1時間ごとに1部屋しか移動できないホテル

ちびまるフォイ

この部屋はただいま使用中です

ホテルに備え付けのテレビにはカウントダウンだけが表示されていた。

残り1時間。


窓も埋め立てられ外の様子がわからない。


「ここはどこなんだ……?」


ドアに向かうと鍵がかかっている。

1枚の手紙がドアに挟まっていた。


『1時間後、このドアの鍵は自動で解除されます。

 

 ベッドの横にあるカードキーを使えば他の部屋に移動できます。

 

 けれど、カードキーが有効なのは隣の部屋のみ。

 

 1時間以降も同じ部屋にいると毒ガスで死んでしまいます。』


手紙の案内に従って部屋のベッドを見ると、脇のテーブルにカードキーがあった。


「あと1時間、か」


1時間後に扉が開くので、他の部屋に移動する必要がある。

廊下に出れば少しは今どういう状況なのかわかるだろう。


ガチャガチャ!!


急に外からドアノブを動かす音が聞こえた。

1時間経ってないので、外からも中からもドアを開けることができない。


「俺の他にも外に人がいるのか!? おーーい!」


ドアに駆け寄って壁越しに叫んだが反応はなかった。

もう行ってしまったのだろう。


1時間後、ガチャと解錠される音とともにドアが開いた。


部屋の外に出ると廊下に人が倒れていた。

さっきの人かと思って揺すってみたが、肌は冷えて切っている。


「し、死んでる……!?」


倒れた男の横にはまだ見たことのない手紙が落ちている。


『このホテルの出口を探す探検に出るのはおすすめしません。


 なぜなら、カードキーを持たない殺人鬼がホテルにいるのです。

 

 無謀な探究心でホテルをうろつくよりは、部屋に鍵をかけていたほうが懸命でしょう』


手紙を読んだとたん、カードキーを使って右隣の部屋に駆け込んだ。

ドアはオートロックで鍵がかかり、テレビの1時間カウントダウンが動き出す。


本当はカードキーなんか使わずに廊下を突っ切り、階段を下りて外に出るつもりだった。

ばったり殺人鬼とはちあわせしたら目も当てられない。


死んでいた人もカードキーを使わずに廊下を探索していたに違いない。

途中で殺人鬼に見つかって殺されてしまったのだろう。


いくら部屋に鍵をかければ殺人鬼が入ってこれないと言っても、

鉢合わせしてどの部屋に隠れたのかバレれば、1時間部屋の外で待たれるかもしれない。


「一度でも見つかったら終わりじゃないか……」


部屋に留まり続ければ死ぬ。

部屋の外に出ても出待ちしていた殺人鬼に殺される。


もっとも安全なのは移動時間を最小にして部屋を渡り歩くしかない。


新しい部屋にあるカードキーを手に取り、1時間待つ。

1時間たったらまた同じように右隣の部屋にすぐ駆け込んで鍵を閉めた。


また1時間待つ。


なにも持たずに1時間を耐えるとひどく長く感じる。

この待たされたことでの焦りでホテルをうろつかせて殺人鬼に遭遇させるつもりだろう。


こういう状況ではパニックになるのが一番危ない。

心を冷静に保たせようと目をつむった。まぶたの裏には死んでいた男の顔が浮かぶ。


「……どこかで見た気がするんだよな、あの顔」


けれど思い出せない。

もし手元にスマホがあれば調べることができたのに。


ガチャ。


1時間が経過して鍵が開く。

ふたたび右隣の部屋に移動した。


右へ、右へと部屋を渡り歩き続ければいつか部屋の端へたどり着くだろう。

一番右端の部屋にたどりつく頃には階段があるかもしれない。


エレベーターがあっても使うのは危険だ。


外に出ようと1階を押した途中、2階にいる殺人鬼がエレベーターのボタンを押していたら。

2階で殺人鬼と鉢合わせ。しかも逃げ道のない密室。あまりにギャンブルすぎる。


階下に殺人鬼がいるかどうか確認できる階段のほうが安全。

殺人鬼が気づく前に見つけられれば、部屋へ隠れることも間に合う。


ガチャ。


1時間経過して、右端の部屋へと手際よく移動する。

移動したときに一瞬だけ階段の手すりを目で捉えた。


(階段だ! 間違いない!)


