第36話 幻惑蛾 Ⅴ






ーーー怪物共の大波スタンピード衝突ぶつかるっ!!!



50を超える怪物共の大波スタンピードの先駆け。

狂乱の雄叫びを挙げながらホブゴブリンが群衆の先頭を駆け寄ってくるっ。

灰白い肌を狂気に震わせながら迫るホブゴブリン。


血戦の狼煙ホブゴブリンが棍棒を振り上げたっ!



ーーー灰石はいせき製の棍棒が僕目掛けて振り下ろされるっ!!!



「この身はパーティの鉄盾タンクッ。すべての猛攻をただこの一身ひとみで受け止めッ、決して退かずに家族なかま守護まもるっ!!!この身は決して破れぬ魔盾たてであるっ!ーーー『魔装まそう』ッ発動ッ!!!」



高密度の魔力を体外に放出し全身に纏う!

魔装に目覚めてから何度も行っている魔装の発動。

どの程度の魔力を纏えば、魔装が発動するかはもう覚えた。

意識せずとも感覚的に使用魔力量を調整できる。


魔装の付随効果として、さらに怪物モンスター共の殺意ちゅういが僕に集まるがーーーそんなの望むところだっ。


ーーーこの身はパーティの盾。

ユリアとタケルを傷つける全ての殺意を一身に受け止める。

家族かぞくを傷つけさせやしないっ!!!


ガァァァァァン!!!


硬化盾とホブゴブリンの棍棒が衝突ぶつかった金属音が通路に響き渡るっ!


腕を貫く衝撃に仰け反るホブゴブリンっ。

反動で一歩も動くことができないんだろう。

対して僕はーーー『魔装』の効果で反動を耐えきるっ!!!


腕は動く!足も動く!ーーーすぐに動けるっ!!!


「ーーーはぁっ!!!!!」


反動に仰け反るホブゴブリンの剥き出しの喉を片手剣で切り裂くっ。

吹き出す真っ赤な血と崩れ落ちる体躯。

安定した足場を確保するためにすぐにバックステップ!!


横たわるホブゴブリンが沈黙したのを横目に覗いながら次の怪物つぎに備えるっ!


迫り来る怪物共の大波スタンピードッ!休息する合間なんてないッ!


ホブゴブリンの屍を踏み越えて、コボルトが鋭い狼爪を輝かせたっ!

鋭い両腕の爪が僕の顔を狙っているっ。

冷静に深く呼吸をしながらーーー硬化盾をコボルトに向けて構えるッ。


ーーーシールドバッシュッ!


『ーーーキャインッ!』


硬化盾は狼爪をへし折って、コボルトを大群の後方へ弾き飛ばしたっ。


予想以上に吹き飛んだコボルトに驚きつつ、次の怪物つぎに備えるっ!

怪物共に仲間意識なんてない。

コボルト1匹倒した所で怪物共の大波スタンピードは揺るがないっ。


予想通り間髪入れず、キルラビットとビッグラットが左右から挟撃してきたっ!

ビッグラットは僕の胴体目指して猪突猛進っ。

キルラビットは鋭い八重歯を煌めかせて僕の首へ跳ねたっ。

危険度が高いのはーーーキルラビットっ!


キルラビットに対して片手剣を振るう!

空中に跳ぶキルラビットに避ける手段なんてない。

キルラビットの首を両断するっ!切断面から勢いよく血が吹き出るけど気にしない。革鎧が深紅に染まるけど気にしないっ。気にする余裕なんて無いッ!


キルラビットを屠るまでに急接近していたビッグラットッ!

硬化盾を間に合わせて、突進を受け止めるッ!


ビッグラットは迷宮ダンジョン1階層から出現する迷宮内で最弱の怪物モンスターだ。

魔装を纏う今の僕にーーービッグラットの突進は効かないッ!!!


硬化盾から伝わる衝撃を力任せに押さえ込むっ!

完全に衝撃を阻んだ後、静止したビッグラットを硬化盾ごと地面に叩きつけるっ!!!


『ーーーブギャーーーッ!!!』


ビッグラットは断末魔を残して死に絶えたっ。

硬化盾を持ち上げるとーーー陥没した頭蓋と脱力した骸を晒すビッグラット。

微動だにしない。完全に死んでいる。


ビッグラットの死を確認する横目に、正面から迫るワイルドボアとウルフを捉えたっ。

初級階層随一の突進速度を持つワイルドボアとウルフッ。

気づいたときにはもう2体とも目の前にいたっ!

