読みきりナンセンス小説「高田綾美という女」

@Kazumi-Mizusawa

高田綾美という女

 まさかそんな修羅場に発展するとは、だれも思っていなかった。


 「私は、私は、…ワタシだって、栗原さんのこと、ずっと見てたんだからぁ!!」


 職場の全員が、凍りついた。


 


 もうすぐ結婚する予定の男性営業社員、栗原俊之。


 もうすぐ退社する予定の女性営業社員、高田綾美。



 特に目的もなく開かれた、会社の飲み会。退社、といっても実質はリストラされることが決まっていた綾美は、荒れていた。

 ひたすらに酒を飲みまくり、べろんべろんになって愚痴を言いつづける、綾美。


 この会社に愛着がある、やめたくない…。


 そんな愚痴が、いつしか、トンデモナイ方向に、飛び火してしまったのである!!



 栗原の顔に、ヘンな汗がいっぱい浮かんでいることに、全員気がついていた。


 会社の経営状態を考えて、一向に業績を上げることが出来ない綾美を、辞めさせるべきともっとも強く主張していたのは、栗原であった。それは別にいじわるでもなんでもなかった。なぜなら、栗原は、ずっと綾美の教育係だったからである。


 お世辞にも営業向きとはいえない、不器用な性格の綾美を、いっしょうけんめい指導していた栗原であった。ときには自分の業績が下がってでも、優良顧客を回してあげたことすらあった。しかしながら、会社の経営状態の悪化から、まさに身を切る思いで、彼女をリストラすることを支店長に具申したのである。


 綾美は、自分がこの仕事に向いていないことを、理解はしているようだった。

 しかし、綾美は、ギリギリまで「会社に残りたい!」と、言いつづけてきた。みな単純に、この就職難の時代、仕事を失うのは不安だよなあ、そりゃそうだよなあ。などと考えていたのだが…



 まさか、彼女がこんな想いをかかえていたなんて!!



 もうすぐ結婚が決まっている栗原が、綾美の想いに答えることは、出来ないに決まっていた。しかし、綾美は、完全に目が据わってしまっている。


 「私、ずっと我慢していたんです…でも、でも!仕事を失うだけなら、しかたない、あきらめなきゃ、と思うけど…この会社には、この会社には!!」


 綾美が、栗原に、なんらかの答えを迫っていることは明白だった。しかし、栗原は、黙ったままひたすら、汗をいっぱいかきつづけるのみである。

 綾美は、細い体からつややかな香りを放ち、妖しい、濡れた目で栗原を見ているのであった。その若い肢体は、危険なまでの色香を放ち続けている。並の男なら、平気でいられるわけがない。



 男の危機である!!



 おれは、思った。栗原を助けなければ!!


 結婚直前の男に、この強烈なアタックは、きつすぎる!!

 女性にマリッジ・ブルーがあるように、男性にも「結婚直前のココロのゆらめき」というものがあるのである。そこに、凄まじい勢いで急降下爆撃をかけてきた、綾美なのであった。果たして、おれが同じ立場だったら、耐えられうるか?


 危険が危ない!!


 さあ、お待たせしました。十字軍の登場です。パンパカパーン。綾美のつらい気持ちは痛いほどわかるが、同じ男として、ここはどうしても、栗原を助けないわけにはいかないのである。結婚直前の男性に、こんなきついアタックをかけるのは、恋愛のルール違反なのである。

 おれは、わざとらしく満面の笑みを浮かべ、二人のあいだに、強引に割って入った。


 「いやあ、やっぱり綾美さんって、酔っ払うとすごいですねえ!いつも、すっごい酔っ払いますもんねえ!いやあ、びっくりだ、びっくりだ。僕はですねえ、綾美さんのあんまりの酔っ払いっぷりにかんどうして、綾美さんを主人公にした小説を、書いてみようかと思ってるんですよ!!こんな小説なんですけどね…」


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小説・女の一代記

「高田綾美という女」


 高田綾美という女は、酒によっぱらって、同僚の男性営業社員相手に、くだを巻くのであった。


<完>

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 「って、これで、小説は終わりなんですよ。どうです?さいこーでしょ、この小説!!」


 みな、ぽかん、と口をあけた。


 ものすごくナンセンスなネタを放ったときの、聞いてる人たちのぽかん、とした顔が好きだ。普通の人(笑)が、まったくついていけない四次元ギャグ(爆)を放ったときの、宇宙空間の絶対零度のような、ひんやりと冷えた空気が、大好きだ。


 おれ、イカしてる!!

 おれ、先端を突っ走ってる!

 おれ、だれも付いていけない前衛をやってる!!


 そんなカンチガイに酔いしれるのが、無上の喜びなのである。問題は、自分でカンチガイとわかっててなおかつやってしまうという点であるが。


 しかしながら、今回はギャグそのものが目的ではなかった。わけのわからんギャグでみなをぽかんとさせて、そのスキに強引に話題転換して逃げるチャンスを栗原に与えようという、これは超高度な援護射撃なのである!!


 「なんじゃその小説は。わけがわからん!」


 支店長が、おっそろしくストレートな感想を返してくれた。支店長は、いかなるときでもストレートなひとなのであった。ちなみに、そういう普通の感想が、一番ありがたい!!(爆笑)。


 「わー!わー、わー!!」


 突然、栗原は立ち上がって、なにやら騒ぎ出したのだ!


 「わー!おれ、帰る!帰ります!!おれ!家に帰ります!!」


 今度は、おれがぽかん、とする番だった。


 「な、なあに!なんですかそれは!逃げる気ですか栗原さん!!」


 当然ながら綾美が、悲鳴のような声で問いつめた。しかし、栗原は、必死の形相をして言った!!


 「はい。逃げますっ。守るものがあるんです。今の僕には、守るものがあるんですっ!帰ります、逃げます、帰ります!!」

 「まって!まちなさい、まちなさいよぉー!!」

 「帰ります!逃げます!おやすみなさい!みなさん、おやすみなさいっっっっ!!」


 …

 …

 …

 …。



 おれは、かんどうした。

 なんという豪快な逃げっぷりだ。


 おれは、思う。ひきょうな男こそ、最高の男だと。守るべきもののためには、どれだけ男らしくないことでも、正面からやってのける。それは、最強の男らしさではないかと。


 置いていかれた綾美は、泣くのか、わめくのか。

 と思っていたら、綾美はいきなり、その場でぐー、ぐーといびきをかいて、寝はじめたのであった。 


 一同、ずっこけた。


 ずっこけながら、おそらく全員が思ったにちがいない。


 (こいつ…ぜったい、目が覚めたらなにも覚えていないな…)と。


<完>


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おそろしいことに、この文章95%くらい実話という…。

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