小麦の畑

貴方の物語を聞かせて。



「私はルーリア・フォン・エルランド。没落貴族の娘でした」


美しい金色の波が風に揺らめく夕暮れ。

白い肌の女は静かに語る。


「私の想い人は美しい金の髪を持っていました」


使用人の1人だった彼。小麦の畑のように美しい彼の髪。燃えるように赤い太陽さえも嫉妬する美しい人。厳粛な父の元で育った彼女を甘やかすのはいつも彼だった。


「彼は奇妙な御伽噺をいつも私に聞かせてくれた。流れた星々が眩いほどの金になり、貧しい女の子を救うお話。嘘だとわかっていながらも美しい御伽噺に私は酔いしれていた」


夕焼けを背に笑う彼の横顔に幼かった女は恋をした。


「だけど、幸せは続かない」


寒い冬の夜に母が病に倒れた。必要なのは宝石を砕いて作る秘薬。


「万病に効くと言われる薬を父は信じて大金を叩いた。だけど渡されたのは拳一つにも満たない少量の赤い粉。それが病に効かないと知ったのは天秤が傾いた後。もう戻れなかった」


来る夏に母は逝き、温もりが去るように秋が来た。

狂うような寒い冬が震える手を凍らせて、伸ばした手で空を掴む。

きんに光る星々が降ってかねになるわけじゃない。


「母が死んだ後、父は金の亡者になった。没落貴族の娘ができることといえば政略結婚をするだけ。大金を出して私を買ったのはよく肥えた公爵家の跡取り。私は最後に訴えかけたけrど、それが届くことはなく、それどころか想い人を知った父は潔く彼の首を剣で切り落とした」


白いドレスを見に纏い、教会の鐘が鳴る。


「私は逃げ出した。真っ白な裾を引き千切って」


靴を脱ぎ捨て石畳の街を駆けた。純白のドレスは憎いほどに目立ち、追手はすぐにやって来た。その度に息を切らして走り、白いドレスは泥で汚れた。それが黒になる頃には川を越え、森を越え。


やがて知らない村へと彼女は辿り着く…。


「村にいた人々は私を怪しむように見つめていた。だけど、私が唯一身につけていたネックレスを渡すと、喜んで私を引き入れた」


貴族の娘が平民として生きていくのは難しい。それがどれだけ当たり前のことであっても。彼女は自らの髪を自分で洗ったことはなかったし、服だってまともに着ることはできなかった。


「苦しかったわ。慣れるまで。女達が私を嘲笑う声がずっと聞こえていた」


過酷な重労働を課せられても生きるために必死になった。

幸いなことに女の容姿は美しく、村の男達は彼女に優しかった。生きていくために媚を売り、望まれれば体も売った。女達は次第に冷たくなっていったけれど、生きていくには十分だった。


「大人しく公爵家に嫁いだほうがマシだったのか、今となってはもうわからない」


傷だらけの手で星が落ちた水をすくう。

どれだけ神に祈っても星が金になることはない。


「だけど私は…」


彼女はその後、別の村へと嫁ぐことになった。村同士の結束を強めるためという名目の元、女達が男達から彼女を遠ざけたのだった。

荷馬車に揺られ森を越え、やがてひらけた夕暮れ。


彼女は息を飲んだ。

世界を覆うほど輝く小麦の畑に。


「その景色で生きていけるのなら私はいいの」


彼女にとって愛が無くともその景色さえあれば生きていくには十分だった。

求められれば媚を売ったし、体も売った。

過ぎ去っていく日々が彼女の手に皺を作り、背も曲がった。

美しかった面影はもう無い。


だけど人にはわからない幸せがある。


「知ってる?流れた星は眩いほどの金になり、女の子を救うのよ」


村では誰もが知っている御伽噺。


「何れ、私は地へ還る。だけど、きっとその時が来ても小麦の畑は金に染まるのでしょうね。彼の髪のように」

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星終わりの蔵書 しー @Sea_Line_Kreuz

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