踏切を終えて、勢いを保ったまま僕目掛けて突進してくるッ!


《ーーーこのままじゃ間に合わないッ!!!》


僕は腕に纏う魔力を増やして『部分的に魔装を強化する・・・・・・・・・・』!

魔装はただの鎧としての機能だけでなく、僕の身体能力を向上させる能力も持っている。

そしてその強化具合は、纏う魔力に比例するッ!


魔装でさらに強化された腕力がーーー硬化盾たてを間に合わせたッ!


ガシャァァァァァン!!!


「ーーーグッ!!!」


猛スピードの2体の突進を受けて、数歩後退してしまうっ!

流石に魔装を纏っていても体勢を崩している時に、2体の突進を同時に受けて無傷とはいかなかった。勢いに負けて少し後ろに下がってしまったっ。


でもーーー戦闘継続に支障は無いっ!


突進に怯んでいた間にホブゴブリン1体が背後に回り込むことを許してしまったっ。前方からも屈強なホブゴブリンが迫っているっ。

前後から同時に振り下ろされる2本のホブゴブリンの棍棒っ!


硬化盾を掲げて、2本の棍棒を受け止めるっ!

ズシンッと盾越しに貫く大質量っ!

ホブゴブリンの力に押し込まれそうになるけどーーー


《ーーー男らしく気合いを入れてッ!弾き返すッ!!!》


2体とも体勢を崩したっ!隙は逃さないっ!


「ーーー間に合えっ!!!」


片手剣を残像が残るほどの速度で仰け反るホブゴブリンに振るうっ!

体勢を立て直す前にトドメを刺すっ!

怪物モンスター共に囲まれたら袋叩きにあう。囲まれないように退路を確保し続けるっ!

深く袈裟切りされたホブゴブリンは骸を地面へ崩した。ホブゴブリンの亡骸を踏み越えて形成されつつあった怪物モンスター共の囲いを抜け出すっ!


逃げた先にいたハニーベアとワイルドボアが左右から突進してきたっ!


でもーーーこれはラッキーだ。

ギリギリまで避けるのを堪えて、直前で躱す。


すると左右から僕に迫っていた2体はーーー必然的に衝突したっ。

あの距離なら停止することもできないから当然だ。

猛スピードで激突した2体の頭は威力に耐えきれず爆発したっ!

砕け散った頭蓋からーーー血や脳漿、頭蓋骨の断片が勢いよく飛散したっ!

飛散物までは想定してなかったっ!身体に纏わり付く血生臭い肉片の数々。

顔だけは守るために腕で顔を覆うっ。

でもこれでーーー視界が塞がれてしまったっ!


飛散物の気配が消えてすぐに周囲を覗うとーーーコボルト5体が星形☆の配置で僕を挟んでいたっ!

知能を持たないはずの低級のコボルトモンスターのくせに・・・っ。

タイミングを示し合わせたように同時に5体が鋭爪を煌めかせたっ!

五方から迫るコボルト共っ!


《ーーーまずいっ。流石に同時に5体はっ…!》


片手剣を鞭のように柔軟に振るい、即座にコボルト2体の首を切断するっ!

地面に落ちる2体のコボルトっ。


でもーーー残り3体を仕留める時間はないっ。

2体の鋭爪は硬化盾と片手剣で防げるっ。

ーーー残り1体のコボルトの攻撃をどう防ぐっ!?


無傷で防げないならーーー力技で防ぐしかないっ!!!


2体のコボルトに対して硬化盾と片手剣を構えるっ。

2体のコボルトが鋭爪を振るったっ!

硬化盾と片手剣で爪を受け止めるっ。


ーーー最後の1体。残るコボルトが背後から僕に迫ってきているっ。

両腕とも2体のコボルトの爪を防ぐために使ってしまっている。

振り返って背後から迫るコボルトを確認することすらできない。

ーーー醜悪なコボルトが無防備に背中を晒す僕を嘲笑する様を想像してしまう。

普通の探索者ならば怪物に背中を取られた時点で、その者の死が確定する。

でもーーー僕には『魔装』があるっ!


「ーーー『魔装』ッ!厚化ッ!!!」


背中に纏う魔力の鎧を厚くするっ。魔装を厚くすれば無防備な背中であってもーーーー!!!

コボルトに背中を斬られる覚悟を決めてーーー踏ん張るっ!!!


