第38話 商談 Ⅰ






ーーーアレンが『純白の蜃気楼』漂わせる新魔法、『白装はくそう』に目覚めた時同じくして。





ーーー場所は移り。鋭利な三日月が漆黒に浮かぶ深夜。



ーーー【ソルト商会マリア迷宮都市支店】の最上階。支部長室・・・・







夜の帳が落ちた薄暗い支部長室。

天井に埋め込まれた豪奢なステンドグラスから月明かりが支部長室に差し込んでいる。

室内に光源は無い。ただ仄かな月明かりだけが、広大な支部長室を照らしている。

ステンドグラスから差し込む月明かりが、まるでスポットライトのように1点を集中して照らす。


その光が差す先には重厚さを醸し出す年代物の執務机と、純白の革椅子に腰掛けるーーー『ソルト商会ユフィー王国東部管轄支部長』、ソーマ・シュベルトマン。


「ーーースザク諜報ちょうほう官。アレン君について十分に調べられましたか?」


ソーマは執務机の先で、頭を垂れて最上位の礼を取る黒ずくめの男に問いかけた。


「ーーーは。調べられる限りの情報は収集できたと思います」


「それは上々。この短期間でよくやってくれました、スザク」


肌着、ズボン、マント。身につける全てが闇夜に溶け込むための黒色。

ソーマ直属の配下である諜報官スザクは面を上げて、口元を覆っていた黒布をずらしつつソーマに頷いた。礼儀を失さぬように膝立ちのままの諜報官は答えた。


月明かり差し込む支部長室には現在、3人の男がいる。

諜報官のスザクと支部長のソーマ、それにソーマの護衛兼秘書のニクソンだ。


微かに甘い香水を漂わせる室内に調度品は少ない。

絨毯、1対のソファ、本棚、執務机と革椅子だけだ。

暗赤色の分厚い絨毯が部屋一面に敷かれ、丹念に仕立てられた来客用のソファが1対が部屋中央に配置されている。部屋の奥にソーマがす執務机が鎮座し、商会の資料等が収められている本棚2台が執務机の脇に置かれる。

実務一辺倒といった印象が真っ先に浮かぶ支部長室。


世界八大国オクタグラムの2国、『バルト商国』と『ユフィー王国』にて広大な販路を持ち、昨今では3国目の『エーレンバッハ王国』にまで手を伸ばしつつある大商会『ソルト商会』の大役。商会内で5人しかいない支部長の座に就く者の部屋としては侘しさを感じる者が続出するであろう支部長室だ。


絢爛けんらんさが一切無く、無駄を極限までぎ落とした支部長室。この部屋だけでソーマの結果主義せいかくが窺える。


「それでは早々に。……アレン君に関する調査報告をお願いします」


ソーマは革椅子にもたれかかって足を組み、スザクに手を向けた。


ソーマはアレンに関する調査を2日前からスザクに命令していた。

スザクは命令を忠実に守り、酒場や探索者ギルド、孤児院周辺などアレンが立ち寄りそうなあらゆる場所を訪れアレンに関しての情報を集めてきた。2日間アレンに関する情報収集に専念した甲斐あり、多くの情報をスザクは入手していた。


報告を促されたスザクは、忠誠を捧げる主君ソーマの期待に反さぬように、丁寧に調べ上げた調査結果を語り始めた。


「ーーーは。まず、アレンたいしょうの略歴から報告いたします。0歳~5歳までは西の廃墟街スラムで孤児として生活。数十人規模の孤児集団グループ団員メンバーとして西地区の露店街を中心に窃盗を繰り返し、衣食住を確保していたようです。しかし孤児集団グループは、少年が5歳の時に警邏団に確保されたようです。アレンたいしょうを含む、逃げ延びた数名・・・・・・・を除き、団員メンバー全員が奴隷落ち。団員の殆どが5歳未満の未熟児のようでしたから、既に殆どの者は過酷な奴隷作業に耐えきれず死亡していると推測されます」


ソーマ直属の密偵ぶかとして10年以上諜報活動に携わってきたスザクにとって、一般人に相違ないただの孤児であるアレンの調査は容易だった。

スザクがソーマから下される任務は大抵が貴族の身辺調査や探索者ギルドや他商会などの他組織の動向調査である。数々の思惑の渦巻き、一歩踏み間違えば殺されるような裏社会を10年以上渡り歩いてきたスザクにとって、例え2日間という短期間の調査とは言え、アレンいっぱんじんの調査など、文字通りの朝飯前と言えた。

スザクの口は止まることなく、滔々と報告を続ける。


アレンしょうねんは警邏団から逃げおおせた翌日にマリア第七孤児院のユア女史に拾われ孤児院に入院。以後、5歳から現在に至るまで孤児院内における副代表的な立場でユア女史を支えてきたようです。アレンたいしょうの知人から聞いた評価ひょうかによると、アレンたいしょうは、『孤児とは思えぬほどの聡明さ・・・』を持つとのことでした。その知恵を用いて、院長のユア女史を支えてきたようです。…また12歳から、ガルムという2歳年上の義兄ぎけいの下でタンクとしての技術を2年間学び、昨年さくねんから探索者として活動を開始。3人パーティのタンクとして活動し、現在パーティの最高到達階層は6階層。迷宮初探索はつたんさくから1年以内に6階層到達を成し遂げた点からアレンたいしょうの優秀さが窺えます」


