第2話 両親
捨て子を拾うのは初めてではなかった。実際、契約している動物達は大半が森でうろうろしていた子だったのを拾ってきた。しかし、人の子は初めてだった。今の国の状態では捨て子自体は珍しくない。しかしこの森には
拾ったからにはちゃんと育てるのが責任というもの。しかし、私はちゃんと人に育てられた経験がない。物心が着く頃には貧民街にいて、盗みで生きていた私には人の子を育てるのは難しいというものだ。
「みんな、集合だ」
少年は家の中で待機させ、獣魔術で契約している動物だけを呼び出す。
集まってくれたのはカラスが3匹、狼が2匹、黒猫が1匹だ。みんな私の自慢の契約獣だ。
「みんな集まってくれてありがとう、実は・・・」
と、人の子を拾ったこと、これからどうすればいいかをみんな相談した。
「マスター?人の子を拾うなと昔から何回も言ってましたよね?言い付けを守らないマスターは嫌いよ?」
少し怒り気味なのが、黒猫の契約獣であるミロ。
「いやいや、ご主人様がしたことなら我ら契約獣は従うまでです。心配なのはありますがね。なぁ、兄貴?」
「そうだとも。瀕死の我らを拾ってくださった時からそれは心に決めている。しかし、今回はさすがに例外ですよ、主様。そうですよね?お兄様?」
「あぁ。ミロが言っていることも確かだ。どうするつもりでございますか、ご主人?」
私に誠意を示しているのに明らかに怒りを示しているのは、カラスの契約獣である三兄弟。それぞれ、長男のアーリ、次男のレクト、三男のアモだ。
「マム、そいつが危険なら食べる。いいでしょ?マムを守るのが俺たち契約獣だし」
「ママ、子供に関しては好きにしたらいいと僕は思うよ?けど危ないのはダメ」
私の事をマムと呼ぶのが狼の契約獣の兄のスロング、ママ呼びが弟のディア。二人とも赤子のころから見ているから私のことは母親と思っている。
「ごめんよ、みんな。昔の自分と重なるところがあって放っておけなかったんだ」
そういうとみんな何も言えなくなってしまう。私の昔を知ってるからこそ、なにも言え無いのだろう。
「・・・マスター?アモが言ってた通り、私達の主は貴女よ。全てを決めるのは貴女。私達はそれについて行くわ」
ミロが観念したかのようにいうと他の子も頷く。
「みんな、ありがとう。早速だけど、お願いしたいことがあるの。」
「ご主人、それはいいですが少しお待ちください。まずは先生に話すのが最適かと」
「・・・わかった。アーリ、レクト、アモ、先生の居場所を調べて来てちょうだい」
「「「了解しました」」」
「三人はその間家にいてちょうだい、あの子の世話を手伝ってもらうわ」
「はいよ、マム。」
「わかったよー、ママ。任せてー!」
カラス兄弟は先生を捜しに、狼兄弟は家に入っていく。
「マスター?私は始祖様のところに向かうわ。元々そうするつもりだったのでしょう?」
ミロはそう言って「早く飛ばしなさい」と、自分を魔術で始祖様のところへ飛ばすことを要求してくる。変質魔術の応用でミロを始祖様のいる辺りまで飛ばすことができる。
「お願いね、始祖様にすぐ向かいますって伝えて」
「わかってるわ、行ってきます」
魔術を発動させ、ミロは光に包まれ消えていく。
先生や始祖様というのは私と同じ魔徒である。魔徒の中でも実力者である魔女や魔人は統一して四十九の兵と呼ばれる。
{原初の魔人} イヴ
彼が始祖と呼ばれている。綺麗な銀髪で、白いローブをよく纏っている。綺麗な紅い目を持っていて、真っ白の肌がとても綺麗な人だ。あらゆる魔術を行使し、一番最初の魔徒と言われてる。妖魔数人で戦っても互角という相当な実力の持ち主。
先生というのは私を拾い、魔術や魔徒の世界について教えて世話をしてくれた人だ。
私の先生であり、魔徒の中でもかなりの実力を持つ魔女だ。
現在、存在する妖魔の総数49人。そのうちの13人はこの先生に育てられた。
二つ名は妖魔同士で決められることが主流で、私以外の妖魔は先生に二つ名を決めてもらってるらしい。
