第37話 幻惑蛾 Ⅵ






「ーーーな、なんだありゃ・・・」


タケル様は片手直剣を構えながら、つい呆けた声を出してしまった。

俺様が見つめる先にはーーー右腕から【純白の・・・蜃気楼・・・】を放出するアレン。

その【蜃気楼】のあまりの神々しさ・・・・に俺様も、つい息を呑んじまう…。




『ーーーゴルルッ!!!』




呆然としている俺様の耳にーーーホブゴブの唸り声が届いたっ!?


ーーーそうだっ!!!

ーーー突然やべぇもん出しやがったアレンに気を取られてたけど、今は戦闘中だったっ!!!

ーーーアレンに気を取られてる場合じゃ無かったっ!!!


ーーーやべぇ死ぬっ!?



「ーーーーーク、クソォォッ!!!」



こんなに長時間ボーッと呆けていたんだっ。

ーーーもうホブゴブの棍棒が目の前にあってもおかしくないっ!

せめて頭だけは守らねぇとっ!今死ぬわけにはいかねぇんだ!


ーーー『黒牛亭』の全メニュー、コンプリート・・・・・・するまで死ぬわけにはいかねぇんだッッッ!!!

ーーーあと一品ッ!『猛牙豚オークの炙り焼』だけなんだっ!!!今日死ぬわけにはいかねぇんだっ!!!


せめて頭を守ろうと、頭の上に剣を構え、防御の姿勢をとるっ!!!

衝撃に備えて、腰を落として全身に力を込めるっ!!!



待つ。

…待つ。

……待つ。


……だけど一向に攻撃の気配がないっ!!!なんでだよクソッ!!??



3秒程経って流石に可笑しいと思い、バッと目を開けるっ!



戻った俺様の視界にーーー俺様から距離を取っているホブゴブリンが映った。



ーーーホブゴブリンは俺様に視線を向けていなかった。

ホブゴブリンが鋭い目付きで見つめる先は、遠く離れているーーー【純白の揺らぎ】を纏うアレン…。


ーーー俺様のことなんて眼中にないっ…。さもそう言いたげにホブゴブは…右腕から【純白の蒸気】を立ち上がらせるアレンを鋭い眼光で凝視している……。

腰を下ろして、最警戒体勢っ。牙を剥き出しにして低く唸り、アレンを警戒してやがる…。


……俺様よりアレンを警戒してるってことかよッ…。

でも…無事だったのは喜ぶべきことだよな。

怪物モンスター如きが俺様を無視するのは気に食わねぇが……。


釈然しゃくぜんとしない葛藤に頭を抱えて悶えつつ、俺様は周りの状況を確認する。


目の前のホブゴブどころか、アレンに襲いかかろうとしてたウルフ共、ユリアを襲おうとしていたウルフも攻撃の手を止めて…アレンを警戒してやがる…。


それにーーー怪物共の大群スタンピード共も、だ。

50にも及ぶ怪物共の大群スタンピードも含めて、ここにいる全ての・・・怪物モンスターがアレンの【純白の蜃気楼】を警戒してやがる…。


……知能を持たないで、ただ貪欲な食欲ほんのうで動く初級階層Eランク怪物モンスターが、だ…。

そいつらが目の前の人間たべものを無視して…アレンの右腕から昇る【純白】を警戒する…?

……怪物モンスター食欲ほんのうすら抑えられるほどの危機感を…怪物共は【純白の蒸気アレン】に感じているってことだよな…。


「ーーーなんなんだよっ……ほんとアレンの純白の右腕それ…っ」



ーーー人間の俺でも分かる。

ーーー【純白の蒸気あれ】は…とんでもねぇもん・・・・・・・・だ。

ーーー神々しさすら感じる、あの【純白】に自然とあたまを垂れたくなる俺様おれがいる……。



停滞した戦闘に呆ける俺。

周りの怪物モンスター共と同じように、吸い込まれる・・・・・・ようにアレンの【純白】を眺めているとーーー。



「ーーータケル!早くユリアの元へ!!!」



ーーーアレンに尻を叩かれてしまったっ!