ーーーザシュッ!!!


ーーー背中に衝撃が走ったっ!たぶんコボルトの爪が立てられたんだろうっ!

でも痛みはないっ!僕はーーー死んでいないっ!!!


「ーーー退けッッッ!!!」


剣と盾で抑えていた両脇のコボルトを力任せに弾き飛ばすっ!

吹き飛ぶ2体のコボルト!

遠く離れたコボルトなんて気にする必要は無いっ!


振り返って、背中を斬りつけたコボルトと初めて正対する。


「ーーーシャァーーーッ!」


魔装で防げると分かっていても、身体に爪を立てられるのは気分が悪い。

コボルトの爪が身体に届く前に片手剣を振り下ろすっ!

袈裟斬りによりコボルトの身体が2つに裂かれ、ドシャリッと上半身が地面に落下した。

足下に生まれる血の池。血の湖。

立ち込める生臭い血臭に怪物モンスター共が目を血走らせたっ。


狂乱する怪物モンスター共がまるでえものを奪い合うかのように互いの様子を覗い始めた。


ーーーふと生まれた少しの停滞。

周囲の怪物共の意識の間隙を縫って、家族なかまの様子を覗う。これまで自分の戦闘で手一杯だったっ。タケルとユリアは無事か?


まずタケルの方を見るっ。

視線を向けるとーーータケルのスラッシュが青い剣線を残しながらキルラビットを仕留めている光景を覗えた。地面にはさらに2体のホブゴブリンと2体のワイルドボアの骸があった。タケルは怪物共を5体も倒してくれていた。

タケルの無事と順調な戦果を知り、思わず口角が上がってしまう。


次は、ユリアの様子をーーー。

ユリアの様子を確認しようと後方に視線を向けようとした瞬間ーーー背中に『温もり』を感じた。温もりだけじゃない。疲れが癒える感覚も覚えた。


ーーーこの暖かい感じ…これはユリアの『ヒール』だ。間違いない。


僕に対してヒールを使えるくらいだ。ユリアも危険な状況に陥ってはいないんだろう。


2人の家族かぞくの無事を確認できて、大量の怪物モンスター共の渦中であることを理解しつつも、つい安堵の息を漏らしてしまう。


僕の吐息を隙と捉えたのか突然、前方のハニーベアが突進してきたっ!!!


僕は冷静にハニーベアを避けるためにきき足に力を込める。左方へ回避するとぶ準備だ。



溜めた脚力を開放しようとした瞬間ーーー力を溜めていた右足に衝撃が走ったっ!?



「ーーーなっ!!??」


不意の攻撃っ!予想外の一撃っ!

外力によって軸足が曲がって体勢を崩すっ!


そんな状態で眼前のハニーベアの突進を躱せるはずもなく。

高速の巨体ハニーベアの突進をーーー鳩尾にモロに食らったっ!!!


「ーーーガッハ!!!!!」


正面衝突っ!肺に溜まっていた空気を吐き出すっ。

鳩尾に走った鈍痛が全身を貫くっ。

痛みで無意識に目を見開くっ。身体がくの字に曲がるっ。

魔装と革鎧すら貫通した衝撃が体内で爆発するっ!


激突の勢いで空中を舞うっ!

謎の攻撃に気を取られてたから受け身を取る余裕もないっ。

何度も硬質な地面をバウンドしながら数メタ飛ばされた所でやっと止まる…っ。


身体に残る鈍痛に耐えながら…片手剣を杖代わりになんとか立ち上がるっ…。


「ーーーアレンっ…!?」


「ーーーっ!!!大丈夫ですっ!ユリアはそのまま後ろにいてくださいっ!!!」


僕を心配して駆け寄ろうとするユリア。

でもヒーラーのユリアを守るためにパーティの盾ぼくがいるんだ。

タンク助けるためにユリアが前線に来てしまうのは、本末転倒っ!絶対に駄目だっ!

ジンジンと痛む肺から大声を出してユリアを静止させるっ。


僕の眼前には未だ底の見えない怪物モンスター共の大壁。

重い一撃食らったからって休憩している時間は無いっ。

硬化盾と片手剣を構えて、距離を詰める怪物共の大群スタンピードに備えるっ。


ーーー同時に思考する。

ーーー右足を襲った打撃ふいうちの正体を暴くために、考えるっ。


ーーーなにが起きたっ…?さっきの攻撃はなんだっ?

