最終話

「どうしたの、ぼーっとして」

「ううん、ちょっと昔を思い出してただけ」


 27歳になって、私たちは結婚した。

 仕事にも慣れてきて、後輩社員も多く入ってきたおかげで昔よりは残業も大幅に減った。平日の疲れが和らいだおかげで、休日も楽しめるようになった。


「おばあちゃんみたいなセリフだね」

「うるさいなあ」


 彼は歯を見せて笑って、私の頭を撫でた。

 それだけで簡単に機嫌が直ると思っているようだ。合ってるけど。


「ねえ、散歩に行こうよ」

「なんで」

「天気がいいから」


 窓から外を見ると、絵の具を贅沢に乗せたような真っ青な空が広がっていた。

 とても気持ちの良さそうな快晴だ。


「いいよ」


 私たちは同じ色のスニーカーを履いて外に出た。

 玄関の扉を開けると、暖かい光が私たちをやわらかく包み込んでくれる。撫でるように優しい風が彼の前髪を揺らして、彼はそれを元の位置に直した。

 そんな彼を私は見つめる。



 〝好き〟にも温度があって、二人が同じ温度になることは無い。



 私たちの温度波は、今までずっとすれ違い続けてきた。

 でも、だとしたら。


 その波はいつかどこかで交わる一瞬があって。


「香子」


 少し前を歩く彼は、名前を呼んで私の左手を取る。

 彼の大きな手に引かれて、軽くなった私は小さく跳ねた。


「孝介」


 名前を呼ぶ。彼は笑う。

 きっと私も笑っている。


 私たちの波はいつもすれ違ってばかりだけど。



 ――その波が交わる一瞬は、最高に幸せだ。



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私たちはいつもすれ違ってばかりだ 池田春哉 @ikedaharukana

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