先生に認められた妖魔の人らは各々で家を建てたり、人との戦争に参加していたりと、自由に過ごしている。
「ナンダヨ、ヤメロ!」
家にはいると少年達が揉めていた。スロングとディアが少年の纏っている布を引っ張っている。
「マム、コイツいうこと聞かない」
どうやらスロングとディアは少年を風呂に入れようとしていてみたいだ。
「この子はいいからスロングはお風呂沸かして、ディアは野菜とかの食材を森の子達から貰ってきて」
「「はーい」」
二匹とも出された指示に従って行動を開始する。
少年を風呂に入れ、貰ってきた野菜で食事を作り、朝食を取る。少年に食べ方を教えながら狼兄弟にもご飯をあげる。
「さて、少年。魔女の家に着いてきたんだ。それなりに大変な思いをするだろうけど、覚悟はあるんだよね?」
しゃがんで少年に問いただすと、覚悟を決めたように頷く。こちらを見るまっすぐな目が昔の自分に似ていた。
「なら選ばせてあげる。ここで家事をして一生を過ごすか、魔素を取り込んで魔徒となるか。」
私が先生に拾われたときと同じ質問だ。すでに魔素を取り込んでいたが、さらに取り込ませられ、今ほどの実力を手に入れた。この子の選択によって、先生や始祖様への報告の仕方も変わる。
「マトニナレバ・・・、アノ、マチノヤツラヲ、ミカエセルカ?」
・・・魔徒になる理由まで過去の私と同じだった。
「あぁ、私がそこまで育てると約束しよう。君の実力や努力次第だが、必ずその域には届くだろうな」
「・・・ナラ、オレはマトニナル。あイツらを、ミカえシてやる」
「いいよ、この家で君を育ててあげる。魔人になるまではここにいな」
「?マじんガナニかワカラナイ」
なにも知らないのか。こんなに小さければしょうがない。一から教えよう、かつての先生がしてくれたように。
「いいよ。教えてあげる、私達の生き方を」
「ウん、タのム」
まずは言葉を教えながら、身嗜みを整える。幸い、言葉はすぐに喋れたが、そこで問題があった。
「名前が無い?」
「うん、元々俺は奴隷だ。名前なんか無い」
奴隷出身のため、名前が付けられてないという。
「わかった、付けてもらいに行くから、少し待って」
「付けてもらう?リアが付けるんじゃなくて?」
「そうだよ、始祖様に付けてもらうんだ。私のリアって名前も始祖様に付けてもらったんだ」
魔徒としての名前をつけるのは始祖様が行うのが魔徒の中での風習のようなもので、それも目的の中に加えることにした。
外に出て始祖様のところへ向かう準備をしていると、カラス兄弟が帰ってきた。
「ん、おかえり。先生がどこにいるかわかった?」
左腕を出すと三人とも腕に乗ってくる。
「あぁ、ご主人」
「わかりましたよ、主様」
「調べてきたよ、ご主人様」
三匹とも誇らしそうに話す。
「どこにいたの?」
「ご主人、どうやら始祖様とご一緒しているみたいですよ。ミロにも会いました」
どうやら、一辺に用事を済ませることができそうでよかった。
「ミロには始祖様のいるところで待機してもらってるよ、主様も早く行こう?」
「三人とも先に行って、すぐに向かうから」
「それじゃ、始祖様のところに向かおうか。スロング、ディア、留守は頼んだよ」
その言葉を残し、手を空中にかざし、魔力を流す。すぐに私と少年の体を光が包み、意識が朦朧とする。
「リア、ここは?」
目を開ければ広い洞窟の中に町が栄えている。
魔徒が集まっていたり店を出している、所謂拠点の町である。
「あー!マスター遅いわよ、待ちくたびれたわ!始祖様と先生がお待ちよ、早く行きましょう」
とてとてと走ってミロが近づいてくる。
「うん、わかってる。ほら、行こう」
少年の手を引いてミロと町の入口の門まで進む。
「涙の魔女様、始祖様がお待ちです。・・・そちらの子は?」
門番の人に通行許可を出してもらっていると、脇にいる少年が怪しまれた。
「新しい魔徒になる子だよ。始祖様に会わせるんだ。通していいね?」
「しかし・・・いえ、涙の魔女様なら何かあっても大丈夫でしょう。どうぞお通りください」
