第44話 まともに家に帰れるとでも ◇オフライン◇


「なんで……扉が真っ二つに……?」



 京也は現実を受け入れられず動揺していた。



 閉じ込めたはずの人間が鋼鉄の扉を切り裂いて出てきたのだから、そうなるのも無理は無い。



 ただあまりに現実離れしていて、俺が魔法で切ったとは思っていないようだ。



「そうか……廃墟だもんな……。扉が劣化してたのか……な、なるほど」



 こじつけをして、なんとか自分の心を落ち着かせようとしているようだが、意味の無い行為だ。



 そんな事よりもまずは名雪さんだ。



 俺は駿足スキルを使い、彼女のもとに素早く移動し、縛られていた縄を威力を絞ったウインドカッターで切る。



「遅れてすまない。大丈夫だったか?」

「……」



 彼女は疲れ切った顔をしていたが、俺が自分の上着を肩からかけてやると微笑みを浮かべ頷いてくれた。

 これに京也は驚きの声を上げた。



「うわっ!? い、いつの間に!?」



 彼からしたら俺が急に目の前から消えて、名雪さんの傍に現れたように見えただろう。

 京也は慌てて飛び退いていたが、そんな彼は無視して名雪さんに伝える。



「ここでちょっとだけ待っててくれるか?」

「……」



 彼女は不安そうにしているだけだ。

 返事が無いのは手元にスマホが無いからだと思われる。

 京也に取り上げられているのだろうか?



「ともかく、待っててくれ。なあに心配するな。すぐ戻ってくる」

「っあ……」



 彼女は何か言いたそうにしていたが、すぐにその表情を引っ込め、頷いてくれた。



「さて、というわけだから移動しようじゃないか」



 京也にそう告げると、彼はハッとなった後、怒りの表情を浮かべた。



「はぁ!? 何、テメェが勝手に決めてんだよ!」

「この後に及んで、お前に選択肢があると思ってんの?」



 言った直後、俺は最速で間合いを詰め、そのまま京也の腹に拳を捻じ込んだ。



「あふぅ……!」



 かなり手加減したが、彼の体が苦しみで震えるのが分かる。

 さっきまでの憎まれ口はどこへやら、文句を言い返す余裕も無いようだ。



 俺はそのまま彼の体を肩に担ぐと倉庫の外へと出る。



「うーんと、どこがいいかな?」



 人目に付かない場所はないかと辺りを見回した。

 だが、沢山の倉庫が並んでいて見通しが悪い。



「なら、あそこからなら分かるか?」



 俺が目を付けたのはコンテナを吊して運ぶ巨大なクレーン。

 その鉄塔の上だ。



「うう……どこへ連れて行く気だ……?」

「少し黙ってろ」



 クレーンの真下まで移動すると、俺は京也を抱えたまま跳躍した。



「……いっ!?」



 京也は息を吸い込んだような悲鳴を上げた。

 何の前触れもなく、ビルの七、八階の高さまで飛び上がったのだからそんな声も出るだろう。



 人一人抱えていても余裕だったな。



 鉄塔の上に立った俺は、改めて周囲を見回した。

 すると、廃倉庫の奥に更に廃屋がひしめき合っている場所があり、その中央にお誂え向きの空き地があるのが見えた。



「お、いいのがあるじゃないか。あそこにしよう。それじゃ、ほれっ」

「っあ!?」



 俺は鉄塔の上から京也を放り捨てた。



「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 絶叫を上げながら落下して行く。

 遅れて俺も飛び降りると、加速して彼を追い抜き、捕まえる。

 地面に激突寸前で襟首を引っ張って止めた。



「ひぃぃっ……!?」



 京也は白目を剥き失神寸前だった。

 そんな彼に軽く蹴りを入れて目覚めさせる。



「まだ、おねんねの時間じゃないぞ」

「ぐほあっ……」

「そら、こっちだ」



 京也の体を引きずり回し、空き地の真ん中で放り捨てる。



「ぐほっ……な、なんなんだよテメェは……こんなの人間の力じゃねえ……」

「なんだよ、今頃気付いたのか?」

「……」



 京也は頬を引き攣らせる。



「お前は一体……? つーか……俺をこんな所に連れてきてどうするつもりだ!」



 彼はゆらりと立ち上がると、怯えたように言ってくる。



「あれ? お前、名雪さんにあそこまでしておいて、まともに家に帰れるとでも思ってんの?」

「……!?」



 俺が一歩、前に足を踏み出すと、彼は恐怖から同じように一歩後退りする。



「や、やめてくれぇっ! お、俺が悪かった! もうこんなことはしない! だから……!」

「そんな謝罪はいらないよ」

「?」



 京也はきょとんとした。



「もうこんなことはしない? もうしてしまったんだから、何を言っても取り返しは付かないんだよ」

「じゃ……じゃあ、どうすれば……?」



 そこで俺は笑む。



「名雪さんが受けた苦しみをお前も味わってもらわなければ割に合わないだろ」

「……!?」



「いや、そんな事をしても名雪さんの傷は癒えたりしないか。寧ろ、お前のようなクズは、このまま生きていても世間に害を及ぼすだけだからな。消えてもらうのが最良かもしれないな」

