若葉の歌に、誘われて
百合宮 伯爵
第1話
桜が咲き始める、3学期末のテスト明け。
ここ星花女子学園、高等部にも、春休みを目前に、解放されたような空気が流れている。
そんな中、朝から生徒たちより浮かれているのが……。
「ふんふふーん、ふんふふん、ふふーんふふんふふん♪ ふんふふん、ふんふふん、ふんふふーん♪」
絶賛社会現象中な某アニメの主題歌を鼻歌で歌い、スキップしてる、ゆるふわ女子。
お気に入りの帽子から零れる、ウエーブの掛かったブラウンの髪は腰まで届く長さ。
ぱっちりとした瞳に、長めの
それでいて高めの身長と、Hカップの豊かな胸の持ち主だ。
「あ、めぐみん先生、ごきげんモードじゃん。なんか、いいこと有ったー?」
生徒に声を掛けられて振り返る、
星花女子学園で歴史を教える、若き女教師だ。
「そうなのー♪ 聞いて聞いてー♪」
にっこにこで教え子たちに近付くめぐみ。尻尾振る子犬みたい。
「実は先生、すっごく幸せなことが有って……」
「どうせガチャで神引きしたとかでしょ?」
「はぅあっ!?」
完全に見透かされている!
女の子大好き、アイドル大好きで、アイドル研究部の顧問も務めるめぐみ。
昨日は、アイドルをプロデュースするゲームに「ちょっぴり」課金して、推しのキャラを引き当てたのだ!
「課金とか、ほどほどにしなよ、先生? 大人なんだから」
生徒に諭される、高校教師の図。ばいばーいと手を振る生徒たちを見送った後、天へと叫んだ。
「……私、ダメな大人だー!?」
※ ※ ※
放課後の職員室。めぐみは、隣の席の同僚から、来年度のクラス表を渡される。
「はい、これ。めぐみは2-2の担任ね」
「ま、また『キセキの世代』ですか。やっと、肩の荷が下りたと思ったのに」
大きくため息。
星花女子学園高等部、67期生。もうすぐ新2年生となるこの学年は、強烈なメンバーが揃っていて、「キセキの世代」と呼ばれている……というか、めぐみが名付けた。
この1年、めぐみが担任してきたのは、1年1組。
「キセキの世代」でも特濃な生徒が集まったことで、「星花の梁山泊」と噂された伝説のクラス。
「あら、不満なの? 1組の子とも、仲良さそうだったじゃない」
「……ええ、まあ。皆、いい子なんですよ? 可愛いし。ここ重要なんですけど、可愛いしっ!」
瞳をキラキラさせて先輩に顔を近付け、手で押し返される。
「ただ、そのぉ……皆、キャラが濃すぎて……疲れるって言うか。私みたいな普通の人には、手に負えなくて……」
誰が普通だ、って顔を先輩にされるけど、気にしない。
来年度に担当する、新・2年2組の名簿へ目を通すと……冷汗出てきた。
「あ、あの、先輩? 何だか、1-1と顔ぶれがあんまり変わらないような? 塩瀬さんに柳橋さんに、泉見の
「がんばれ、めぐみ♡」
「無理です! 死にますー!?」
涙目になるめぐみを、なだめながら、先輩が名簿の中から、ある名前を指し示す。
「でも、ほら。嬉しいでしょ? 今年はめぐみが、ゆりりんの担任よ」
星花67期の生徒で、1年3組に所属していた彼女……なんと、ガチ芸能人。TVに映画に引っ張りだこの、トップアイドルなのだ。
もちろん、めぐみも推している……が。
「よくないッッッッ!!!!」
魂の叫びを解き放った。
「推しのアイドルと同じ教室にいるなんて、私、溶けちゃう! 尊すぎて死にます! 想像するだけで変な汁出る!! だいたい美少女アイドルとは遠くから崇め奉り拝むものであって教え子だからって私自身が親密になっちゃうとかそんなの解釈違いなんですぅぅー!!」
めっちゃ早口。
「……先輩。今、『こいつ、めんどくさいな』って顔、しませんでした?」
「してないわよ? ま、とにかく、がんばってー」
「何だか、投げやり……」
頬を膨らませて、名簿のチェックを続けるめぐみ。
新2-2。……本当に、とんでもないクラスの担任になってしまったものだ。
けれど。けれど、いいのです。気分重くなってる場合じゃない。
「……ふふっ♪」
思わず、頬が緩んでしまう。
だって今週末は……人気アイドルグループ「
※ ※ ※
今、日本一の美少女は誰かと問われたら。
美滝百合葉もいい線いくが、やっぱり、
中学3年生にして、アイドルグループ「椚坂108」不動のセンター。
「現代のかぐや姫」とまで謳われる、黒髪ロングの圧倒的清楚な美貌。
ただ歩くだけで、微笑むだけで星くずが飛ぶような、すさまじいアイドルオーラ。
そして可愛いだけでなく、真面目で努力家で、誰に対しても優しいと、性格面も完璧と言う、まさに地上に生まれ落ちた天使なのだ……!
