勇者さまがやってきた。

村田天

勇者さまがやってきた。



 ここは三百六十年前に一度だけ勇者が立ち寄ったというのが売りのさびれた田舎村だ。

 今朝から三十年ぶりに外部からのお客さま、それも伝説の勇者さまが来ることになってみんな大騒ぎしていた。

 村長の娘であるわたしは脂ぎった三段腹の勇者さまを接待してくることになってしまった。





「いやあれ絶対勇者とかじゃないだろ!」


「わたしもそう思うし……そう思ってる人も多いけど……人は見かけによらないって言うし……何より三十年ぶりのお客さんだから、もう勇者とかなんとか関係なくみんな浮かれているし……」


 もともと、人をもてなすのが好きな風習の村なのに、普段はほとんど誰も来ないから今日はみんな浮き足立っている。料理人は自分の一番の自慢の料理を外の人に食べて欲しくて仕方ないし、宿屋だって開かずの間となっている普段は使われない一番良い部屋を開けれるので大喜びだ。

 たぶんきっと偽物とか本物とか、どうでもよくて。来たのが人間じゃなくてもおもてなしに燃えていただろう。


「お前の父ちゃんとか、頭沸きすぎだろ」


 お父さまは現村長だ。お父さまって顔はしてないが、昔からそう呼べと教育されている。わたしは母親似なのでちっとも似ていない。よかった。


「……で、お前は何時からどういう予定?」


 とりあえず村長の娘だという理由で今夜わたしは勇者さまへの捧げものとして接待に行く予定だった。


「うん、あのねぇ、とりあえずこの衣装で」


 そう言ってよろず屋のマリーさんに渡された衣装をぴろんとひろげる。


「うわナニコレ! 布の面積がほとんどない! これをお前が着るの? えっ!? ちょっとどういうことなの?! 俺も見たことないのに? なんであんな脂ぎった中年に? いやだ!」


 幼馴染のナジはすごく慌てて、怒っている。今日彼はずっと怒っている。


「そう、これを着てね、それで……踊りながら登場して」


「お前踊りなんてできねーだろ!!」


「それは適当でいいんだって。それでここの胸の飾りのところをちらっとずらして、えっと、なんだっけ、よ……ようえん、にほほえむ」


「はぁぁあ?! そこずらしたら、乳首が見えるじゃねーか! ていうか何その指示書! キモッ! お前の父ちゃん気持ち悪いな!」


「それからそっと別室(ドナのやどやシークレットゴージャススペシャルルーム)に誘う…………って書いてある……」


 ナジは大きな溜め息を吐いて頭を抱えた。


「なぁ……村を出よう」


「そういうわけにも……」


「じゃあもう俺が全部代わりにやるから! サナは家にいろ!」


「えっ、これナジが着るの? 確かに股のところ穴が空いてるし、男でも着れるかもだけど……」


「とんでもねぇ……ふざけた衣装だな……」


「でもわたし村長の娘だし……そういうわけにもなぁ」


「何しにいくかわかってんのかよ」


「うすらぼんやりとは……」


「俺の頭にはクッキリ浮かんでんだよ……頼むから、一生のお願いだから、行かないでくれ……」


「……」


 どうしよう。もちろん名も知れない旅人なんかよりも、よく知ってる幼馴染のお願いを聞いてあげたいけれど、やっぱりたったひとりの父親があそこまで張り切っているのに、顔をつぶすのもかわいそうに思うし、そんなことしたらショックで死ぬんじゃないかと思うくらいには浮かれている。


「もしサナがそんなことしたら、俺がショックで死ぬ……」


 それは困る。それならお父さまには死んでもらうしかないかもしれない。


 もうすぐ時間だ。村の中央の広場ではもう何時間か前から文字通りお祭り騒ぎが始まっている。みんなそんな服持ってたんだというような衣装を着て、そんなお酒あったんだという酒が振る舞われ、ここ数年は年に何回かやる気のない練習が行われていただけの「もてなしの歌」と「ようこそ音頭」「勇者さま交響曲」が鳴っている。おしなべてダサい上に練習不足で音もへっぽこでそろってない。広場の周りには謎の飾り付けがされて埃のかぶった行燈が並んでいる。

 垂れ幕は何十年、いや下手したら何百年前のものなんだろう。『よう そ 勇者 ま』の文字が並んでいた。経年劣化で文字がいくつか消えている。これだともしかしたら『ようくそ勇者ごま』だったかもしれないが、時間がないので仕方がない。