スザクはここまで語って、一度口を閉じた。

巻くし立てるように1度に全てを報告したとしても、聡慧そうけいなソーマは内容を理解する。ただ理解できると言っても、1度に大量の情報を聞いたソーマは消耗してしまうだろう。主君ソーマに余分な消耗を与えないためにスザクは一呼吸置いた。


「……なるほど。…他には?」


ソーマは目を閉じて腕を組み報告内容を吟味しながら、続きを催促した。

主君の様子を覗いながらスザクは再度口を開く。


「趣味趣向についてですが……大した趣味はないようです。借金はなく、賭け事や女遊びにもはまっていない様子。酒も好んで飲むことはないようです。…探索者にしては無欲な少年のようです」


「……扱いづらいですね」


「……はい。残念ながら」


ソーマが眉を顰めながら目をうっすらと開けて……ポツリと呟いた。

自らの報告によって主君を不快にさせたことを悔しく想うスザク。

月に薄雲はくうんがかかり、部屋が薄暗くなった。

ーーーしかし一瞬で雲は散り、ソーマを照らす月明かりが戻った。



「ーーーただ、アレンたいしょうは孤児院と孤児に対して強い義務感・・・・・を感じているようです。そこをつけばよろしいかと……」



ソーマにこれ以上落胆されぬよう、合間を置かずスザクが打開案を提案した。


「ーーー孤児に義務感?どういうことですか?」


意表を突かれたソーマは大きく驚く。


《孤児を、守る・・・?》


孤児が忌み嫌われるこの迷宮都市で、孤児を守るために行動する者など数えるほどしかいない。

そして、孤児を守ろうと行動する者も、結局は何らかの打算・・・・・・を持つ者ばかりだ。孤児を保護する振りをして奴隷商に売り渡していたり、人体実験の材料にしていたり。

……本心から孤児を守ろうと行動している者など、皆無と言って差し支えはないはずだ。

にも関わらずアレンがその極少数の内の1人と知り、ソーマは驚いた。


「私も理由まで調べることはできませんでしたが・・・孤児院と孤児を守ろう・・・・・・と志しているようです。……なぜ孤児などを守ろうとしているのか理解に苦しみますが…」


スザクは調べきれなかった調査項目に歯がみしつつ、主君ソーマを見上げた。


「ふむ……孤児を…。なるほど…」


ソーマはアレンが孤児を守ろうとする理由になど興味がなかった。ただ、アレンが執着する項目を発見できたことにほくそ笑んでいた。

深く熟考するソーマの様子に、本報告が主君ソーマの役に立った手応えを感じ内心喜ぶスザク。


「ーーー他にアレン君に対して手札となりそうな情報はありましたか?」


数秒ほどの熟考の後、ソーマが面を挙げスザクに尋ねた。

対して、スザクは頭を振った。


「…申し訳ありません。見つかりませんでした。孤児と孤児院みうちの2つだけです。……もう少し時間を頂ければ他にも発見できるやもしれませんが…」


ソーマは「……ふむ」と顎に手を当て、スザクの提案に軽く思考する。


「……いえ、もう結構です。2枚手札があれば十分でしょう。優秀な手駒あなたには他にも調べて貰わなくてはならないことが山のようにありますから」


「ソーマ様のご命令とあれば全て完璧にこなしてみせましょう」


「ふふふ。……心強いですね」


スザクの勇ましい返事にソーマは純白の燕尾服を靡かせながら微笑んだ。




「さて、それと本題ですがーーーアレン君の出自・・・・・・について何か情報は得られましたか?」




ソーマが本題を切り出した。

スザクの本調査の中で、最も重要度の高い項目。


ーーーアレンの【実親の調査・・・・・】。


15年前に赤ん坊アレン西の廃墟街スラムに捨てた実親の正体を調べることが、スザクの調査の最優先事項であった。


しかし。


「……申し訳ありません」


ソーマの期待に反して、スザクは頭を振った。


「やはり不可能でしたか。……仕方ありません。15年も前に捨てられた子の親類の判別など、元から無理があるのは分かっていました。不可能を言いましたね、スザク」


「……力が足りず申し訳ありません」


スザクは頭を垂れて謝罪した。

ソーマは手を振ってスザクの謝罪を止めさせようとするーーー



「ただーーー【戦神】の生前の足取り・・・・・・は調べて参りました」



スザクの言葉にーーーソーマの手が止まった。


「ーーー結果は?」


ソーマは唾を飲むのも忘れて…スザクの返事こたえを待った。

面を挙げてーーースザクが呟いた。




「ーーーでした。ソーマ様の御慧眼通り【戦神】はーーー17年前・・・・・にマリア迷宮都市を訪れておりました・・・・・・・





史上最強と謳われた、かのSランク探索者【戦神】がマリア迷宮都市を来訪したのがーーー17年前・・・・


そして、アレン君が生まれたのはーーー16年前・・・・




ーーー時系列は……一致する・・・・





『ーーーふふふ・・・』



ユフィー王国でも伯爵以上の上級貴族と限られた大物しか知り得ない、『ロザリア大帝国』の懐刀ふところがたなである【戦神の一族】。


ーーー当代では【戦神】の適合者・・・がいないとして没落しつつある【戦神の一族】の適合者の特徴・・・・・・、『無魔法』と『解読不能の魔法』を孤児アレンくんが身に着けていること…。