そんな律歌、今日は幕張のイベント会場で、「椚坂108」ニューシングル発売記念の、握手会。
椚坂の握手会はCD1枚購入ごとに、握手券1枚。
1枚につき、1人1秒から2秒で、握手の時間は終わってしまう……。
「短いよなー、やっぱ。いや、幸せだけど。幸せだけどさー。やっぱ握手会って、こんなものなのかな」
妙に良い声のアイドルオタクな男性が愚痴を零すと、妙に良い声の相棒に笑われる。
「ふ……素人め。お前、さては『ひさかべちゃん』の列に並んだこと、ないな?」
「え? ああ、ひさかべちゃんは俺も推してるけどさ。列も待ち時間も、桁違いじゃん?」
「なぜだと思う? それは彼女が、天使だからさ」
アイドル、姫咲部律歌。握手会でも一番人気な彼女、待ち時間も長いけれど。
初めて並んでみた良い声のオタク、感動に震えながら、
「え……何かすっごく、ぎゅーって握ってくれた……俺なんかの
「ふ……そうさ。彼女は天使。翼を失くした
来てくれたファン、全ての人に。最高の思い出になってほしいから。
姫咲部律歌は、一人ひとり、思いを込めて両手を握る。最高の
時々、剥がしのスタッフに「長いよ」と叱られるけど。
(私が目指すのは、世界中を笑顔にするアイドル。握手会だって、一人たりと、手を抜きたくなんかないの)
ストイックなまでの矜持。誇り高く高潔。これが国民的アイドル、姫咲部律歌だ!
でもそんな律歌にも、一人だけ、実は「あまり来てほしくないなぁ」って思ってるファンが。
「……げぇっ、先生!? やっぱり来てる!」
思わず声出しそうになって我慢。
にこにこしながら列に並んでるのは、星花女子の歴史の先生……愛瀬めぐみ。
たまたま椚坂の衣装と服が似てたのと、キュートで目立つ美人なので、スタッフが「あれ? メンバーの方です?」とか声を掛けている。
「違いますよー」と微笑みながら、CDを10枚、じゃんっと並べて見せる、めぐみ先生。
律歌は視線を逸らしながら、
(ああ……あのスタッフさん、新しい人だから知らないのね。めぐみん先生は、CD108枚買って、全員と握手した伝説を持つ、猛者なのに。「ボーナス吹っ飛んだー! でも嬉しいぃぃー!」って、学校で泣いてた!)
この姫咲部律歌、星花女子学園の中等部に通う生徒。
だけど、学園ではアイドルなのを隠してるので……あまり先生に顔を見られたくない!
背中、汗ダラダラな律歌。めぐみ先生の番が来てしまった!
と思ったら先生、わっと号泣して、崩れ落ちる。
「ど、どうしました!?」
「うわぁぁぁん、だって、だって生ひさかべちゃんが、目の前にぃぃ……! 私、幸せ過ぎでぇ……っ。ありがどう、産まれてきてくれて、ありがどうぅぅぅ……!」
べちゃべちゃに泣いている。
男性ファンだと容赦なく剥がしちゃうスタッフも、めぐみ先生可愛いので、ちょっと対応が甘い。涙を拭いてあげながら、「ほら、立ちましょう? せっかく来たんだから……」とか、声を掛けている。
そして天使……律歌も、机の前に出て、めぐみの手を取って。
「……嬉しいです。そんなに、私のコト、好きでいてくれて。これからも、貴女のアイドルでいられるように、がんばりますね。先生」
にこっと、宇宙一可愛い笑顔を向けた後に。心の中で。
(しまったぁぁぁぁぁぁ!? 先生って呼んじゃったぁー!? 私が星花の生徒なのは、内緒なのに!?)