ーーーそ、そうだっ!

ーーーウルフに突進タックルされて気を失ってるユリアを助けねぇと!


「ーーーぁ、あぁ!!!」


異様な威圧感オーラを発するアレンに返事をしつつ、ユリアの元へ走った。











俺様がユリアに近づくに連れて、ユリアを狙っていたウルフが後退していったっ。

アレンを警戒しつつ、しっかり俺様も警戒しているってことか!?

正しい判断だぜ犬っころっ!てめぇは後で俺様がぶっ殺してやんよっ!


アレンを警戒し続ける怪物モンスター共は一旦戦闘の中止を選択したらしい。

俺様は無血でユリアの元まで辿り着くことができた。

地面に伏して目を瞑るユリアを抱きかかえて、肩を揺らすっ。


「おい!大丈夫かユリア!?早く起きやがれっ!!!」


「……た、タケル…」


程なくしてユリアは目を覚ましたっ。

目の焦点が少し合ってないような気がするけど、まぁこの程度大丈夫だろっ!


「ーーーったく。寝坊だぞ、馬鹿野郎っ」


無事な様子のユリアにニヤリッと笑いかける。


「ーーータケルッ!ユリアは無事ですかっ!?傷はっ!?」


アレンは俺たちを背に、【純白】を纏う片手剣を構えて怪物モンスター共を牽制している。

気に食わねぇがアレンのお陰で今俺様たちは一息つけている。


怪物モンスター共もアレンの【純白】を見慣れたのか、それとも覚悟を決めたのかわかんねぇが徐々ににじり寄って来てるみてぇだ…。


「無事だぁ!!!でも、頭から血流してやがる!」


ユリアの桃色の長髪を掻き分けて患部を覗く。

大した傷じゃねぇが、頭の傷ってのが気になる。

学のねぇ俺様だが…頭の傷は簡単に致命傷になるってアレンから何度も聞かされている。

大きな傷じゃねぇが、とりあえずアレンに頭部の傷を報告する。


「ーーータケル、これを!!!」


報告に対してアレンが小瓶を放ってきた。

ナイスキャッチして中身を覗く。小瓶には緑色の液体が入っていた。


「ーーー回復薬ポーションかっ!?おい、ユリア!口開けろっ!」


ゆっくりと口を開いたユリアの口に小瓶を添えてーーーそっと・・・小瓶を傾ける。

少しずつユリアの口に流れ込んでいく回復薬ポーション


ーーー回復薬を半分程飲んでユリアの目の焦点が回復したっ!


「よ、よし…!いいぞユリアッ!動けっか!?」


「……ぅ、うん…」


ユリアはまず俺様を見てからすぐに焦点をずらして、アレンを見た。


アレンを見た瞬間ーーーいや、アレンの【純白の蜃気楼みぎうで】を見た瞬間ユリアの目が驚愕に染まった。


「……あれは…アレン…?」


目を見開いて、ユリアは零すように呟いた。

……その気持ちは分かるぜ。……あの【純白】を纏っているアレンは、まるでアレンとは別人のーーー聖人・・っていうのか?そんなようなすげぇやつに見える…。

まるで絵本の中の『神様の使い』ーーーいや下手すりゃ神様本人・・・・みてぇな存在感を感じるからな…。


でも…あれは確かにアレンだ。間違いねぇ。


「……おう。なんかとんでもねぇことになってるが、間違いなくアレンだ…」


ユリアの呟きに答えた後、アレンに叫ぶっ。


「ーーーおい!アレン!【純白の蜃気楼そりゃ】なんだ!?」


「ーーー僕の『魔法』です!たぶんっ!」


これまで堪え続けた俺様の疑問に対して、アレンは怪物モンスター共から目線を外さず答えた。


ーーーいや、そういうことじゃねぇっっっ!!!