ーーー加えてアレン君の出生の丁度1年前に、当時の【戦神の一族】の当主【戦神】がマリア迷宮都市に訪れていたこと…。



偶然では片づけられない一致・・にーーー自然とソーマの口角が持ち上がる。

漏れる笑みを隠せない。



普段からは想像も出来ない程に上機嫌のソーマの様子に、護衛のニクソンは目を見開く。

密偵として感情抑制の術を身につけているスザクも平静を装ってはいたが、内心ではソーマの様子に驚いていた。



ソーマは一頻ひとしきり感情を発露した後、面を下げて控えるスザクにニコリと微笑む。


「ーーースザク諜報官には以後、『ヨウト商会』の動向の調査を命じます。ヨウト商会は最近我々の商圏に手を出しつつありますから今のうちに弱みを掴んでおきたい」


「は。すぐに手配致します」


「本任務ご苦労様でした。明日は休息日とします。任務の疲れを癒やしてください。それと……いつもスザクには助かっています。ありがとう。ーーー下がっていいですよ」


「勿体なきお言葉。……失礼いたしました」


いつにも増して優しい言葉をかけるソーマ。


スザクはソーマからの最上級の賛辞・・・・・・に今にも崩れそうになる頬を引き締めつつ、最後まで礼を失さず退室した。

廊下に出て、戸を完全に閉めてやっと大きく息を吐いた。



今日までのアレンの調査おあそびとは異なり、明後日からはまた裏社会での暗闘の日々に身を浸す。

・・・明日は休息日でなく、1日訓練に費やすことにしよう。

主君ソーマに絶対の忠誠を誓う諜報官スザクは、これからも主君に貢献するために休日返上で訓練しごとをする覚悟だった……。









「……ソーマ様。あの少年に関していかがされるおつもりでしょうか?」


諜報官スザクが支部長室を去った後。

ソーマの背後に控えていた燕尾服を纏う巨躯ニクソンが、革椅子に腰掛けて熟考するソーマに尋ねた。

ソーマはゆっくりと目を開けて、月明かりが差し込むステンドグラスを見上げながら口を開く。


「……今のうちに首輪・・をつけておきたいと思っています。とはいえ大きな首輪をつけては他組織にアレン君のことがバレてしまう……。他組織にバレない程度に細くて見えにくく、それでいて確かに効力のある首輪・・を…」


ソーマは再び目を閉じて考え込む。


線が細く美男美女の多い上流階級きぞくしゃかいでも、広く名が知れ渡る程の美男子であるソーマが仄かに白く耀く月明かりに照らされながら熟考する画。

この場に貴族令嬢がいれば跳んで歓喜する光景だった。


とはいえ、現実に支部長室このばにいるのはニクソンのみ。

ニクソンはソーマの思考を邪魔しないよう、微動だにせず仁王立ちを続ける。


「……『協賛商会スポンサー』では目立ち過ぎる。確実に他組織にアレン君の存在を気づかれてしまう…。…もっと細くて、確かにアレン君に恩を売れる首輪・・…」


さらに深く思考の海に埋没するソーマ。

ニクソンはただ只管ひたすらソーマが海から浮上してくるのを待つ。


ーーーニクソンおのれは、ただソーマ様を脅威から守る神盾・・である……。


余計なことはしない。ニクソンは腕を組むソーマが戻ってくるのを待ち続けた。








「ーーーそういえばアレン君の孤児院は経営に苦しんでいるそうですね?」


ソーマがーーー思考の海から戻ってきた。

ソーマは目を開きニクソンに向いて尋ねた。


「……確かに前回の簡易報告でスザク諜報官がそのように申しておりましたが」


ニクソンは昨夜スザクから伝書鳩によって送られてきた簡易報告文かんいほうこくを思い出しながら答えた。報告文かんいほうこくはソーマも確認済みだ。


「なるほど…。…孤児と・・・身内に甘い・・・・・聡明な少年、ですか…。なるほど、なるほど……」


ソーマは再び天井のステンドグラスを見つめながら、思い浮かんだ内容を整理するかのようにポツポツと呟いた。





数秒呟き続けた後ーーーソーマの唇が不気味に・・・・弧を描いた。





「……ええ…。それがいいでしょう、ね…。ええ……」







白銀の三日月が浮かぶ夜空の下、ソルト商会支部長ソーマはアレンを自らの手駒・・・・・とするべく……計画を組み立て始めた。



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孤児が虐げられるダンジョン都市~迫害される孤児は【神魔法】に覚醒して全ての孤児を救う~ 仰向けペンギン @Aomuke_pengin

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