☆オニオンスメルガール☆

鈴川教徒@

【食闘】

 なんの冗談だろうか。私は2度3度とまばたきをして、そして頬に爪をたててぐにぃとつねってみた。普通に痛い。どうやら夢ではないらしい。

 

「え、マジで」


 そこには1組の男女の姿があった。どちらも見覚えがある。というか、私のよく知る2人だった。私と彼と彼女。私と彼女は親友で、私は彼のことが好きで、彼女も彼のことが好きで。まぁそういう三角形な相関図だったことは、私も薄々勘づいてはいたんだけど。

 それにしても、あの2人があそこまで進んでいたとは思わなかったなぁ。

 夜の駅前で抱きしめ合っている2人の姿がある。互いを認めあっていて、好きあっていて、愛しあっている──そんな風に見える2人の姿が、煌びやかな街灯に照らされている。まぁ、つまり、ようするに、抜け駆けされたってわけだ。

 まぁ、どうあれ過ぎたことだ。事実を認めよう。私は親友に敗れ、失恋をしたのだ。裏切られた〜なんて思うはずない。そもそも現実味すら帯びてもいない。何かの夢だろうか。いや、これは夢じゃないんだったか。

 ぼんやりとした私はLINEで2人に祝詞をおくる。私も大概、現代とやらに染まったものだ。実際に訊けば済むところを、LINEで遠回しに確認しようとしてるのだから。結果は変わらないのに、ご苦労なことで。

  

「さぁて。これから、どうしよっかなぁ。ラーメンでも食べようか。やけ食べだ、やけ食べ。こうなったら太ってやる」


 2人の関係を知って、今まで通りの自分でいられるか、と自問する。その答えはノーだと思えた。きっと私は嫉妬をしてしまう。とても的はずれな嫉妬だ。それがひたすらに不安をうむ。

 塾の帰り道ということを忘れて、家とは真逆の道を歩く。ただ家に帰ることはしたくなかった。冷静に戻ってしまうことが怖かった。

 時刻は午後8時をまわっている。すっかり日は暮れて、あたりは真っ暗になっている。鮮やかであるはずの服屋の新店の看板が、夜にくすんでぼやけて見えた。

 

 そのラーメン屋は路地の入口にひっそりと佇んでいる。真っ赤なのれんは営業中の証拠。小さな駐車場には白いバンと、天上天下唯我独尊と書かれたバイクが1台ある。どうやら誰にも駐車させるつもりはないみたい。

 重々しげに掲げられた看板には『人越麺』と達筆な文字が並んでいる。

 私は自身のお腹に手をあてる。やれるのか? と問いかける。ぐぅと返事があったので、私は頷いた。

 人越麺。それは文字通り、「人の胃袋を超えた麺」だ。つまり、超大盛りラーメン。過去にテレビ番組にも取り上げられ、一時期話題にもなったのだが、誰一人として完食者を排出しなかった伝説のラーメン店。やけ食べの舞台にはふさわしいでしょ。

 戸を開ける。快活な声に耳朶がぶっ叩かれる。


「っしゃいせぇぇい!」


 外の人通りのわりに、内装は思ったよりも広く、そして賑わいを見せていた。作業服の男が多いイメージ。恐らく付近の工事現場の土方の人だろう。他には警察官だろうか、自衛官だろうか、そんな感じの胃袋の大きそうな男が大勢いる。女性の姿はない。

 女子高生の姿は珍しいらしい。堂々と現れた私に、男達の視線が集中する。「バカがまたやってきた」みたいな視線だと思う。ムカつく視線を浴びながら、私は唯一空いていたテーブル席へと腰をおろす。

 メニューは今さら見る必要はない。あらかじめ決めていた通りに発音する。

 

「人越麺、神盛り。ひとつ」


 ざわりと周囲がどよめいた。

 大半の人は食事の手を止めて、まん丸な目で私を見て、それから、厨房にいる大男の様子を恐る恐るうかがった。

 でっかい人だなぁ。あれが店長か。前に雑誌で見たことがある。

 身長は2メートルはあるかも。昔はヤンキーだったんだ、という台詞を言わせたら「え? 現役じゃないんですか?」って誰もが思うだろう巨漢だ。

 ふと、ひとりの店員が私のもとへとやってきた。腰のやたらに低い、ゴマすり男って感じの人だ。


「あのねぇお嬢ちゃん。うちのラーメンって、相当おっきいんだけど、知ってるよね? しかも神盛りなんて……」


 その長ったらしい台詞を断ち切るように、私は口火をきる。


「創業15年。人の胃袋を超えた麺を提供するってゆーチャッチで売り出した人越麺。全国から大食い自慢を集結させた大食い界の名店。そして、裏メニューの神盛り。総重量20キロ。かつて完食者は0人。伝説無敗の大盛りラーメン」


 知ってることを披露してみる。無知と思われるのは心外なのだ。私はラーメンが好きだから。

 「どう?」と流し目で確認する。誤情報はないはずだ。

 すると、ゴマすりの瞳がうっすくなった。周囲の視線も「ただの小娘」から「若い挑戦者」へと繰り上げられた感じがする。ピリリとひりつく空気。

 

