第6話
何度も看取って来た…。
何度も…何度も…何度も…。
それが私の役目で…、それが私の運命だからと…、自分に言い聞かせた…。
体の半分以上が炭になっても、その剣を魔王の胸に突き刺した…あの人。
世界を飲み込む闇を、人の身で…その身に宿す光で照らし…そして闇もろとも消え去った…あの人。
騎士団が…国が…敗走する中で、全ての迫りくる魔を引き受けて、無数の剣を突き刺された…あの人。
世界の力を搾り尽くし、朽ち果てさせる魔の花を斬る事に成功しても、その花の毒に侵され…倒れた…あの人。
その魂魄に刻まれた勇者という使命の元、救えた事もあれば、救う事ができずに滅んでしまった世界もあった。
救えたとしても、勇者としての力は人の身には過ぎた力であり、戦地で命を落とさなくても、いずれは自分の魂に身を滅ぼされる。
何をどうしたって、あの人には…勇者には死というその身の終着点が隣り合う。
私のように、自然と朽ち果てるのを待つ事は出来ない…。
私のように、世界を救うという使命に囚われた魂であるあの人には、事を成さない限り、自分の意思で生を絶つ事は出来ない…。
私のように、死とも言える永久の眠りに意識を落とし、他者の届かぬ場所へ自分を追いやる事も出来ない…。
勇者として覚醒してしまったら…、世界を救って死ぬか…、その場ですぐに死ぬか…、自由を手にする選択が存在しなくなる。
じゃあ、あの人の救われる瞬間はいつ来るの?
本来ならそれは、勇者として覚醒していない魂の時が、その瞬間のはず。
勇者として死に、輪廻転生の輪に落ちた次の生が、その安らぐ人生を送る事の出来る瞬間のはずなのに…。
私の目の前の神を自称する奴は、その1つの人生を踏みにじる。
転生に耐えられるだけの魂の回復が見込める状態になった彼を、こいつらは殺す。
そして、あの人は…勇者は…、次の世界で勇者として生まれ、文字通り死地に立つ。
もうだめだ。
耐えられない…許せない…。
敵との相討ち…、勝つ事ができず敵の手で…、守ったはずの者達の手で…、戦いの後の後遺症で…。
救えなかった世界は確かにあるけれど、それでも、救ってきた世界はその何倍も何十倍もある。
その成果を誰にも否定させない…、目を逸らさせない。
それだけの事をしたあの人には、幸せになる権利があるはずだ。
私はもう、人としての…当たり前のようにそこにあるはずの…幸せな人生を送れずに目を閉じる姿を見たくない。
「他の世界なんて知った事かッ! その世界の事なんだから、そこの連中が何とかすればいいじゃないッ! それで人が滅ぼうとッ、魔が滅ぼうとッ、それが運命だッ、自然の摂理だッ、何者にも変える事の出来ない事実がソレだッ!」
【黙れッ! 私は、人の神として、人を守る義務があるッ! 救う手があるにもかかわらず、その手段を取らんのは愚かな行為だッ!】
「知った事かッ!」
小細工を止めた相手、迫りくるは神を自称するにふさわしい力、魔法の数々。
でも…だとしてもッ!!
「だああああぁぁぁぁーーーーッ!!!!!」
その全てを拳は打ち砕くッ!
竜王が一子、拳術を極めし龍子のアムール、それは前世の私が魂魄に刻んだ力の証ッ。
迫りくる巨大な火の玉も、巨岩も、その拳で全てを砕く…。
仙狼の血を引く獣人アッフェットの瞬脚、常人では到達できぬ速度の極限、それは5代前の私が魂魄に刻んだ力の証ッ。
何メートルも…、何十メートルであろうとも…、距離など関係ない程、全ては一瞬…。
私は相手との距離を一気に詰める。
勇者の手によって作られた人工AIアリス、その演算システムは、あらゆる未来を予測する極限、それは8代前の私が魂魄に刻んだ力の証ッ。
そのシステムを処理する本体は無くとも、人間の脳は使ってない部分が多い…ならソコを使えば、1秒程度なら予測できる。
自称神に近寄った矢先、カウンターの可能性を見た私は、すぐさま相手から距離を取ると、無数に…天を埋め尽くす光の矢と槍が、私へと降り注ぐ…、でもそれも瞬脚の世界からしてみれば、1秒先でも、その猶予は何倍にもなる…。
勇者の弟子にして碧林の王アモル、その眼に捉えた獲物は決して逃さず、姿見えずとも、そこに存在するのなら見る事の出来る究極の眼、それは3代前の私が魂魄に刻んだ力の証ッ。
姿を隠す自称神だって、そこに居るのなら、この目が逃がさない。
