際見てるしかねえしなあ。ま、ハルの結界もあるし、いざとなれば俺の脚があるからサギちゃんは安心しとけよ」

「ううっ、ハルさん、頼りにしています」

「まあ、彼女の神格なら自爆攻撃でもしない限りは防げるから安心していいぞ」

 そう話しながら、一応結界の強度を上げる。この結界はオフィリアと光太郎が話し始めた瞬間から張ったものだが、用心しておいてよかったと密かに思う。今オフィリアが行使したのは、周辺地域の瞬間削除といった魔法で、この世界の主神格だからこそできる技だ。一応彼女の方もこちらのことは除外していたと思うが、万が一巻き込まれてはサンミの脚が炸裂するところだった。

「しかし、きれいさっぱり消しちまったな」

「一片たりとも残っては困るってことだろう。たまたまこの街にいた奴らは災難だったな」

「もうちょっとご飯食べたかったなあ」

「別の街でちょっと遊んで帰るか」

「今回はサンミの休暇ついでだから、それでもいいと思うが」

「サギちゃんどう?」

「え、いや、そこはサンミさんが決めてくださいよ」

「俺としては脚はもう充分だから、どっちでもいいんだよ」

「じゃあ帰りましょうよ。こういう街の微妙に地球寄りになったご飯には興味ありますけど、他はあんまりなんで」

「じゃ、そういうことで」

 こちらでそう話している間にも、オフィリアが光太郎に何か話しかけ、その度に光太郎の表情が絶望に染まっていく。大方、彼がやった所業の何がオフィリアの逆鱗に触れたのか懇切丁寧に話しているのだろう。いつも思うが、神というものは本当に人の心を折るのが好きだなと呆れてしまう。

 その内、光太郎ががくりと項垂れたところで、彼の体が徐々に灰色に染まっていく。石化の魔法だろうか。

 完全に光太郎が動かなくなったところで、オフィリアはこちらに向き直る。

「ハルさん、結界強度最大にして」

 即座にサギが小声でそういうので、密かに結界の強度を最大まで上げる。

「ご協力ありがとうございました」

 オフィリアは穏やかな声でこちらに語りかけてくる。

「この後はお帰りになる予定でしょうか」

「ああ。仕事は終わったしな」

「もしよろしければ、もう一日滞在してはいかがでしょう。私としても、この世界を知ってほしいですし」

「必要ない。僕達はこの男を見つけ、どうなったかを見るまでが仕事だ。それが終わればこの世界に用はない」

 提案をはねのけると、オフィリアの目がすっと細くなる。

「そうですか。残念です。では」

 直後、オフィリアの手元から光線が放たれ、こちら、いやサギに向かって飛んでいく。しかしそれはアキハルの張った結界が防いだ。そこから戻ってきた情報を見るに、やはり命を取るタイプの光線だった。正確に言うと、この場で殺すことで属性を書き換えるタイプのものだ。

「ほう。これはどういうことだ?」

 サンミが声を低くして訊ねる。まずいとアキハルは冷や汗が出そうだが、一方オフィリアは気にした様子はない。それはそうだろう。彼女はこちらのことなどほとんど知らないのだ。

「そちらの方、随分素晴らしい目を持っていらっしゃるでしょう? その目、私の手元に欲しいと思いまして」

「そんなことすれば、うちの社長が黙ってないが」

「サビ様のことですから、バックアップ程度はお持ちでは? それに、彼女の目があれば、私もいちいちサビ様のお手を煩わせることはなくなりますし」

「さてはあんた、半分はそれが目的で彼女をここに呼んだな?」

「いえいえそんなことは」

 口では否定しているが、恐らくサンミの指摘通りなのだろう。はめられたということかと思いつつ、であればとサビの人選にようやく納得がいった。

「ハ、ハルさん」

 サギがアキハルのローブを握りしめ、不安そうにこちらを見るのがわかる。声からして涙ぐんでるかもしれない。というか、アキハルも正直許されるなら泣きたいと思った。サギの手前、意地でも泣けないが。

「大丈夫だ。多分」

「何も大丈夫じゃないですよ。サンミさんカンカンじゃないですかあ」

「あれは女神様が悪い。気休め程度に目隠しはあるけど」

「貸してください」

「じゃあ僕から離れるなよ。サンミ、結界は?」

「ああ、解いてくれ。それと、ちょっと離れてろ」

「世界を壊すなよ」

「任せてくれ。手加減はこの三年でうまくなった」

 そう言いながら、サンミの姿がみるみる変わっていく。まずいとハルはサギに目隠しをつけてやり、魔法で転移してサンミから距離を取った。

 サンミの頭からは二本の鹿角が生え、それにあわせて顔も人のものから鹿のようなものになるが、目は八つになり、口からはイノシシのような牙が生えている。体は盛り上がり、膨れ上がり、十メートル程度の灰褐色の球体が三つ連なった、芋虫のようなものになり、表皮は灰褐色の毛に覆われている。そしてその体の側面から頂点に向かって、毛以外に何かが生えている。それは無数の脚だ。ありとあらゆる生物の脚、あるいは機械や樹木などで作られた脚、そういったものがびっしりと並んでいる。今は結界に阻まれているからわからないが、恐らく獣臭さとゴムが焼けたような悪臭が漂っているのだろう。