ーーー怪物モンスター共との間合いは空いていた。怪物モンスターの攻撃は届かないはずだった。

ーーーそれなのに現実に、俺の右足になんらかの攻撃が届いた…。どの怪物が攻撃してきたっ…!?


弱った僕への怪物共の総攻撃そうこうげきを凌いでいると、視界の隅に『煌々と光る緑の球体』を捉えたっ!

緑色りょくしょくの球体は怪物共の間隙を縫って、僕の元まで辿り着き鳩尾に染み込むっ。

全身を温もりが包んだっ!温もりに伴って全身の疲れが癒える。鳩尾と肺に潜んでいた鈍痛が嘘のように一瞬で退いたっ!


軽くなった体躯に笑って、目の前のホブゴブリンの心臓を片手剣で貫くっ!

硬化盾のシールドバッシュっ!突進してきたワイルドボアの脊椎を折るっ!


「ーーーありがとうございます、ユリア!!!」


『ヒール』によって全快した身体に鞭を打ってさらに奮戦するっ!

マザーから借りた硬化盾を縦横無尽に振り回すっ!

返り血で真っ赤に染まる片手剣をさらに濃い深紅に染め上げるっ!



ーーー僕たちの帰りを待つマザーのためにっ!

ーーー今も奴隷化の恐怖に震えているだろうカルロスおとうとのためにっ!

ーーー僕をサポートしてくれるユリアのためにっ!!!


ーーー眼前で醜く猛る2体のホブゴブリンを連続で袈裟斬りするっ!!!




「ーーー僕は絶対に負けられないっ!!!」


ガルム兄さんにいさんに誓ったんだっ!

兄さんたちが門番討伐してくるもどってくるまで家族かぞくを守るってッ!!!


今は僕が長男なんだっーーーだからッ絶対に負けられないッ!!!




吐血しながら崩れる2体のホブゴブリンっ。

その後ろからゴブリン2体が棍棒を振り上げながら迫ってきたっ!


硬化盾を掲げて腰を屈めるっ!

幻惑蛾に操られる2体のゴブリンマリオネット猛撃こんぼうに備えるっ!


ーーーそのとき、またしても。


「ーーーなっ!?またっ!?」


踏ん張っていた右足に衝撃を受けたっ!!!


ーーーまたかっ!?ーーーまた攻撃っ!?どこからっ!?


体勢を崩した僕の硬化盾が棍棒の軌跡からズレたっ!

1本の棍棒は盾で受け止められるっ!

でも、もう1本がその威力を保ったまま盾を躱してしまったっ!

このままだと肩に直撃するっ!まずいっ!


本能的にーーー肩に纏う魔力を局所的に・・・・増やして魔装を強化するっ!!!


「ーーーグッ!?」


棍棒の直撃っ!!!

でもーーー魔装のお陰で脱臼はしていないっ!動けるっ!!!


「ーーー痛いだろッ!!!!!」


怒りと共に片手剣を薙ぐっ!ゴブリンかたきの腹を裂くっ!

こぼれ落ちる内蔵。湧き出す血肉。喚くホブゴブリンを放置して、1歩後退するっ。


「ーーーアレンッ……!!!」


「ーーー大丈夫ですっ!『ヒール』も必要ありませんっ!」


負傷がないか、確認のために棍棒を受け止めた肩をクルクル回す。

ーーー問題ないっ。分厚くした魔装のお陰で肩に一切負傷はなかったっ。


ーーーそれにしても…。


「ーーー何だっ?本当に何の攻撃だっ…?」


ーーーまただっ…!また、足への攻撃ふいうちっ…!

今回も間合いに怪物モンスターはいなかったっ。

5階層までの怪物モンスターは直接攻撃しかしない。5階層に遠距離攻撃をする怪物はいない。

間合いに入られていなければ…攻撃されないはずなのに…どうしてっ?



周囲の気配を覗いつつ、目前のコボルトの鋭爪を硬化盾たてで受け止めるっ!

力任せにコボルトを弾くっ!蹌踉よろめくコボルトの心臓に剣を突き刺すっ!

目から命の灯火が消えるのを確認してから、次に迫るワイルドボアに備えて硬化盾を構えるーーー。


ーーーそのとき。


目の端にーーー飛来する『何か・・』を捉えたっ!!!


顔に迫る『それ』を硬化盾たてをスライドさせて防ぐっ!

