魔王の心境や如何に

コムギコ

魔王の心境や如何に

 私は魔王の子として生まれ、魔王となるべく教えを受けてきた。とりわけ魔王としての在り方すなわち誇りは、父から直々に教え込まれた。

「魔を統べる王の名に、恥じぬ振る舞いをせよ」それが、父の口癖であった。その言葉と共に、私の偽りの気高さは作られた。

 そうだ。私の気高さは、偽り。名に恥じぬよう、という言葉の下に形作られた、空虚な張子に過ぎない。

 だが、彼は違った。山奥の村に生まれ、己が予言の勇者であることなど知らぬままに育った。生まれて幾ばくもない頃に両親を亡くした彼を育てたのは、年老いた夫婦だった。勇者としてなど、育てられなかった。

 彼は獣だ。人でありながら獣だった。獣は己を名に拠って誇りはしない。自らこうあろうとしない。己が己であることを誇り、以て己の気高さを為す。どこまでも、自然なのだ。その意味で、彼は獣であった。そして私は、その自然さに惹かれ、憧れ、恋焦がれた。何度この城を抜け出して、彼の隣で旅をしたいと思ったことか!

 だが、それももう終わりだ。彼はやがてここに来る。私を倒しに。私を殺しに。

 遥かなる天険を越え、我が配下を制し、今まさに王の間の扉を開けようとしている。

「​──​──お前が、魔王だな」

「来たな勇者よ。待っていたぞ」

 戦えば、おそらく私は敗北するだろう。だとしても、いや、だからこそ、私は屈するべきではない。それこそが私に残された、唯一の誇りであるが故。

 ​だが。

「最後に一つだけ問おう。貴様、妾の元に来る気はあるか? 妾は、貴様が欲しい」

「​──​──断る」

 嗚呼、それでこそだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王の心境や如何に コムギコ @Kanagawa-ken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る