第7話


 片翼…片翼……片翼…。

 その言葉を聞く度に、胸が締め付けられた…。

 悲しかった…、申し訳なかった…、でもそれ以上に…、その人に会いたかった…。

 会いたくて仕方がなかった。

 会いたい…、知らないはずの人なのに、いつも…ずっと一緒に居た気さえする…。

 いや…違う…、気がするんじゃない…、一緒に居たんだ。

 あの人は、いつも自分の隣にいた…、寄り添ってくれた。

 何気ない日常の中で…、絶望の戦火の中で…、極上の幸せの中で…、いつもいつも、自分に幸せをくれた…、笑顔をくれた…、温もりをくれた…。

 自分にとって、その人は体の一部に等しい…、愛おしくて…愛おしくて…絶対に放したくない…失いたくない存在。

 だからこそ、あの人と会えなくなるのが悲しかった…、お互いにお互いの事をどう思っているのか知っているから申し訳なかった…、だから…その気持ちを踏みにじる結果が目の前にある事に、ごめんの一言しか言えなかった…。

 はっきりと思い出せない…、名前も…顔も…声も…全て、眩い光の中で輪郭すらもうっすらとぼやけて見えるような状態だ。

 こんなに想っているのに…、こんなにも慕っているのに…、こんなにも愛おしいのに…、自分は名前すら呼べない…。


 でも…。


 あの人は…、いつも僕の名前を呼んでくれる…。


 僕の事を見つけてくれる…。


 温かい…。


 自分の手を包む温もりが、自分に幸せを運んでくれる。

 いつまでもいつまでも、この温もりを忘れたくない…忘れたく…ない…。

 自分はその温もりを失いたくなくて、手を伸ばす。

 すると、今度は両手いっぱいに温もりが溢れた。



「・・・くん・・・ゆ・・・・んッ!」


 誰かが呼んでいる気がする。

 誰が…呼んでいるのか…。



・・・行けッ・・・



「え?」


 誰かに背中を押された気がする。

 振り返ると、そこには無数の人影が見えた。

 老若男女問わない多種多様な人達、その顔は塗り潰された塗り絵のように、何も見えないけれど、その姿に…、どこか懐かしさすら感じた…。





「ん…」


 眩しい…。

 寝起きに、目へと差し込む朝日の比じゃない眩しさを感じる。


「勇くんッ!?」


 同時に、耳に響くのは知った声…、僕の事を安心させてくれる声…。


「姉…ちゃん」

「うんッうんッ」


 僕の言葉に、姉ちゃんは何度も頷いて僕に抱き着いてくる。

 正直息苦しいし、恥ずかしいし、痛いぐらいだけど、嫌な気は全くしなかった。

 むしろ嬉しいぐらいだ。


 僕が目を覚ましたのは、病院だった。

 姉ちゃんの話だと、下校時、姉ちゃんを待ちながら、差し入れに…とコンビニに行って戻る時に事故にあったそうだ。

 大した怪我は無いけど、目を覚まさないから、検査も兼ねて入院してるらしい。

 事故…か。

 本当にそうだろうか?

 正直、よく思い出せない。

 コンビニに行ったのは覚えているけど、その先の事になると、上手く思い出せなかった。

 色鉛筆で描かれた絵を消しゴムで消した後のように、朧気ながら何があったのか思い出せそうなんだけど、どうにもそれ以上うまく見れない。

 姉ちゃんは、記憶が混濁してるんだって言ってる。

 実際にそうなのかもしれない。

 でも、こんな状況になる前よりも、より一層、強く、大きく想う事がある。


「愛佳姉ちゃん」

「何?」


 果物ナイフで林檎の皮を剥いている姉ちゃんに視線を送る。

 いつも通りの姉ちゃんだ。

 何にも変わらない姉ちゃん。


「僕、姉ちゃんの事、大好きだッ」

「・・・」


 姉ちゃんは目を丸くしながら、そっと持っていたナイフと林檎を避ける。


「私も~~ッ!」

 そして大粒の涙を流しながら…、また抱き着いてきた。





「幼馴染は、目の前で愛を叫ぶ」

・・・終わり・・・



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幼馴染は、目の前で愛を叫ぶ。 野良・犬 @kakudog3

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