おとなって、ウソつきなの? それとも……
Ryo
おとなって、ウソつきなの? それとも……
よく晴れた、暑い夏の日のこと。
人通りの少ないバス停で、母と子がバスを待っていた。
「駿、帽子をかぶりなさい。熱中症になるわよ」
「わかってるよ。でも、頭が暑いんだもん」
駿は小学二年生。二回目の夏休みの真っ最中だ。
去年――つまり一回目の夏休みでは、あろうことかお盆前に夏カゼをこじらせ、二学期が始まるまで本調子ではなかった。食欲はないし、おなかはゆるいし、暑いのにクーラーにあたると頭がいたくなる。おかげでプールには一度しかつれて行ってもらえなかったし、おじいちゃん家行きの予定もキャンセルされてしまった。
だから今年こそは、最初から最後まで、百パーセント夏休みを楽しみつくしたいのだ。
くしゃくしゃのタオルハンカチで頭をふいてから、駿は麦わら帽子をかぶった。
どちらを向いてもセミの声がする。上を向くとカンカン照りの太陽が目に入りそうになり、あわてて手で顔をおおった。セミの声が太陽の音みたいだ。
それに暑い、暑すぎる。バス停に屋根はあるけれど、影はだいぶ遠くにあるから意味がない。ただじっと立っているだけでも、背中や胸を汗が流れ落ちていく。
「ねー、バスまだ?」
駿がじれったそうにたずねると、母は手にしたスマートフォンの画面を点灯させてから答えた。
「すぐよ、あと五分」
「え……そんなに?」
「そんなにって、たった五分じゃないの」
駿はまえまえから、時間に対する大人の考え方を信用していない。
だって、五分だ。三百秒もある。
この逃げ場のない炎天下で、一から三百数えきるまでバスが来ないというとんでもない事実を、母は――大人は「たった」五分などと言い切るのだ。
とても正気とは思えない。暑さでどこかおかしくなってしまったのだろうか?
だいたい、大人は五分という単位を使いすぎる。
待ち時間をたずねると、かなりの割合で「あと五分」と答えるのだ。そしてほとんどの場合、五分ですむことなどない。
倍の十分待たされることなどザラで、へたすると三倍の十五分待ちになったりもする。
これまでの実体験から、なんとなくわかったことが一つある。
それは、大人はどうやら五分という単位を、「少し」とか「すぐ」とか「一瞬」とか、ようするに「ほとんどない」みたいな意味で使いたおしているらしいということ。
だから五分が倍の十分になったところで、一ミリが二ミリになったくらいにしか感じないのだろう。
大人の時間感覚は、とにかくおかしい。
たとえばこの前、テレビの怪談スペシャルを見ていて寝るのが少し遅れてしまった翌日のこと。
冷やし中華を食べ終えてゲームでもしようかとしていた駿に、母はこう言ったのだ。
「昨日夜ふかししたんだから、一時間だけ昼寝しなさい」
絶対ヘンだ。「だけ」という言葉は、間違っても一時間という長い時間に使うものではないはず。
まだある。
去年のおじいちゃん家行きが取り止めになったとき、ガッカリする駿におじいちゃんは言った。
「また来年も再来年も夏休みはあるからな」
いよいよおかしすぎる。
来年ということは、つまり一年後だ。三百六十五回寝てようやく経過する時間だ。
秋が来て、冬になって年が明け、春になって、それからやっとまた夏になる。
学校行事をワンセット、丸ごとやりつくさなければ過ぎない時間。
学年は一つ上がるし、年は一歳増える。
とほうもない時間だというのに、おじいちゃんときた日には、気づいたら過ぎているとでもいうように「また来年」と言ってのけるのだ。
駿にはわからない。
なぜ大人は、時間に関してあまりにもいい加減すぎるのか。
あと五分が本当に五分ですんだ試しなどほとんどないのに、「あと五分」を繰り返すのか。
ウソになるとわかっていて言っているのか。
それとも、毎回本気で五分ですむと思い込んでいるのか。
思い込んでいるのだとしたら、それは少し怖いことのような気がする。
五分というのがどれくらいの時間なのか、大人になるとわからなくなってしまうのだろうか。
暑いはずの炎天下で、背中を今までのものとは違う冷たい汗が流れ落ちた。
駿はおそるおそる母にたずねた。
「バスまだ?」
母は腕時計もスマートフォンも見ずに答えた。
「あと五分よ」
〈完〉
おとなって、ウソつきなの? それとも…… Ryo @Ryo_Echigoya
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