きっかけ

弟の一弥は、最近になって一度辞めたギターをよく弾くようになった。

せっかくいいギターを買って、ライブまで出たのにぱったりと弾かなくなったし、話もほとんどしなくなっていたから、兄としては非常に嬉しいことだ。

「勇志、アコギ貸してくんない?」

突然、一弥は俺に話しかけてきた。

それからというものの、コードを教えたり、曲の作り方とか、関わる機会が増えた。

バンドの解散はしないが、メンバーは全員大学生、そろそろ本格的に就活しなきゃとメンバー達と話していた頃だった。

だから「とりあえず」という名目で「最後かもしれない」ライブをすることになった。

一弥は驚いていたが、俺たちは単なる趣味で続けていて、教師志望だったり、医者志望のやつもいる。逆によく続いてたなって思うよ。

高校から数年、この仲間と出会えて俺は幸せだ。

「一弥もライブ来いよ!今回は興味ないと思うんだけどせっかくだから俺の彼女も呼んだんだよ。あ、一弥は彼女できた?」

「うるせぇ!」

彼女とは言わなくてもそれは明らかにそういう存在がいるってことじゃない?

たしか今までも彼女はいたはずだし、一弥はそれなりにモテると思うんだけど、長くは続いてないみたいだった。

まぁ、あんな反応を見れて、兄として俺は嬉しいよ。



その日はスタジオ練習の日だった。

一弥は友達連れて遊びに行くって言ってた。

スタジオの中は、外の音が遮断されて、ここでしか作れない音が生まれる特別な場所だと思っている。

そして神聖な場所である。

そんな場所に誰を連れてくるっていうんだろう。

「今日、一弥が友達と遊びにくるって言ってたわ。」

「おー、久々だな!一弥ってもう高三だよな?なーんか懐かしいなぁ。俺らあの頃、一弥がかわいくてかわいくて仕方なかったよな。いじめたくなるっていうか。」

ベース担当の拓がニヤニヤしながらこう付け加えた。

「彼女かな?」

みんな、考えることは一緒か。

みんなで笑った。

そんなこんなで曲順を決め、順を追って合わせていった。

あー、幸せ。



二曲目が終わったところで、扉が開いた。

入ってきたのは一弥と、予想通りの女の子。

なんとなく見たことあるような気がするが思い出せない。

「勇志、これ差し入れ。」

ぶっきらぼうに差し入れのジュースを椅子に置いて続けた。

「こっちが高田咲。クラスメートでバンド好きなんだ。」

「お邪魔します。」

咲ちゃんの落ち着いた挨拶と風貌に本当に高校生なのか疑ったが、それぞれ挨拶を済ませたところで思い出した。

「咲ちゃんって、もしかして高田夕の妹?」

夕とは、高校は違うがライブハウスで出会った友達だ。

バンドは組んでなかったけど、音楽に詳しい、そしてモテるやつだった。

たまに妹と一緒にライブを来ていた。

他と比べると良い意味で浮いていたから覚えている。

「そうです、よくご存知ですね!」

「夕って今もアメリカにいるの?」

「そうですね、私も久しく会ってないのでよく分かりませんが、あっちの大学で頑張ってるんじゃないですかね。」

兄妹なのになんか距離感あるな、ま、俺たちも同じか。

周りからの咲ちゃんコールが鳴り止まず、咲ちゃんも一つ一つ答えていたが。

「勇志、話しすぎ。そろそろ始めないと時間もったいないだろ。」

明らかな嫉妬を見せた一弥に、俺はいじめたくなる気持ちを抑え、ギターを手にとった。

きっと他のメンバーも同じことを思っているはずだ。

それにしても夕の妹か。世間は本当に狭いもんだ。



セトリ予定の曲を一通り終え、片付けをして、みんなで飯だ。

せっかくの機会だが、一弥と咲ちゃんは帰るそうだ。

「咲ちゃん、またね!一弥をよろしくね!」

「よろしくって・・ライブ楽しみにしてますね。」

俺の勘では、まだまだ一方通行ということか。

俺たちは近くの安い大衆居酒屋に入った。

ベースの拓、ギターの直斗、ドラムの正道、みんな同時に夕の話で持ちきりだった。

社交的で、飛び抜けたビジュアル、でも憎めないやつで、誰よりも友達思いのやつだった。

夕と一緒にいた時間はたしかにあったけど、夕はいつもどこを見ているのか分からないやつだった。

いつの間にかアメリカ留学を決めていて、俺たちを驚かせたのを覚えている。

そんな突発的な行動で周囲を驚かせてからは、ほとんど連絡もなく今に至る。

忘れかけた頃に今度は妹の咲ちゃん登場だ。

あの頃は、ただモテたいとか簡単な理由でバンド組んだりしていたけど、夕は違かった。

咲ちゃんは社交的ではないが、少し夕に似ている。

懐かしい記憶を辿って、俺たちは明け方まで飲み明かした。



今回のライブは、今までのオリジナル曲をまとめて、MCなしで一気に演奏しようと思っている。

息をする暇もないくらいの最高の一夜にしたい。

そうだ、一曲だけ一弥に唄ってもらおうか。

きっと昔とは違うはずだ。

聴いてくれるかわいい子もいるわけだし。

「なぁ、一弥、二年ぶりにまた唄わない?」

自室でギターを弾いていた一弥に聞いてみた。

返事が返ってこない。

「聞いてる?」

もう一度尋ねた。

ギターを弾く手を止め、一弥は言った。

「最後かもしれないライブなのに、いいの?」

「当たり前だろ、前のライブで最後に唄った曲、練習しとけよ!」

久々に目を輝かせる一弥をみた。

好きな子ができると、こんなに変わるものなのか。

他のメンバー達も快く認めてくれた。

何事もまずは経験というが、経験をするにはある程度のチャンスを掴む運が必要だ。

きっと一弥には、今その時が来たのだろう。

誰から見てもプライドが高くて、見た目も良くて、勝手にちやほやされてきて、でも本当は自信もなくて、自分から壁を作るようになった一弥をずっと近くで見てきた。

いつの間にか話さなくなったのは、俺もどう接すればいいのか分からなかったから。

誰がなんと言おうと、最終的には自分の人生は自分で決めなければならない。

そうであったとしても、一つのきっかけになれればいい。

最高のライブにしよう。

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