水平線

雨世界

1 走ろうよ。私と一緒にさ。

 水平線


 登場人物


 木花纏 元気な女の子 中学一年生 走ることが大好き


 藤原綾 生意気な女の子 中学一年生 本当は優しい子


 プロローグ


 ……私、まだ頑張れるかな?

 

 本編


 頑張ってね。


 走ろうよ。私と一緒にさ。


 中学一年生 春


 木花纏が中学校の陸上部の100メートル走の記録を更新したのは、纏が陸上部に入部してからすぐの一年生のころだった。みんなに「すごい!」と言われて祝福されているそんな纏の姿を見て、呆然と立ち尽くしていた藤原綾は、ぎゅっとその手を硬く(それこそ血がにじむくらいに)握りしめた。


 中学一年生 夏


 纏の見ている世界は逆さまだった。

 その理由は、今、纏が中学校にある鉄棒に両足をかけて、鉄棒の下で宙ぶらりんの姿勢になっているからだった。(纏は中学生になっても、まだそんな風にして小学生みたいな行動をよくしていた)

 纏の見ている世界は真っ赤な夕暮れの色に染まっている。

 そんな夕暮れ色に染まっている校庭で、綾は一人、まだ残って大地の上を走り続けていた。

「綾ちゃん。そろそろ帰ろうよ。もうずいぶんと遅い時間だよ」

 自分の前のところで足を止めて、はぁはぁと息を整えている綾に向かって纏は言った。

「待って。もうちょっとだけ走る」

 纏を見ながら、体操服の首元の部分を伸ばして汗をぬぐって綾はいった。

「じゃあ、待ってる」

 と纏はいった。


 それから綾は陸上部の顧問の先生である湊川笛先生に怒られるまで、ずっとずっとたった一人で、誰もいない夕焼けの校庭の中を汗だくになって走る続けていた。


 中学校の大会では、つねに纏は綾に勝った。

 綾だけじゃなくて、纏は大会に出ればいつも一番だった。

 纏は誰にも負けなかった。いつも、纏は綾の前を走っていた。そんな纏の背中をずっと見ながら、綾は中学校の三年間を過ごした。


 それから纏は女子100メートル走の中学生選手として数々の新しい記録を更新して、スポーツ特待生として、陸上の名門の風見高校に入学した。

 風見高校には、纏の友達である藤原綾も、同じように(綾は一般入試でだけど)入学をした。風見高校では二人とも陸上部に入学をした。でもこのころになると、二人は中学校時代のように、お話をしたり、一緒に帰ったり、一緒に二人で陸上部の顧問の先生に怒られるまで残って練習したりすることはなかった。


 高校二年生 夏


「あのさ、この際だからいっておきたいことがあるんだけど、聞いてもらってもいい?」

 全国高校生女子100メートル走の決勝戦の前に、選手控え室の中で、綾は纏にそういった。

「うん。いいよ。なに?」

 スパイクの靴ひもをぎゅっと結んでから纏はいった。

「私さ、ずっと昔から、まるで大地の上を吹き抜ける自由な風にみたいにさ、楽しそうに笑って、誰よりも早く走る纏にずっと憧れてたんだ」

 纏を見ないままで白いトレーナーを脱いで、風見高校の陸上選手の姿になった綾は言う。

 同じく風見高校の陸上選手の姿をした纏は無言のまま、綾を見る。(横を振り向くときに、纏のポニーテールの髪が揺れた)

「……纏にずっと嫉妬していた。纏のことを恨んでいたんだ。私。ずっとあなたさえいなければいいと思っていた」

 綾は纏を見る。

「私、ずっとばかだった。私の足が遅いのは、ほかの誰でもない。私自身のせいなのにね。でも、今は違うよ」

 纏の目を真正面から見つめて綾は言う。

(纏はなにかを綾に言おうとして、小さくその口を開けようとしたのだけど、途中でやめてしまった)

 

「今日は、負けないよ。絶対に。今度こそ、纏。私はあなたに勝ってみせる」

 にっこりと笑って綾はいった。

「うん。わかった。……でも、私だって負けないよ。絶対に一番になって、この大会でも、優勝してみせる」と、いつもと同じようにきらきらとした瞳をした(それは、綾の憧れた輝きだった)纏は、綾と同じように、にっこりと笑って綾に言った。


 それから二人は一緒に並んで、選手控え室から出て行った。


 決勝の舞台

 

「位置について、よーい、どん!」

 そんなスタートの言葉を聞いて、二人は同じタイミングで、大地の上を全速力で走り始めた。

 勝負の結果は……。


 君と同じ速度で歩く。君と同じ速度で走る。


 水平線 終わり

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水平線 雨世界 @amesekai

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