そうじゃなくてーーーその、とんでもねぇ気配の【純白】の正体・・を俺様は知りてぇんだよっ!!!

ーーーって、そんなのアレンも知らねぇか……。


「この魔法っ、長く持ちませんっ!!すぐに片付けます!2人とも援護してください!!!」


アレンが額から大量の汗を流しつつ、俺様に叫んできた。

あの尋常じゃない量の汗にキツそうな表情……。

本当に限界みてぇだな。こんなすげぇ魔法だったら、やっぱその分魔力消費するんだろう…。魔力限界が近いんだろうな…。


「分かった!アレンてめぇはーーーー」


ーーー左側の怪物モンスター共相手しろっ!俺が右側の怪物モンスター共を相手してやんよっ!!!


と叫ぼうとした俺様だがーーー。







ーーーーードォォォォォォンッ!!!!!






「ーーーは?」


アレンの【純白】をともなった斬撃の威力・・・・・にーーー思わず呆けてしまった。













「ーーーすぐに片付けますっ!2人とも援護してくださいっ!!!」


僕はタケルとユリアに合図をしてから、怪物の大波スタンピードに向けて駆けよるっ!

駆け寄りながら、蜃気楼のように右腕から湧き出る【純白の魔力】を見つめる。

莫大な量の魔力を込めて生まれた【純白の蜃気楼】。この【純白】の力を僕は知らない。初めて発動したから当然だ。この力がどれほどの威力を発揮するか分からない。


けどーーー直感が告げている。

この【純白】を使えばーーー目前の怪物の大波スタンピードを超えられるとっ!



「ーーーはぁぁぁっっ!!!」



怪物の大波スタンピードの最前列ーーーホブゴブリンに向けて全力で片手剣を振り抜くっ!!!


想像以上の高速で振り抜かれる剣線っ!

ブォンと風切り音が周囲に響き、残像と共に【純白の軌跡】が目に焼き付くっ!





ーーードォォォォォォンッ!!!





豪快な衝撃音と共にーーーホブゴブリンを上下に両断したっ!!!


さらに片手剣の剣圧によって後方にいた5体の怪物モンスターも吹き飛んだ!

ドミノ倒しでさらに10体の怪物モンスターも吹き飛んだっ!?

奥に詰めていた怪物モンスター共を巻き込んで怪物モンスターの山が形作られたっ!?



一撃でーーー10体以上の怪物モンスターを行動不能にできたっ!!??



想像以上の威力に僕は目を丸くする…。

右腕で蜷局を巻く【純白の蜃気楼】を見つめて呆然としてしまう。


「ーーーす、すげぇ…なんだよ、それ……」


ーーー横で直剣を構えていたタケルがポツリと呟いた。

タケルに激しく同意だ…。

なんだこれ?これは…本当に魔法なのか?


こんな強い魔法・・・・が……この世界にはあったのか?


魔法は、探索者の切り札として使われると聞く。この魔法を見て激しく納得した。

こんな強い魔法があれば…例え格上の怪物モンスター相手であっても倒すことができる探索者もいるだろう…。

桁違いの強さを見せる【純白の蜃気楼】に僕は息を呑む。


同時にーーー頼もしさを感じた。


「ーーーこれが…僕の魔法…っ…!」


前列の怪物モンスター共が食らった大斬撃。

眼前に広がる惨劇を目の当たりにして怪物モンスター共がジリジリと後ずさった。


怪物共の大波スタンピードが全体的に後退して、怯まずにその場に残った怪物ゆうしゃが現れた。



ーーー異常個体イレギュラー、ウッドゴーレム。



『ーーーガガガガガッッッ!!!!!』


ウッドゴーレムが鈍重な体躯を揺らしながら、僕に接近してくるっ。

魔道生物特有の高音を雄叫びとして発しながら地面を蹴るっ。

両腕を振り上げて、その大質量りょううでを僕に叩きつけようとするっ!