「うん、ありがと。ほら二人とも、行こう」
通行許可証をもらい、町の中に入っていく。
町の中を進む。3年ぶりだ。並ぶ店も通る人並みも変わっている。
「リア、ここすごいね、お店がたくさんある!」
少年は楽しそうに町に並んでいる商店を見渡している。やはり、小さい子供なのだと改めて認識する。
「・・・君の用事が済んだら見て回ろうか?」
「いいのか?!」
やったーとはしゃぐ少年の手を引き、始祖様のいる小さな宮殿にたどり着く。
「リア、ここに・・・始祖様?がいるのいるのか?」
「うん、入るよ」
何重にもいる門番に話をして、始祖様のいる部屋までくる。朽ちかけた木材の扉で、重厚な雰囲気を漂わせている。
「始祖様。リアです、入ります」
そう言って重い扉を開ける。ギィィと錆びた金具が音を立て、部屋の中が見えるようになる。
中には三人分の人影があった。始祖様と先生、そして終祖と呼ばれる始祖様と対になる魔女がいた。
「終祖様、いらしていたんですか。お久しぶりです。始祖様と、先生もお久しぶりです」
「いらっしゃい、リア。その子が君が拾ってきた子かい?可愛いねぇ」
「やあ、涙の魔女。その子が捨てられた憐れな小僧か。みすぼらしいねぇ」
{終祖} アダム
二つ名が無く、各地で人間との戦争に赴いてるらしい。始祖様と同時期に生まれ、実力も始祖様と同等らしいが、戦っているところは誰も見たことが無い。漆黒の髪に、真っ黒なローブ、深緑の目と褐色の肌が特徴だ。
二人は大体は反対のことを仰る。始祖様が「良い」といえば終祖様は「悪い」と言う。
けれど二人とも仲がよく、共闘の際はあっという間に片が付くそうだ。
今は二人とも、幼い姿を取っている。それでも相変わらず整った顔をしている。
「リア、久しぶり。元気そうでなによりだよ。さぁ、おいで」
始祖様と終祖様のいる台座の下に先生がいた。手を広げて待つ先生と再会の挨拶とハグをする。
「先生!そちらもお元気そうで!」
久しぶりに鼻を通る先生の匂いはとても安心できた。
「さて、リア。今日はどうしたんだい?その子についてだろうけど」
再会の挨拶も程々にして、本題に入る。
「はい。今日この子を私の森で拾い、事情を聞いた結果、魔徒として育てようと思いました。ご存知の通り捨て子だったらしく、町から逃げて来たそうです。奴隷として生活していたため、名前もないらしいです。どうか始祖様と先生にこの子に名付けと、魔徒にするのをお手伝いしていただきたく、今日はここに来ました」
事情を話すと、始祖様は不思議そうに首を傾げた。
「名付けはもちろんさせてもらおう。しかし、僕がいなくても魔素を取り込ませることは君一人でやれると思うけど?」
確かに、魔素を取り込ませることは私だけでもできる。けれど、この子を魔人にまで育てるには大量の魔素を取り込まなければならない。それは私でもできない。だからこそ始祖様と先生に頼みに来た。
「この少年は魔人となることを望んでいます。その果てには人間への復讐もあり、私に拾われるまでの経緯や望んでいること、魔女に拾われたことまで過去の私と同じです。この子は必ず魔人にしてあげたいと思っています。しかし、そうするためには魔素を大量に取り込む必要があります。私ではそれができるほどの実力がありません」
先生は壁に寄り掛かって腕を組んで見守っていたが、始祖様に向き直ると、少年の頭に手を置き、自信あり気に言い放つ。
「始祖様!どうかコイツの魔徒化、私に任せてくださいませんか?その後はリアに任せますが・・・私の弟子です、何とかなるでしょう。よろしいでしょうか?」
先生は始祖様の代わりに少年の魔徒化を任せてほしいと、言い換えれば、始祖様でなくても魔徒化は自分だけで出来るといっていたのだ。あの始祖様に啖呵を切っているようなものだ。
「ふむ、いいだろう。頼んだぞ、レイズ。リアも、魔人に育てるといったんだ、楽しみにしてるよ」
「「はい、始祖様」」
「それじゃ、名付けといこうか。少年、こっちへおいで」
始祖様は台座の前へ少年を近づける。
「待て、イヴ」