ガツンッ!と硬化盾に衝撃が走って金属音が響いたっ。

『それ』の正体を探る前にーーー突進してくるワイルドボアを躱すっ!


躱した後に、硬化盾たてに走った衝撃の正体を探るっ。


「ーーー『石』っ!?」


拳大の凹凸のひどい石…。

地面に転がる見覚えの無い石を見て思わず叫んでしまう。

ーーー『石による遠距離攻撃』。

そんなことをする怪物モンスターに心辺りは一つしか無い。


ーーー石の飛来方向に視線を向けるっ。


密集する怪物共の群衆スタンピード

時折生まれる怪物モンスター共の隙間を通して、石の飛来方向を覗っているとーーー。


ーーー隙間から石が飛んできたっ!


ーーーバスッ!と飛来してきた石を握り取るっ!


すぐに飛来方向を覗う。怪物共の隙間を通じてーーー『そいつ』はいたっ。


怪物共の大群スタンピードの後方に陣取り、苔の茂る甲羅に携える砲塔を僕の方に向ける四足獣しそくじゅう…。

えものの隙を覗ってだんがんを用いて怪物なかまを支援する魔物の狙撃手スナイパー…。


初級階層唯一の希少怪物レアモンスター



「ーーー『スナイパータートル』っ!!??」



ーーーでも、幻惑蛾の巣ここは5階層だっ。

スナイパータートルの本来の生息階層は6階層以上・・・・・っ…。

5階層ここにスナイパータートルがいるはずはないっ…。



下層の怪物モンスターが生息階層より上層で生まれ落ちる異常事態ーーー異常個体イレギュラーだっ…!!!



前回の探索で遭遇した猛牙豚オークに続いて、また異常個体イレギュラー…。

なんて運が悪いっ…!

探索2連続で異常個体イレギュラーと遭遇するなんてっ!!!


自分おのれの運の悪さに歯がみをしているとーーー怪物共の大群スタンピードの中から巨躯の怪物モンスターが歩み出たっ!



メタを超える黒木くろき製の体躯。

寸胴の胴体と4本の円形の手足が球状の関節によって魔力的に接続され、筒状ののっぺりとした顔が飾りの如く配置されている。

迷宮ダンジョンから仮初めの生命を与えられて探索者を屠る魔道生命体っ。



ーーー『ウッドゴーレム』っ。



「ーーーまた…異常個体イレギュラーっ……」



ウッドゴーレムはスナイパーゴーレム同様6階層から出現する怪物モンスターだ…。

これで…前回の兄さんたちとの合同探索と合わせて3体目・・・異常個体イレギュラーとの遭遇っ…。



ーーーこれはあまりにも可笑しい。異常個体との遭遇頻度が高すぎる・・・・…ッ。


情報収集において必ず異常個体の発生状況を確認していた僕にはこの事態の異常さが分かる…。

異常個体はそんな簡単に発生するものじゃない…。異常個体が発生したら探索者ギルドからすぐに掲示がある。

初級階層で異常個体が発生する間隔は、平均して1ヶ月に1度程度。

そんな滅多にないはずの異常個体との遭遇を前回の探索に続いて、今回の探索でも遭遇した。それも今回は2体同時に遭遇っ。

ーーーどんな確率ですか…っ!!!

異常個体との遭遇確率が普段から・・・・こんなに高いければ、探索者の死亡率は今より格段に跳ね上がっているだろう。迷宮ダンジョンの攻略は遙かに困難なものになっているはずだ…。


ーーーなんでこんな異常事態が起きているんだ…?




ーーー待て。


……怪物モンスターは空気中を漂う魔力によって生まれ落ちる。中でも異常個体イレギュラーは偶発的に本来のその階層の魔力濃度より高い・・・・魔力濃度が発生したときに生まれ落ちるらしい…。


最近…迷宮の魔力量・・・・・・について…なにか聞いたことがある気がする…。




ーーー思い出したっ。


孤児院の『ピクニック』で伺った、プネウマの花畑で道化師ピエロのクルスさんに言われた言葉。



『ーーーここ数日、迷宮から湧き出る魔力が多くて・・・・・・プネウマも満開ですーーー」



ーーー迷宮から湧き出る魔力が多い?


もしかして…迷宮内の魔力もいつもより濃くなっていて異常個体イレギュラーが発生しやすい環境になっているのか!?