盲目の魔法使い…最初の私、極限に到達せし魔法技術は神にすら匹敵する、もうどれくらい昔か…その時の名前すらわからないけれど、それも確かに私が魂魄に刻んだ力の証…。
その魔法による強化が、私が刻んできた力をさらに高みへと至らせる…、それこそ、神にすら匹敵する力に昇華させる。
そこに居る…。
瞬脚で一気に間合いを詰められれば、相手は反応しきれない…、それこそ私という存在の全てを知らない限りは、対応もし切れまい。
一気に突き進んだ先、そこに勢いよく手を伸ばせば、忌むモノがいる。
その首を鷲掴み、相手からは、苦しみもがく声が…耳に届いた。
「遠い安全地帯で、ふんぞり返りながら、人の命を持て遊ぶ…。あなた達のどこが神だって言うの? それだけ強大な力を持っているのに、勇者に直接手を下さないのは、勇者の魂魄にある防衛反応が怖いんでしょ? 救う救うって言って、自分の手じゃやらない…、怖い? 反撃が怖くて、間接的にあの人を殺そうとするなんて…、神だのなんだの…て名乗ってる割には小さいわね」
【いうじゃないか…片翼。君だって、そんな私達と同じ領域に立っているというのに…、力を世界の…人の為に使わないとは…グッ!?】
「さっきみたいには逃げられないわよ? 魔法で、あなたという存在そのものを掴んでるから」
【君は…こんな事をしてどうなると…。今も滅びゆく世界に絶望している人々がいるというのに…】
「さっきも言ったわ…、知った事か…」
【じゃあ君は何を望むんだ?】
イライラする。
私が望んでいるのは、あなたが…あなた達が今まで散々踏みにじって来たモノよ。
苛立ちのあまり強く食いしばったせいか、口の中のどこかが傷つき、血の味が全体に伝わってくる。
その苛立ちを発散するように、相手の顔面を思い切り殴り、衝撃で相手は私の手を離れ、何十メートルも後方に叩き飛ばされた。
「私はあの人が好きッ。私は片翼で、あの人の隣にいるモノとして、魂魄にその運命を刻まれているとしても、その運命のせいでそう思い込んでるだけだとしても、関係ない。私の中に、しっかりとその想いがあるから…存在するから…、誰が何と言おうとも、その心は…感情は本物だッ。私の望みが何かって? そんなの決まってるじゃない…。あの人に幸せになってほしいだけよ…」
怒りで頭がいっぱいになってるのに、目から涙がこぼれる…。
「いつもいつもいつも…、あの人が最後に言う言葉が何か知ってる? ごめんね…て、謝るのよ? どんな時だって命を賭けて、自分じゃなく自分の後ろにある助けるべき…とされているモノ達のために戦ってるあの人がいつもそう言うの。謝る必要なんてないのに…」
手で何度も何度も、溢れ出る涙を拭っても、キリがない。
「それも…、輪廻転生で記憶を無くしているはずなのに、前にもこういう事があったなって、涙を流すの…。もうあの人は限界なんだよ…、もうこれ以上無理な輪廻転生を繰り返したら、その魂は…壊れちゃう…、いいえ、もう魂魄の状態を考えれば、輪廻転生の可能性すらないかもしれない…。でも、あなたはソレを気にしない…、自分達の目的に介さない。そんな事関係ないって切り捨てる…」
【当たり前だ】
「…だから私がいる。この時のため…この瞬間のため…、何代も何代も、片翼は命のバトンを繋げてきた。前世であの人が逝ってしまった時、そのバトンのおかげで、あの人の魂魄の状態を知った…。だから私は、自分の命を賭けた。人の身でダメなら、あなた達と同じ領域に立ったとしても…」
【その立つ事さえ、人の身では持て余す力だ】
「体は1つでも、前世の私は竜人、種族としては最高ランク、生半可な事じゃ死にはしない」
【それでも無謀が過ぎると言うモノだろう】
「うん…。だから賭けだったの。でも私はその賭けに勝った。神の魔力とも言える…その世界の龍脈を食べた…、その中で過去の…何代も連なる私の記憶も鮮明に蘇って…、私達の技術と経験で、全てをゴリ押して、輪廻転生の工程をスッ飛ばして転生した」
【人一人に対して課すリスクではない…釣り合わない。一歩間違えれば君の存在そのものが消滅しかねなかったぞ?】
「私にとっては、人一人…なんてモノに収まる存在じゃないから…、あの人は私にとっての世界そのものだから…。その価値はあった」
涙どころか鼻水まで出そうだ…。
まるで子供の号泣染みた自分の目元を再び拭い去り、そこに居る相手をしっかりと捉える。