終祖様が少年の頬を掴み、顔を覗き込み静止する。
「どういたしました、終祖様?」
台座の下から尋ねると、終祖様は少年の顔を手放す。
「イヴ、この子の名付け、私に任せな」
台座を下りて、私の目の前に終祖様は降りて来る。
「いいな?儂に任せてもらっても」
綺麗な顔が目の前に現れてすこしドキドキするが、平然を装って答える。
「問題ありません、ありがたいことです」
「ならば良い、任せておけ」
そう言って台座の上の少年のもとに戻る。
顔を近づけ、もう一度少年の顔を覗き込む。
「もう一度、その目を見せてみろ。・・・随分と澄んだ青い目だな。町ではさぞ疎まれただろう」
目の色で差別する風習があるのかと考えていると、先生が説明してくれる。
「人間は青い目が嫌いなんだ。晴れた空や海が、青い目の者に奪われたと騒ぎ立てる」
なるほど、だから町では奴隷という身分の低い位置にいたのか。
「小僧、その目は大切にな。気に入った」
「アダムがそんなに興味を示すのは珍しいね。僕が名付けをしたかったけど、今回は譲るよ」
始祖様がニコニコとしながら少年の側を離れ、こちらに降りて来る。
「あの・・・終祖・・・様?俺の名前は・・・?」
全く喋ってなかった少年が口を開く。終祖様はにやりと笑って答える。
「焦るでない、今からつけよう」
少年の顔の前に手をかざし、光が差す。しかし、すぐに薄くなって消えてしまう。
「・・・なるほど」
「終祖様?少年の名前は・・・?」
台座の下から声をかけるが返事は無い。
「小僧、お主随分と苦労しそうじゃな」
そう言って少年と台座を降りて来る。
「こいつは{アベル}。これがこいつの名だ」
「アベル・・・」
少年は噛み締めるように繰り返す。
「ありがとうございます、終祖様。今度林檎でもお持ちします」
「儂は林檎嫌いなんだが・・・」
「残念ながら僕も苦手だな」
「美味しいのに、今度私が食べさせてあげますよ」
先生が意気揚々と話す。少年はまだ自分の名前に感動していた。
「それでは、今日はこれで失礼します」
ある程度談笑し、時間が経つ。
空は日が落ちかけていた。
「うん、お疲れ様。ちゃんと育ててあげてね」
「また来るがよい、その時は儂も戻る」
随分と終祖様はアベルのことが気に入ったようだ。
アベルと先生を連れて、家に戻ることにした。先生が今日のうちに終わらせておこうと言ってくれた。
「それじゃ、行こうか。アベル、先生」
手手を掲げ魔力を流す。すぐに体を光が包む。意識が消える間際、始祖様が手を振り終祖様は笑みを浮かべているのが見えた。
家につき、契約獣の子達や、森の動物達が迎えてくれる。
家で夕食を先に済ませて、庭に出る。
魔素というのは簡単にいえば自然にあるエネルギー。それを一度に大量にアダムに取り込ませる。そうすると、周りの自然やアダム自体にも影響が出る。そのカバーが私一人ではできないのだ。草木は枯れる可能性があり、アベルは高熱を出したり、耐性がなければ最悪死に至る。
「それじゃあ始めるね、リアは体内の魔素で森の補助をしてて」
「はい、アベルはそこにいてね」
先生が空中に両手をかざし、魔素を集める。大量に集まった魔素がだんだんと目に見える。紫っぽい光がアベルを包む。だんだんと光が薄くなり、無くなっていく。
「これで、リアに取り込ませた量と同じ量だ。・・・大丈夫なようだね、気を失っているけど、熱も無いし」
アベルは倒れ、周りの木々もすこし萎れている。魔術を使い、木々を回復させる。
「すごいですね、私でも死にそうになったのに。相当耐性があるんですね」
「あぁ、本当に魔人になってしまうかもな・・・」
私の場合、高熱を出して二週間寝込んでやっと体が馴染んだ。アベルは見た感じすぐに回復するだろう。体が馴染むようなら、すぐに魔術とかを教えよう。
こうして、{アベル}は魔徒と成り、二日後には目を覚ました。
魔女の子 グレー @gray5160
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