1時間の待機時間がはじまった。

次の作戦を考えるにはうってつけだ。



次の解錠タイミングで、階段を駆け下り外へ出るべきか。


階段は殺人鬼もマークしているだろうし、ある意味で廊下よりも遭遇率は高い。

何フロアも一気に駆け下りるのはあまりに危険な気がするし、なにより怖い。


「どうしよう……」


右端の部屋まで来たがベッド横にあるカードキーは下の階の部屋にも使えるのか。

もしもカードキーが使えなかったら、最初の男のように廊下に締め出されて殺人鬼と鬼ごっこする羽目になる。


ただ、あの男が死んでいたことで自分以外にも閉じ込められている人がいるとわかった。


他の部屋にも同じようにカードキーを握りしめて、

1時間後の解錠まで息を殺している人がいるに違いない。


「もしこのカードキーが使えなかったら助けを求めて、部屋の中に入れてもらおう」



残りの時間はまた「最初の男誰だったけな」で暇を潰した。

1時間後、ドアの鍵が開けられる。


部屋に外に出ると階段に一直線。

下に殺人鬼がいないのを確認してからワンフロア下へと進む。


階を下りて、右端の部屋にカードキーを差し込むとドアの鍵が開いた。


「よし! 入れる!!」


最初の手紙にあった"隣の部屋"は右と左だけでなく、上下も含まれていたんだ。

上の階の同じ位置にある部屋にも使える。


「この調子で階段を少しづつ下りていければきっと……!」


希望の光が見えたときだった。


ガチャン。


オートロックがかかっているはずの部屋の鍵が外から開けられた。

カードキーを持った人が部屋の中に入ってきた。


「え!? え!?」


「だ、だれ!?」


お互いに部屋にいる人間を見て驚いた。


「お前、どうして部屋に入ってこれたんだ!?」


「私は普通にカードキーを使ったのよ! あなたこそどうして部屋にいるの!?」


「俺だってカードキーを使ったんだよ!」


「私は左の部屋から移動してきたのよ! あなたがカードキー持っているわけないじゃない!」


「俺は上の階から……あっ!」


女は左の部屋のカードキーを、自分は上の階からカードキーを使った。

有効なカードキーが複数あることで部屋がブッキングした。


「とにかく早くドアを閉めてくれ! 外には殺人鬼がいるんだぞ!」


「わかってるわよ!!」


「なにもたもたしてるんだよ! 早くドアを!」


「閉まらないのよ!!」


女をおしのけドアを何度閉め直してもオートロックはかからない。


「なんで……まさか部屋には1人じゃないと鍵かからないのか……!?」


「あんたが出ていきなさいよ!」


「ふざけんな! また危険な階段を昇れってのか!?

 後に入ってきたのはお前じゃないか!!」


「そんなの関係ないでしょ!?」


「お前のカードキーは別のもう1部屋にも使えるんだから、別の部屋を使えよ!」


「一度つかったらカードキーは使えなくなること知らないの!?」


「し、知らねぇよ!!」


お互いにカードキーを使ってしまったことで、もう別の部屋に移動することはできない。

同じ部屋に2人入るとオートロックがかからなくなる。


このままでは開けっぱなしの部屋に殺人鬼がやってくる。

廊下に1室だけドアが開いている部屋なんて悪目立ちもいいところだ。


「出ていけよ……」


「ちょっと!? 何を……っ!」


「出ていけ!! ここは俺の部屋だ!!」


「がっ……ぐぇっ……」


女の首に手をかけても、不思議と心は傷まなかった。

この女は俺の部屋に入ってきた侵入者で疫病神。


このまま部屋から強引に追い出したらどうなるか。

殺人鬼と鉢合わせして鬼ごっこになるに違いない。


まかりまちがって1時間逃げ切ったら、逃げ切れなくても俺の部屋の前に殺人鬼を呼び込んだら。

解錠でドアを開けてすぐ殺人鬼に遭遇してしまう。


女は殺すしかない。


女の体がだらんと力を失くしたのを確認し、

ゴミ捨て場にゴミ袋を放るように部屋の外へと捨てた。


女の体が外に出ると自動でガチャンと施錠される。

また1時間待った。


次にドアが開けられると、ドア外で放置されている死体には目もくれず下の階へ急ぐ。

ドアを閉めて鍵をかけて1時間待つ。


階段近くの部屋はやはり人気のようで色んな人が勝手に部屋に入ってくる。

そのたびに追い出した。



それを何度も何度も繰り返し、ついに1階へとたどり着いた。


「や、やった!! 外だ!!!」


ホテルの入口をくぐって外に出ると、警察が包囲していた。

警察は駆け寄ると同時に、開けられた入り口からホテルへとなだれ込んだ。


「大丈夫ですか!?」


「ああよかった……助かった……」


「外からこのドアを開けることができなかったんです。

 窓からの侵入もできず、ホテルを破壊しては中にいる生存者がどうなるかと思うと手が出せなくて」


「ホテルの中に殺人鬼がいます。気をつけてください!!」


「連絡ありがとうございます。安心してください。私達は特殊部隊です」


ホテルの中は警察がくまなく調査した。

すべての捜査が終わると、警察官が戻ってきた。


「ホテルの調査が終わりました」


「殺人鬼は!? 逮捕できたんですか!?」


「ええ、見つかりました。2人」


「2人も!?」


勝手に殺人鬼は1人で巡回しているに違いないと思っていた。

その2人に見つかることなく自分が外に出れたのは奇跡としか言いようがない。


「1人はホテルの中で死んでいました」


「そ、そうだったんですね……良かった。どうりで遭遇しないわけだ……」


「もう1人はホテルに囚われた人たちを何度も手にかけたようです」


「ひどい……」


「もうホテルに生存者はいませんでした」


「そうですか……かわいそうに……」


警察官は死んでいた殺人鬼の写真を見せた。


「この男は、町で何人もの人を殺した殺人鬼です。

 連日ニュースでも報道していたから顔は見覚えがあるでしょう?

 同じようにホテルに囚われていましたが、力尽きて死んでいたんです」


写真の男には見覚えがあった。


最初に廊下で死んでいた男だった。

ニュースで見たから顔を覚えていたのだろう。


「こんな危険な殺人鬼が同じホテルにいたんですね。それでもう1人は?」


警察官はじっとこちらの目を見てから答えた。




「あなた、自覚はないんですか?」

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