対して僕はーーー片手剣を上段に構えるっ!



「ーーー吹き飛べっ!!!!!」



硬質なウッドゴーレムを袈裟斬りするっ!

抵抗感はーーーないっ!

【純白の蜃気楼】が僕の膂力を跳ね上げて、硬質なウッドゴーレムを両断したっ!


2つに分かれた人形は後方の怪物共にまで吹き飛んで、再びドミノ倒しを起こす。

2つ目の怪物共の山が生まれた。


「ーーーは、はははっ!!!さ、さすが俺のライバルだぜ!!!いいぜ!アレン!このままやっちまうぞっ!!!」


タケルが口の端をヒクヒクと痺れさせながら、態とらしく笑っていた。

僕はタケルの空元気に苦笑いしつつ、押し寄せる虚脱感・・・を無視して叫ぶっ。


「ーーーはい!ユリアは後方で待機していてください!本当に全快したか分からないので!」



怪物共の大波スタンピードを眺めて次の標的えものを探していると。



「ーーーん?なんだこれ!?」


タケルの不穏な呟きと同時に通路の奥、『幻惑蛾の巣』の広間の方から紫色の煙・・・・が舞い込んできた…。


『ギャアアアアアア!!!』


煙を吸い込んだ怪物モンスター共が狂乱の雄叫びを上げたっ!

僕の【純白】を見てからの弱気が嘘のように消えたっ!

雄叫びを上げて目を血走らせながら突進してくるっ!


僕が怪物共をどれだけ薙ぎ倒しても、決して怯まないっ!!!

まるで生存本能を無くしたかのように無策で突撃してくるっ!!!


幻惑蛾ファントムモス怪物モンスター共を凶暴化させたようです!タケル!これ以上凶暴化させないために早めにケリをつけましょうっ!!!」


「ーーーあぁ!!!態々わざわざてめぇに言われなくても分かってるよっ!!!」


互いに剣を止めず、励まし合うっ!

声を出し続け、互いの状況を確認し、怪物モンスター共を屠り続けるっ!



着実に怪物モンスターの数は減り続けているっ!






「ーーーーっ!?」


戦闘開始から十数分っ。

僕は急激に魔力が無くなる脱力感・・・に歯を食いしばって耐えるっ!

もう魔力の限界は…近いっ。押し寄せる虚脱感に今すぐでも膝を折りたいっ…。


怪物共は・・・残り20体程度っ。

最初に比べれば見違えるほど減っているっ。底が見えてきた。


とはいえ、まだタケル1人に任せるには荷が重い数だ…。

今僕がリタイアすれば…タケルが怪物共の集中砲火を受けるっ。

そうなれば…タケルの未来は簡単に予想がつく。



「ーーーはぁぁぁ!!!」



【純白の蜃気楼】を纏う片手剣が3体のコボルトを一閃で屠るっ!

3体とも上下半身を割き、臓物を地にばらまく。



ーーー次の怪物えものーーークっ!?


身体の向きを変えようと重心を片足に乗せた時、全身から力が抜けて後ろに倒れそうになるっ!


ーーーま、まずいっ!


ーーーっ!?