 サンミの体が完全に変形すると、それは口を大きく開き咆哮をあげる。途端、結界が軋む音が聞こえた。

「ハルさん~!」

「わかってるわかってる。もうちょっと距離取るから」

 何が手加減がうまくなっただと思いながら、アキハルは更に転移し、サンミの姿が遠くに見える程度まで移動する。

「ハルさんの結界が軋むとか、もう絶対手加減してないじゃないですかあ」

「あいつのいう手加減って、大きさだけなのかもしれんな」

「小さいんですか?」

「サギの世界の商業ビル程度の高さだな」

「あ、確かに前より小さい。でもサンミさんの場合、大きさはあんまり関係ないような」

「脚召喚して使うしなあ。あーあー、多脚様大暴れじゃん。どうすんだこれ」

 遠くで暴れているサンミの姿を見つつ、アキハルはため息をつく。遠見の術で確認する限り、サンミが所持している脚を召喚してはオフィリアを踏みつぶそうとしているのが見える。オフィリアは防護壁を張っていたようだが、それは初撃で砕かれ、今は必死に避けているようだった。流石に女神といえど、あの脚に踏み潰されるのはまずいらしい。

「あー、確かに手加減はしてるのか」

「そうなんですか? いや、私は絶対見ませんけど」

「ギリギリあの女神が避けられる速度で攻撃してるっぽい」

「脚ミキサーじゃなくて?」

「ああ。うーん、女神が謝罪してるっぽいけど、聞く耳持たないふりしてるっぽいかな。あれ遊んでるのか?」

「サンミさんに遊ばれるとか最悪すぎる」

「ま、そうされるに相応しいことしてるからなあ」

「私殺されそうになってました?」

「そう。結界からのフィードバックによると、殺すことでこの世界所属に書き換える魔法だった。サンミはフィードバックは見てないけど、あの女神の言動からそういったものだと察したんだろうな」

「うわあ。生きててよかったあ」

「だな。これでお前が死んでたら、サンミがあの女神殺してサギの所属権ぶんどってただろうし。そうなったら、今度はサンミと社長の一騎打ちを見ることになっちまう」

「社長とサンミさんの一騎打ち……。なんか怖そう」

「あー、サギの世界でいうところの、怪獣大乱闘的な感じだよ」

「一生見る機会がないことを願っておきます」

 サギと話している間にも、サンミの呼び出した足が女神を掠っている。本来なら既に女神が退去していてもおかしくないのだが、もしかしたらサンミが威圧をかけて移動制限をかけているのかもしれない。以前そんなことができるようになっていたと話していた。

「あの女神、トラウマにならないといいが」

「サンミさんに遊ばれてトラウマにならない人います?」

「神ってのはそれくらい図太くないとやってられないんだよ」

「私絶対神様になりたくないです」

「ああ、それがいい」

 頷きながら、今しばらく続きそうなサンミの悪趣味な遊びを眺めるしかなかった。



「というわけで、女神もちょっと心神喪失状態にはなったけど、一応ミッションは達成したぞ」

 帰り次第サビに報告すると、彼女はにまにまと笑いつつ頷いた。

「ま、そんな魂胆だろうと思ってたよ。ふふ、きつめのお灸を据えられちゃったねえ」

「そんな軽挙な神だったのか」

「まだ若いからね。当然野心も強い。まあそうでなければ、うちにちょくちょく仕事を頼んでないよ」

 そういえば、伝手がないからこそうちのような会社に外注するのだと、以前サビかセンリあたりが話していた気がする。

「そうか」

「サギちゃんはちょっと怖い目にあったみたいだし、経過三日くらいにしとこうかね」

「お、いいのか」

「サンミ君のお休みも兼ねてるからね。彼、休みが結構残ってるから、消化してもらわないと。監査入られた時困っちゃうし」

「そういえば、そろそろがさ入れの時期じゃないのか?」

 大体四か月から半年に一度監査という名のがさ入れが発生するので、そろそろではと訊ねると、サビは心配ないと応える。

「最近別件が忙しいみたいでね。うちにかまけてる場合じゃないんだって」

「それ大丈夫なのか」

 前回もそんな話をしていて、呑気にしていた頃に監査が入った気がするが。

「今回はオディリアからの情報だから間違いないよ。間違ってたら情報料返してもらうし、引っ越し手伝ってもらうよ」

「あっそ」

「アキハル、お疲れ様。君もあと一日休んでいいよ」

「そうさせてもらう。今回は収穫以上に疲れた」

 ため息をつきながら、アキハルは席を立ち、帰ることにした。あと一日もらったのだし、今回収集したものの研究でもしよう。

「明後日からは通常業務よろしくね~」

 元気なサビの声には手を軽く振り返すだけで返答した。

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異世界転送会社サビノカギ クロバショウ @96basho

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