「・・・おしゃべりはこれでおしまい。あ…でも、こんな状況になっちゃったからこそ見れたモノもあった…。片翼として生まれる私は、成長したあの人しか見れない。でも、この人生は…、片山愛佳としての人生は、あの人の…勇くんの赤ちゃん姿が見れた。初めての上手なあんよも見れたし…、勇くんが初めて喋った時、私の名前を呼んでくれたのも…、今まで通りなら見る事ができなかった事…ぐふふ…、その辺の事だけは、感謝してあげる」
【・・・】
「長々と話しちゃったけど大切な事だけは、もう一回言わせてもらうわ。私はあの人が好き…勇くんが好きッ! あの人の幸せは…あの子の幸せは、私が守るッ。もう二度と別れの言葉が…ごめんね…なんてそんな悲しい別れにならない様に、私が全力で守るッ!」
私は高々に拳を振り上げた。
確かに…この手には力がある…、まだまだ自分の力とは思えない程…、実感が沸かず…違和感しかない力だけど、それでもその私の魔力と溶け合った神の魔力…言うなれば竜力は私に力をくれる。
「勇くんには私がついてる…だから…わかったならッ! 二度と勇くんに近寄らないでッ!」
【そんな些事な感情でッ!】
相手が再び魔法を放つ。
でもそれが私に届く事は無かった。
その刹那、私と相手の間に割って入った影。
「勇くんッ!」
私の想い人が、まるで自分の体を犠牲に盾にでもなろうとするかのように両手を広げる。
【ぎゃああああぁぁぁぁーーーーッ!?】
勇くんが衝撃で私の方まで飛んでくるけど、同時に相手が悲鳴を上げる。
勇者の魂魄の防衛反応…、放った魔法が相手自身に帰ったんだ。
私は勇くんを横に寝かせ、そのダメージにもがき苦しむ相手に対して、空を殴る様に突き出すッ。
直接触れていないというのに、衝撃が相手を襲い、その体はさらに後方へと叩き飛ばされ、手に籠っていた竜力は、まるで意思を持つかのようにその形を竜の姿へと変え、ソレを食べるかのように全てを飲み込み、憎き相手を消滅させた。
終わった…そう確信した時、地震か…地面が揺れ始める。
この…時間が止まったかのような世界は、あの自称神が作った結界のようなモノ、主を失えば、そんなモノも形を保てず消えていくのは道理だ。
「愛佳…姉…ちゃん…?」
その揺れは、終わりを告げる合図と同じ、それに安心感を味わう中、それ以上に私を安心させてくれる声が聞こえてくる。
「勇くんッ!」
彼の傍に、私は急いで駆け寄っていく。
勇くんの所まで来た時には、前世の自分を思わせる青髪も角も消え、片山愛佳としての姿に戻った。
「ゆ…ゆゆ勇くん、だだ大丈夫ッ…!?」
勇くんが自称神の魔法を受けた光景は、心臓が止まるかと思った…、今も心臓バクバクで、吐きそうだ。
でも、そんな心配は無いらしい。
抱きかかえた愛しい人の体に、擦りむき傷はあっても、命に関わるようなモノはなく、その体に宿る魂魄は、とても安らかで、問題が無い事を教えてくれた。
だからなのか…、その安心感から、私の方も疲れが急に押し寄せてくる。
「なんかよくわからなかったけど…、疲れた」
「うん、私も」
私も疲れた…。
普通の男の子の体…、勇くんへの体の負荷は当然大きくて、会話という会話をする事もなく、勇くんは私の腕の中で寝息を立て始める。
「お休み…勇くん…」
そんな彼のおでこに、口づけをする…、口に直接するのは…、過去の…前世等の自分が何度も経験して慣れたモノではあるはずだけど、今の…片山愛佳としては、恥ずかし過ぎてできる所業ではない。
あとは…、こんな…ファンタジー過ぎる非現実的過ぎる出来事を、勇くんの記憶から消す…事は出来ないから、思い出せない様に蓋をしておしまいだ。
私という片翼の事…、本音を言えば思い出してほしいし、知っていて欲しい…、でも、それは出来ない事…、この世界で、この現実の世界には無関係な人間の記憶なんて、持っていてもしょうがないし、知っていても意味は無い。
今、勇くんの横に立ってるのは、片山愛佳という彼の事が大好きな女の子だ…。
「勇くん…、大好きだよ…。いつでも、どこまででも、私があなたを守るから…、この寝顔も、笑顔も、怒った顔も…恥ずかしがった顔も…、あなたのあなたとしての人生を…絶対に…私が守るから…」
私は勇くんの寝顔の誘惑に負け、おでこではなく、決死の想いで…、その頬にキスをした。
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