だから2連続で猛牙豚オークに続いて、ウッドゴーレムとスナイパータートルの異常個体にも遭遇しているのかっ!!??




「ーーークッ!!!」


ウッドゴーレムの豪腕ふりおろしを受けて思考を中断させられたっ!

硬化盾たてを斜めに構えて、大質量を受け流すっ!

硬化盾たてを伝って地面に叩きつけられる大腕っ!豪速の大腕を以てもって大地が揺れ、砂埃が舞ったっ!


ウッドゴーレムの両脇から2体のゴブリンが飛び出してきたっ!

目を血走らせて無策で突撃してくる。


1体のゴブリンの喉元を片手剣で切り裂く。もう一体のゴブリンも硬化盾でシールドバッシュ。頭蓋骨を砕くっ。

沈黙した2体のゴブリンを踏み越えてウッドゴーレムが再度豪腕を持ち上げたっ!

ウッドゴーレムの両脇から、2体のウルフも飛び出してきそうだっ!


混戦を予期しつつ、覚悟を決めて異常個体ウッドゴーレムの攻略法を思考しているとーーー







「ーーーーぁ…!」




《ーーーは……?》







突然背後から聞こえたーーーユリアの・・・・、か細い悲鳴・・




目前のウッドゴーレムを無視して振り返るとーーー地面に倒れ伏す・・・・ユリアが、いた…。



「ーーーーユリアッ!!??」



ーーーユリアの周囲に怪物モンスターはいない。

でもーーーユリアは倒れてる。頭から血を流して倒れているっ。


つまりーーー遠距離攻撃っ!

ーーースナイパータートルだっ!!!


僕は辺りを見回してスナイパータートルを探すっ!


スナイパータートルがユリアを狙ったんだっ!

距離の離れたスナイパータートルあいつへの『ヘイト稼ぎ・・・・・』が十分じゃなかったんだッ!!!


自分の不甲斐なさに嫌気が差すっ。

目の前のウッドゴーレムに気を向けすぎていて、一番注意すべきだったスナイパータートルを忘れていたっ。

ユリアを害する危険性が1番高いスナイパータートルを忘れていたっ!!!


パーティの盾タンクの一番の役目はパーティユリアを守ることのはずなのにっ!!!


ーーーユリアの悲鳴にウルフの意識がユリアに向いたっ。

ーーーウルフは怪物モンスターの中でも特に嗅覚に優れているっ。血の匂いに敏感だっ。ユリアの出血に気づかれたっ!


他の怪物モンスターは僕の全力の魔装に伴う『ヘイト稼ぎ』で僕から視線を外してないっ。確実に僕を見ているっ。



でもーーーウルフだけは確実にユリアを捉えていたっ!!!



ーーーウルフがユリア目掛けて駆け出したっ!!!



「ーーーユリア大丈夫ですか!!??」


僕はウッドゴーレムの豪腕を受け流しつつ、叫ぶっ!


「……ぅ、ぅん…」


怪物モンスター共の隙を見て振り返るっ。

ユリアは…頭を抑えてフラフラと立ち上がろうとしていたっ。意識が朦朧としているみたいだ…。



そんな状態なのにーーーウルフがユリアに迫っているっ!!!



「ーーータケルッ!ユリアをッ!!!」


「ーーーわかってるよっ!クソッ!!!どけやてめぇら!!!!!!」


チラリとタケルの様子を覗う。

2体のホブゴブリンがタケルとユリアの直線上にいたっ!!!

あれじゃホブゴブリンに阻まれてユリアの元へ行けないっ!!!



ーーーウルフが猛スピードでユリアに迫っているッ!!!

ーーータケルはもうっ間に合わないッ!!!



「ーーーユリアっ!!!しっかりッ立ってくださいっ!!!」


僕の叫びも空しく、ユリアは杖を頼りになんとか立っている状態だっ。あれじゃウルフの突進を躱せないっ!



ーーー6匹のウルフがなおもユリアに迫っているっ!!!



なんとかタケルか僕が救援に向かわないとっ!

だけど、タケルの前にはホブゴブリンがっ!

僕は『ヘイト稼ぎ』の効果で怪物共の大波スタンピードに包囲されているっ!!!


ーーークソッ!!!


ウッドゴーレムの一撃を硬化盾で受け流して、踵を返してユリアの元へ駆けるっ!


脚部へ大部分の魔力を注ぎ込んで、脚部の魔装を厚化させるっ!