「ーーー後ろは任せろアレン!てめぇは前だけ・・・見てろッ!全力全霊ッ『スラッシュ』ッッッ!!!」



ーーー後ろにはタケルがいたっ…。

ーーー仰向けに倒れそうになった所をタケルの肩に支えられるっ。


ーーー互いに背中を合わせて支え合う…。

ーーー僕が困ったときはタケルが。タケルが困ったときは僕が。お互いに助け合う。

ーーー家族ぼくたちはそうやって互いに支え合って生きていた…。



……一人突っ走りすぎていた。【純白の蜃気楼】に目覚めて有頂天になっていたかもしれない…。




僕は頼もしいタケルおとうとに背中を任せてーーー目の前のホブゴブリン目掛けてっ片手剣を振るった。






















「ーーーはぁ、はぁ、はぁはぁ……」



広間に転がる無数の怪物共の死骸むくろ

歩く道を探すのも苦労するほどの数多の亡骸しがいが鎮座している。

見上げると、僕たちが通ってきた通路にも数え切れないほどの怪物モンスターが転がっているのが分かる。


見渡す限り全ての怪物モンスターを…僕たちが倒したんだ……。

数はざっと見積もって…80体程だろう。


これほどの数の死骸モンスターから魔石と怪物の素材アイテムを獲得できればーーーガルム兄さんたちが森の巨人もんばん討伐から帰ってくるまでの孤児院の運営費の足しになるはずだ。


ーーーとはいえ。

……流石に、この数の怪物の大波スタンピードを相手して…精神も体力も底を尽きた…。




僕は地面に大の字に寝転がって深呼吸しながら…呼吸を整える。


……もう動けない。体力が本当に底を尽いた。

全身の筋肉が痙攣しているし…無理に扱った骨にダメージが溜まっている。


それになにより…魔力が限界だ…。

【魔力欠乏】…。

重石おもしを纏っているような巨大な虚脱感が僕の肩にのしかかっている…。


本当に一歩も動けない…。というか動きたくない…。


「……大丈夫、アレン…?」


少しずつ息が整ってきた所で、ユリアが水の入ったコップを持ってきてくれた。

コップを受け取るために…やっとの思いで身体を起こすっ。

……本当に全身に重石を纏っているみたいだ。身体をほんの少し動かすのですら億劫に感じる…。

コップを受け取って、ゴクリッと冷水を飲み干す。


「……はい、なんとか。…魔力を消耗しすぎたようです。身体が重くて、少し休憩したいですね。……もう一杯もらえますか?」


「……うん、待ってて…」


ユリアは桃色の髪を靡かせながらリュックサックの元まで走って『水生成の魔道具』から水を汲み、戻ってきてくれた。


「……はい…」


「……ありがとうございます…」


冷水の満ちるコップを受け取りながら、ユリアの顔を見る。



ユリアの額には……血の拭い残し・・・・・・が滲んでいた…。



ユリアは…今回の探索で、死にかけた・・・・・…。

スナイパータートルの不意打ちとウルフの猛撃によって…あと一歩で死ぬ寸前ところだった。

本来は僕が両方とも食い止めるべきだったのに…僕の不注意のせいでユリアは死にかけた…。


ユリアに直接謝罪したとしても……『大丈夫だよ』、と優しく許してくれる光景が目に浮かぶ。



「……ごめん、ユリア…」



だから・・・僕は…ユリアの隣に座って独り言のように・・・・・・・、小さく呟く…。


もう2度とユリアをあんな危険な目に遭わせない…。

ユリアは絶対に僕が守る…。



ーーーーこの命に代えても…必ずユリアきみを守ってみせる…。



隣に座るユリアの、優しげな表情を眺めながら僕は誓った。














僕は5分ほどユリアの介抱を受けて体力と精神を共に癒やし、時間経過によって魔力も少し回復させた。回復した魔力によって虚脱感がやや抜けて、辛うじて動ける状態にもなった。