「サナ! まだそんな格好でいたのか! 早く着替えないと!」


 お父さまが駆け込んで来た。


「こう! こうだぞ!」


 お父さまは浮かれきった顔でお手本に謎の踊りをくるくるとやって、片目をパチリとつむってみせた。ナジがあからさまに不快な顔をした。


 お父さまの両の目には「接 待」と浮かんでいる。彼は燃えている。自分の代で勇者さまをもてなす栄誉と名誉が与えられたことに喜んでいる。


「サナも村のために処女を捨てられるなんて、俺の代に生まれて……村長の娘な甲斐があったろう! よかったな! よかったなぁ! 俺も嬉しいよ!」


 お父さまは涙ぐんで言う。状況に酔っている。

 あそこにいる三段腹で頭皮の禿げ上がった脂ぎったおじさんが勇者であると信じているし、きっと疑いたく無いし、そんなのもうどうでもよくて何か普段とちがう高揚に我を忘れている。


「さぁ、サナ!」


「……う、じゃあ着替えてこよう、かなぁ」


 ナジがわたしの持った衣装をふんだくって、ブチブチと壊した。床に装飾の宝石が飛び散る。


「ナジ! きさま非村民か!」


「うるせぇ! そんなの絶対にさせないからな!」


「みなのもの! ナジが狂ったぞ!」


 お父さまの声で目の色が変わった村人たちがわっと来て、ナジを取り押さえた。


「やめろ! お前ら頭がおかしいぞ!!」


 ナジがぐるぐるに縛られて暴れる。


「こんなことになるならさっさと告って結婚しとけばよかった!」


「たわけ! キサマなどにやるか!」


 お父さまが悪役のように高笑いしてそこへナジの父親がドタドタと来てナジをぽかりと殴る。


「いてぇ!」


「お前は〜! 村の一大事をつぶす気か!」


「何が村の一大事だよ! 俺の方がよっぽど一大事だっつの!」


「お前の、一大事なんぞ、村の、それに、比べたら!」


 ナジのお父さんは息継ぎのたびにぽかり、ぽかりと彼を叩くので可哀想だ。わたしも混乱して何がなんだかわからない。


 マリーさんが新しく、さっきよりもさらに軽量な衣装を出して来てわたしに手渡す。


「あと三十年早ければアタシが頑張ったけど……サナちゃん、あなたは村一番の美人なんだから、大丈夫。運命の大役……頑張るのよ」


 マリーさんが涙ぐんで背中をぽん、ぽんと叩いて慈愛に満ちた目で応援をくれる。

 その衣装をまじまじと見た。うわぁ。すごい、これ。今度は最初から乳首を隠す気がない、むしろ周りを装飾して積極的に強調していくデザインだ。股も、これじゃ食い込んで、ガードするはずの場所がむしろ衣類に攻撃されそう。


「サナ! 逃げろ! 逃げてくれ!」


「お前は、まだそんなことを言うか!」


 ナジが叫んでまたぽかりと頭を叩かれる。外からは勇者さまのゲラゲラ笑う下品な声が聞こえてきていた。


 背中を押されて二階に上がった。


 その恥ずかしい衣装を改めて見て、めまいがした。これ、本当に服なんだろうか。


 そっと着てる服を脱いで、よくわからない紐と宝石でできたパーツをあてがって、着替えてみた。


 姿見の前でかたまる。いかがわしすぎる。こんなの裸より恥ずかしい。

 本気で、これで出るなら裸で出た方がマシに思える。どうしよう。どっちにしよう。これか、裸……。


 その時外からわっと騒ぎ声が聞こえた。


 窓から広場の方を見ると見たことのない数人が勇者さまを取り押さえていた。


 急いで下に降りると縛られたままのナジしかいなかった。ロープを解く。


「なんか外で大騒ぎしてるんだけど」


「うわ、ちょっとサナ! なんか上に着て」


 ナジに大きめの外套を掛けられて身体を隠して一緒に外に出ると、三段腹の勇者さまが連れられて村から出ていった。近くの村人に聞いて、ナジのところに戻る。


「あのね、さっきの人、勇者を名乗って各地で只食いを繰り返す有名なしょぼい詐欺師だったんだって。いま、都心のなんか、そういう人が来て捕まえた……」


「そんなの……みんなわかってたけどな……」


 突然静かになった村には広場の浮かれた飾りと、何かを取り上げられた大人たちのぼんやりとした無気力な顔だけが残っていた。


 わたしはほっとして、隣のナジを見た。


「あの、ナジ、さっき言ってたこと……」


「う、うん。俺、サナが好きだ」


 わたしとナジはどさくさ紛れに手を繋いでうつむいた。



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勇者さまがやってきた。 村田天 @murataten

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