跳ね上がる脚力っ!最低限の防御を残して殆どの魔力を脚部へ集中させたっ!



ーーーこのままユリアの元にっーーー!!!



しかし、目の端にーーー僕の首目掛けて飛び跳ねるキルラビットと僕に砲塔を向けるスナイパータートルを捉えたっ…。


ーーー早くユリアの元に向かわないとっ!

でもーーーこのままじゃ薄くなった魔装を貫いて、僕が殺されるっ!

ーーー結局ユリアを助けられないっ!!!



ーーー時間のロス。



断腸の思いで片手剣を振るい、キルラビットの頭を叩き割るっ!!!

硬化盾でスナイパータートルの銃弾を防ぐッ!!!



ーーーこれで今度こそユリアを助けにーーーっ!



2撃を防いだ僕は再びユリアに視線を向けるっ!!!















ーーーウルフがユリアを突進ふきとばしていた











「ーーーーーーユ、ユリアッッッ!!!!!」



ーーーユリアが宙を舞っている。

極限の集中状態になった僕の視界は、ユリアがゆっくりと地面を数度バウンドして転がって、やっと静止するのを捉える。


ユリアは桃色の髪を広げて、くの字に身体を横たわらせたままーーーピクリとも動かない。


「ーーーあ、あぁぁぁ!!!???」


さらに追撃を加えようとしているウルフ。

遠目からも目を血走らせて、口端から涎が垂らしているのが分かるっ。


……僕が甘かった…。想定が甘かった…。

まさか幻惑蛾の巣に…スナイパータートルイレギュラーがいるなんて思ってもいなかった…。


いや…スナイパータートルを見つけた時点で撤退するべきだったんだ…。

非常事態が起きたらすぐに撤退すると言ったのは、僕じゃないか…。

戦場の匂いに…血の匂い酔っていたんだ…。


……僕がっ、馬鹿な判断をしたせいでっ…。

……タンクぼく怪物モンスターを抑えきれなかったせいでっ…。



ーーー僕のせいでユリア・・・が…っ!!!



全力でユリアの元へ駆けながら、一縷の望みを掛けてユリアを見つめる。


ユリアの耳元に光る『桃色のイヤリング・・・・・』を見て、僕は泣きそうになるっ…。




クソッ!ーーーユリアっ!動いてくれっ!そこから逃げてくれっ!











僕はーーーユリアきみをッ…失いたくない・・・・・・ッ!!!










ユリアに牙を向けていた6体のウルフのうち5体が、迅速に迫る僕に気づいたっ!


『ーーーウォォォォォォォォン!!!!!』


雄叫びを上げながら僕に迫ってくるっ!


残る1体はユリアになおも接近し続けているっ!


ーーーこ、こいつらさえ倒せればっ!!!


でもーーー時間が無いっ。

ユリアを狙うウルフはほんの瞬きの内にユリアに辿り着きそうだっ。

その距離5メルもないだろう。

目の前のウルフ5体をーーー本当に一瞬で倒さなきゃいけないっ。


例え魔装を纏っていてもーーー5体のウルフを一瞬で倒すことはこれまでの僕・・・・・・ではできないだろう…。


だからーーー経験の無いことに僅かな望みをかけるっ!





ーーー僕は自分の防御を完全に・・・捨てる。



ーーー全ての魔力を右腕こうげきに費やすッ!!!





目の前のウルフしょうがいを屠ることだけを考えてっ、片手剣を握る右手に全ての魔力・・・・・を纏わせるッ!!!


……これで今の僕は無防備だ。


……一撃でも怪物モンスターの攻撃を食らって隙を作れば…数十の怪物スタンピードに袋叩きにされて、数秒で骸をさらすことになるだろう…。




ーーーでも!ユリアを助けるためにはこうするしかないッッッ!!!




これほど・・・・の量の魔力・・・・・を身体の一部・・に集中させた経験はない・・・・・

この量の魔力でどれだけ攻撃力が上がるかは……分からない。




でもーーー今は目の前の障害を乗り越えてーーーユリアの元へ行かなきゃならない!!!

一瞬でも早くーーーユリアの元へっ!!!






ーーー僕が完全に右腕に全魔力・・・を集めきったとき。




ーーー右腕が【白く輝いた・・・・・】ーーー




「……これは…魔力・・…?」





ーーー本来可視化されないはずの魔力が【蜃気楼の《・・・・》ように・・・純白に・・・】耀いていたーーー






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