焦る! けど先生、感激し過ぎてて、気付いてない様子。
どうにか無事に、握手会は終わった。
帰り道。
新幹線の中でお化粧直しながら、めぐみはふと、
「……あれ? 誰かに、先生って呼ばれたような……?」
今頃気付くけど、推しのアイドルたちと握手した幸せな余韻で、記憶が曖昧だ。
むしろ幸せ過ぎて、何も覚えてない。誰と何を話したかとか、もう。
「はぁー♪ 椚坂はみんな可愛いし♪ 学校ではこれから毎日、生ゆりりんと同じ酸素吸えるし♪ 道長さん、『この世をば』の詩を詠んだ時は、こんな気分だったのですね♪」
望月の、欠けたることも、無しと思えば、とかリズムを付けて歌い出すと、ピロリンっと、スマホに通知が。
……それは、クレジットの請求。残念ながら愛瀬めぐみは平安貴族とかではない、ただの一般市民なのです。
金額を見て、声にならない悲鳴。アイドルゲームの課金に、CD代に、推しに貢いだ諸々。
「……私、ダメな大人だ―!?」
星花女子学園、新学期間近。
愛瀬めぐみは、新たな出会いに胸を膨らませる前に、カップラーメンだけでお腹を膨らませる日々に、直面するのだった。
※ ※ ※
律歌は星花の中等部3年。4月からは、高等部に上がる。
校舎は繋がっていて、南が中等部、北が高等部。中央に共用の建物。
「北側には、あまり行ったこと無いなぁ」
ふと思い立って、見学しようと歩いていると。
桜の咲く庭で、友達とじゃれている、高等部の生徒。
「ねえねえ、なっちゃーん。仲良くしようよー。今度、同じクラスになるみたいだしさー。あれ? 今はつーちゃんとどっち?」
「司です。そして抱き付かないでください。スプレー、シュッシュッてしますよ」
「ひどっ! もうしてるし!? ……けど、この塩対応が癖になっている私がいる……!」
律歌にとっては、1学年先輩。高等部1年3組、今度2年2組になる、美滝百合葉。
子役で芸能界入り、迫力ある歌声で歌手としてブレーク。今はアイドル声優2人と組んだユニット「
(楽しそうだなぁ、ゆりりん)
正体を隠して通っている律歌と違い、美滝百合葉は星花の理事長にスカウトされて、特待生として入学した。
「アイドル・美滝百合葉」のままで、当たり前に笑って、当たり前に友達を作っている彼女に、律歌は。
天使と呼ばれる少女は……憎しみすら感じて、強い自己嫌悪に陥る。
「……仕方ないよ。私は、ゆりりんとはキャラ違うもの。あんな風に、アイドルのままで友達作るなんて、きっと出来ない」
姫咲部律歌は、学園ではぐるぐる眼鏡をかけて、髪型も替えて。いてもいなくても、誰にも気づかれないような、空気みたいな存在に徹している。
国民的アイドルと同姓同名なのに、誰も同一人物と思わないのは、律歌の演技力の賜物だけど、ちょっぴり不満は有る。
けれど。中学生の時。星花に転校する前のことを思い出すと。涙が出る。震えが止まらなくなる。
椚坂108でデビューして、トップアイドルへと駆け上がった律歌を待っていたのは、中学での、嫉妬と、ひどいいじめだった。
(私は、ゆりりんと違って、強くないから)
優しい律歌に出来たのは、逃げることだけ。
中学2年の冬に、誰も知り合いのいない、星花女子へと転校した。
それからは、アイドル「ひさかべちゃん」だとは気付かれないように。目立たないように。
……けれど、そんな、自分を偽ったままで、友達なんて出来るはずも無く。
(寂しいよ)
美滝百合葉を見ていると……優しい星花の生徒たちになら、私も、同じように受け入れてもらえるかもって。そんな期待を抱いてしまう。
けれど、踏み出す勇気も無い。
(でも、いいの。「本当の私」なんて、誰も見つけてくれないままで)
TVの中で、動画の中で、椚坂の「ひさかべちゃん」が笑顔でいられれば。
地味で、寂しがり屋の、一人の女の子は。ああ、死んでしまったって、いいんだ。
だけど、桜の薫りに、ほんのちょっぴりの希望を託して。
そっと、呟いた。
「誰か、私を見つけて」
放課後の学園に、百合葉が大声で歌う、歌が響き渡る。
愛瀬めぐみと、姫咲部律歌。「アイドル」に人生を狂わされた彼女たちの物語が、もうすぐ始まる。
若葉の歌に、誘われて 百合宮 伯爵 @yuri-yuri
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