ユリアの肩を借りて立ち上がり、周囲を見渡してタケルを探す。


幸い初級階層の怪物モンスターには大型怪物モンスターがいないため、立ち上がればすぐにタケルの姿を見つけられた。


「ーーーへへへ、今回はよくもやってくれたなぁぁぁ『亀野郎スナイパータートル』っ!!!」


……タケルは亀を足蹴にしていじめていた…。


「てめぇのせいでたけぇぇぇポーション使っちまったじゃねぇか!!!」


……何度もスナイパータートルの甲羅を蹴りつけて、溜まりに溜まった怒りを爆発させていた。

……スナイパータートルはタケルの殺気に怯えて、甲羅の中に引っ込んでしまっている。

……スナイパータートルが感じている恐怖を示すように時折、甲羅がブルブルと震えている…。


……有名な絵本の中で、こんな光景があった気がする。確か…虐められる亀を助ける優しい漁師の物語…。

ただ、その絵本の内容と照らし合わせると…タケルは悪役側だ…。

つまり、タケルのパーティメンバーの僕たちも悪役側……。


「………………」


僕とユリアは…目を点にしてタケルに近づく…。


「てめぇには惨たらしいさいごがお似合いだぜぇぇぇ…ジュルリッ…!」


タケルが瞳を怪しく輝かせて直剣を抜き放ち、剥き出しの刃を舐める素振りをする…。


《……絵本でよく見る悪役そのものじゃないですか…》


溜息をつきつつ、ユリアと一緒にさらにタケルに近づく…。


「……あれでは、タケルが悪役ですよね…」


「……う、うん…」



「ーーーとりあえずひっくり返りやがれっ!!!クソ亀野郎がっ!!!」



スナイパータートルを虐め続けるタケル…。


「………………」


ユリアの肩を借りてタケルに近づきつつ、ユリアに尋ねる。


「…ユリアはあのスナイパータートルに恨みはありますか?自分を窮地に落とした怪物モンスターですが…」


「……ない、とは言えない…けど、そこまで強くもない、と思う…」


ユリアは困ったように眉を曲げて、呟いた。


「……分かりました。それなら…」


ユリアの肩から手を外して1人、タケルの背後からスナイパータートルに近づく。



「へへへ、屈辱かぁ!?腹丸見えになって股間さらけだしてんのはよぉぉぉ!自力で起き上がれんなら起き上がってみろや。まあ、亀は自力で起き上がれねぇもんなぁぁぁ!?はははっ!!!」


無様を晒すスナイパータートルを見て目の端に涙を滲ませて笑うタケル。



僕は、その隣を音も出さず通り抜けてーーー片手剣を振るうっ!



ーーースパッ!!!



スナイパータートルの首を切断し、息の根を止めてあげる。


「ーーーあぁ!!??おいアレン!てめぇ何してんだよ!!??」


「……タケルが見苦しかったので」


当然タケルが文句を垂れてきたので無視しつつ、パパッと話題を逸らすっ。



「ーーーそれより、あの幻惑蛾ファントムモスを早く捕まえてしまいましょう」



僕が指差す先。

広間の中央に位置する巨大な岩石の突起とっき

ーーー突き出る岩盤の上で幻惑蛾ゴールが羽を休めていた。


「ーーーあ、そういやそうだったな。ここまで来た目的忘れてたぜ」


タケルが目を見開いて頭を掻きながら、ばつの悪そうな表情を浮かべた。

計画通り、スナイパータートルのことはすぐに忘れてくれた。こういう時にはタケルが単純でいてくれて本当に助かる。


「おいでぇおいでぇ~、害虫むしちゃ~んーーーーんっ!!??」


タケルがソロリソロリと、幻惑蛾ファントムモスに忍び寄った。

でも幻惑蛾はタケルの醜悪さを感じ取ったようで、すぐにその場を飛び立った。


ーーーヒラリヒラリ。

幻惑蛾は自由に宙を舞い、やがて羽を休めるためにそっと降り立った。



「……ぁ…」



ーーーユリアの手の平に降り立った。



「ユリア……そのまま捕まえてください」


「……うん…」



ユリアはそっと幻惑蛾の羽を掴みーーー持参した捕獲用カプセルに幻惑蛾を収めた。


これでやっとーーー依頼クエスト達成だ…。

カルロスが助かる…。ソルト商会を敵に回さなくて済む…。

全て丸く収まる…。


肩にのしかかっていた重荷が1つ外れたのを感じて…安堵の吐息を漏らす。


「ーーーああっ!クソッ!俺様が捕まえてやろうと思ったのによぉ!!!」


地団駄を踏み悔しがるタケル。

その姿を苦笑いして眺めるユリアと僕。


「これで依頼クエスト達成ですね。あとは無事に地上に戻るだけです」


「……うん。……3人とも、無事でよかった…」


「……そうですね。それが一番嬉しいことですね」




僕は地面に無数に転がる無数の怪物モンスターを解体すべく、膝のケースから解体用の短剣を引き抜こうとする。


そのときーーー突然タケルに胸倉を掴まれたっ!?