「ひっ……」



 後退る彼を前に俺は右手をかざし、そこに火球を作り上げた。

 ファイアの魔法だ。



「っ!? な、なんだ!? 火っ!?」



 こいつには魔法なんて非現実的なものは認識できていないだろう。

 ただ、ヤバい火がそこにある。自分の身が危ないということだけは理解したのか、走って逃げ始めた。



「く、くるなぁぁぁぁぁっ!」



 そんな彼に向かって俺は火球を放つ。



「ひっ! あっ!?」



 彼は必死になって転がり、放った火球を避ける。

 そこはさすがエースストライカーの運動神経といったところか。



 だが、完全には避けきれなかったようで、彼の右腕に火球が直撃した。



「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!! 手が! 手がぁぁぁぁっ!」



 彼は腕に火が付いたまま地面を転げ回る。

 熱さで苦しんでいるのもあるが、砂を擦りつけて消そうというのだ。



 普通の火だったら、それで消火できるが、あれは魔法の火。

 そんなことでは消えはしない。



「消してくれぇぇっ! お願いだぁぁっ!」

「しゃーねえな」



 泣き叫ぶ彼に対し、俺は右手に氷の槍を作り出すと、そいつを放った。

 すると複数の氷の槍が彼の腕に突き刺さる。



「ぎゃあぁぁぁぁっ! いてぇ! いてぇぇっ!」



 炎は消えたが、今度はアイススピアに串刺しにされた痛みで悶えていた。



「騒がしいな。お前が消せって言ったんだろ」

「ぐおわっ……」



 アイススピアの効果が消え、砕け散ったが、残された彼の腕は青黒く変色していた。

 極度の高熱と低温を一度に受けたんだ、その腕はもう使い物にはならないだろう。



 京也は額に脂汗を滲ませながら、俺を睨み付けてくる。



「お前っ……こんなことして……分かってるのか? 殺人未遂だぞ! ただじゃ済まないからな!」



 この後に及んで脅迫か?



「殺人未遂? 確かにそうかもしれないが、なんて説明する気だ?」

「う……」



 そこで今日は口籠もってしまった。



「まさか手から炎や氷を出す奴にやられたとか言う気じゃないだろうな? 誰も信じちゃくれないぞ?」

「……」



 閉口していた京也だったが、そこでほくそ笑んだ。



「そんなの物は言いようだろ」



 確かに。立証するのは別として、ガソリンで火を付けられた挙げ句、液体窒素をかけられたとか言えばそれっぽくはなる。



「それに、お前だって困るんじゃないのか? そんな人とは思えない力が世間にバレたらまともに生きて行けないだろ?」

「それはそれは、ご心配どうも」

「……?」



 俺は笑い返した。



「確かに面倒なことにはなるかもしれない。だが、証拠が丸ごと消えてしまったらどうだろうか?」

「は……?」



 彼は、俺が何を言い出したのか理解出来ない様子だった。

 まあ、分かるわけないよな。



 少なくともノインヴェルトをやってる奴じゃなければな。



 そこで俺は呟く。



「ダークマター・アブゾーブ」



 直後、京也の背後に暗黒の空間が口を開けた。

 モンスターを別の次元へと葬り去る、闇魔法だ。



「な……なんだこれは……!?」



 直感的に危険を察知した京也は地面を這いずり始める。



「別次元への入口。まあ、ブラックホールみたいなもんかな」

「……!?」



「中に入ったらどうなるかは俺も分からないけど、お前はこの世から永遠にさようならってことは確定してる。神隠しなんて言葉もあるけれど、この世の中では年間に結構な数の行方不明者って出てるんだよね。それの一人になるだけさ。勿論、証拠も残らないしね」

「ひぃぃぃっ!?」



 彼が慌てて逃げ始めた。

 だが、ダークマター・アブゾーブから放たれる重力によって、地面を擦り跡を付けながら引き込まれて行く。



「や、やだぁぁぁっ! 止めてくれぇぇ!」



 彼は必死に地面に爪を立てる。

 だが、それも虚しく闇の中へと引きずり込まれて行く。



「ぎゃぁぁぁ……お、俺は……ああ……っ……」



 彼の体が完全に闇の中へと消えると、円形に広がっていた別次元への入口は一点に集束して消え去った。



 後には元の通りの空き地が広がっているだけだった。


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