ーーーな、なんですか!?


「ーーーあっ!!!そうだアレンてめぇ!てめぇが使ってた【真っ白なヒラヒラ】について答えろ!?あれもてめぇの『魔法』って本当かぁ!?」


タケルに胸倉を掴まれたまま持ち上げられるっ!

ただでさえ戦闘の疲れが残っている身体なのにーーーこのタケルばかめっ!


ーーーく、苦しいっ!本当に苦しいっ!


「ーーーく、首絞めないでくださいっ!答えますからっ!!!」


僕が必死にタケルの手を何度もタップすると、冷静さを取り戻したタケルがやっと手を離したっ…。

何度か咳き込んだ後に痛む胸を撫でてタケルを睨みながら口を開く…。


「……あれも僕の魔法だと思います。『魔装』より多い魔力を右腕に集中させることで発動しました」


「ーーーまじかよっ!?ってことはてめぇ、2つも魔法持ってんのか!?」


「……でも…lv2にならないと、魔法2つ持てない…?」


「ーーーってことはっ!てめぇぇぇっ、俺様より早くlv2になりやがったかっっっ!!??」



ーーーまた僕の胸倉を掴もうとするタケルっ!

ーーーでも二度も同じ手は食わないっ!

タケルの手を打ち払う!何度も伸びてくるけど、その度に打ち払い続けるっ!



「ーーーち、違いますっ!違いますよたぶんっ!!!ーーーたぶん、あの魔法が僕の『本当の魔法・・・・・』だと思います。『魔装』はあの魔法の副産物というか……威力を弱めたバージョンというか…。そ、そんなものだと思いますっ!!!」



最後にパシンッ!と、思い切りタケルの手を打ち払うっ!

タケルは、強く打たれて赤く染まった手の平にふぅぅぅ!と息を吹きかけた。

相当に強烈に打ったから痛いんだろう。まあ、自業自得です。


「……ふぅ~ん。……アレンがあんなつえぇ魔法持ってるのは気にくわねぇが…lvが上がってねぇなら許してやんよ」


「いや、タケルの許可なんて元からいらないでしょう……」


僕の呟きなんて無視して踵を返すタケル…。

身体の向きを変えて、僕に背を向けた。

ーーーでもそれから何かを思い出したかのようにクルリと僕に向き直った。



「そーいや、あの魔法はなんて呼ぶんだよ?魔装と区別した方がいいだろ?どー見ても違う魔法だしよ」



それもそうか……。

僕の直感からすると魔装も、あの【純白】も同じ魔法だ。だからこそ1つしか魔法を持てないはずのlv1の僕が両方の魔法を使える。

でも、あの【純白】は魔装とは比べ物にならない攻撃力を発揮する。根本的には同じでも…完全に別種の魔法と言ってもいい位の代物しろものだ。

魔装と区別するために、名前をつけた方がいいだろう…。


タケルにしては珍しく良い提案に僕は少し考える……。


魔装という魔法名は…ガルム兄さんに態々考えて貰ったものだ。

その魔装の発展系。魔装と類似する魔法名がいいだろう……。


魔装と語呂が似ていて……【純白の蜃気楼】の特徴を捉えた魔法名。




ーーーよし。決めた。




「ーーー『白装はくそう』と呼ぶことにします」












ーーー新たな『白装ちから』に目覚めた僕。


森の巨人討伐もんばん戦から帰ってくるガルム兄さんへの土産話がまた1つ増えたことに微笑みつつ、僕は地面に転がる亡骸モンスターにナイフを突き立て、魔石を取り出したーーー






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