「本当に、人越麺神盛りでよろしいんですね?」

「この店は客に2度も注文を聞くの?」


 ちょっとばかり機嫌の悪い私はキツめの口調で言ってやる。

 ついにゴマすりは困ったようで、店長へと目で訴えかけた。私から目を逸らして。

 強面の店長は、岩のように一切の動揺もなく、ゆだった麺を湯切りしながら一言。「齋藤。注文はなんだ」と言う。


「…………人越麺神盛り!! いっちょぉぉおお!」


 ゴマすり改め齋藤は、私の注文を叫んだ。どうなってもしらないからな! ってヤケクソに。


「はーい、ガラガラ、お邪魔しま〜す」


 齋藤の叫びとほとんど同時に、新しい客がやってきた。ひょうきんな声に場が一瞬静まりかえる。


「し………っしゃいせぇぇいいーー!!」

 

 再び、客の視線が来客に集中する。続けざまの若い声にまさかッ! といった具合に。私も思わず見てしまった。そして、この場の誰よりも目を見開いて、声を出してしまった。


「ふ、文乃??!」


 やってきたのは友達だ。乙瀬文乃ちゃん。私のクラスメイトで、少しギャルっぽい子だ。明るめの髪で、校則ギリギリにまで折ったスカートで。まぁ、そのくらいならみんなもしているんだけど、文乃はそのなかでもずば抜けてかわいい。

 大食いラーメン屋に来るようなイメージはなかったから、私は素直に驚いた。


「あ、スズスズだ。やほー、相席大丈夫?」

「うん。どうぞ〜ってどうしてここに?!」

「そりゃあ、ラーメンを食べるために、かな」


 文乃は私の向かいに座る。ほっそい体してるなぁ。引き締まっている体ってのはまさにこれって感じ。木製の椅子が軋む音が、私とだいぶ違って聞こえた。

 一応言うが、私がデブなのではなく、文乃が細いのだ。誤解のないように。私はいたって普通だからね。

 

「スズスズは人越麺の神盛りだっけ? じゃあ、私もそれで」

「は?」


 齋藤がすっとんきょうな声をあげていた。多分、私も同じ声を出していたと思う。当の文乃は悪びれもなく、首を傾げている。くっ、かわいい。


「あ、ま、まさか! 文乃と言ったかい! 今、君は!」


 ひとりの作業服が立ち上がった。腹太鼓が立派なおじさんで、興奮気味らしく息をぜぇぜぇしてて、ちょっとキモイ……。


「えぇ?! は、はい。乙瀬文乃ちゃん……」

「そうだけど……おじさんどうした?」


 腹太鼓はナゾの反射で真っ白なメガネをクイッとして、神妙に言った。


「乙瀬文乃。やはりね。去年の非公式大食いグランプリ──闇食闘を知っている人はいるか?」


 反応なし。誰も知らないっぽい。


「まぁ、マニアックな大会だから知らないのも無理はないよ。全世界からよりすぐりの大食いが集まって、胃袋を競い合うその大会で、去年の優勝者はアジアの若い女の子だったんだ」

「ま、まさか、その優勝者ってのが……」

「乙瀬文乃。確か、そんな名前だった」


 な、なんだってーーー!

 漫画かよ! って反応が店内に響く。みんなノリいいなぁ。常連さんばかりなのかもだ。

 文乃はそんな反応を見て、照れ笑い。


「あちゃあ、知ってた人いたのかぁ」


 どうやらマジらしい。非公式大食いグランプリ──闇食闘。そんなのが実在していて、文乃がその優勝者だったなんて。信じ難い。

 だけど、文乃の挑戦権は周囲に認められたらしい。「今日だけで2回もか……」とか呟いていた齋藤が、文乃の注文も叫んでいた。


「えと、それでスズスズはやけ食べ?」

「…………なんで?」

「だって駅前でさ、その三島くんと梓ちゃんがさ、イチャイチャしてたの見ちゃったから。スズスズは三島くんのこと好きだったでしょ?」


 文乃は傷心をえぐってきた。

 無神経さに腹がたつ。いや、違う、もともと気はたっていたのだ。だから、ただのタイミングの問題だけど、それでもイラッとした。

 そうだよ。やけ食べだよ。それがどうした。その通りだよ。バーカバーカ。


「文乃こそ、最近彼氏と別れたらしいじゃん。じつは大食いが原因だったり??」

「………………ふむ」


 あぁ、なんて性格が悪いんだろう。相手が傷つくようなことを、わざわざ口に出したりしてさ。

 でも、ごめん文乃。その表情で少しスッキリした。


「スズスズさぁ、ホントに食べれるの? 食べ残すのって店に迷惑じゃん? 客は店に敬意を払わなきゃじゃん」

「もちろん完食しますけど? 文乃こそアレだよね。闇ナベチャンピオンだかなんだか知らないけどさ、そんなこと言って残したりしないよね?」

「誰が」

「さぁ?」

「この………」

「あははは」

「うふふ」


 途端に空気が悪くなる。ほとんど睨みあうように微笑みあう。こうなると、もうダメだ。かわいさ余って憎さ百倍とは違うけど、かわいいのすらムカついてきた。

 

「じゃあさ、こうしよう。勝負しようよ。スズスズ。どっちが早く食べられるか」

「いいよ。のった」


 会話は打ち止め。静寂に包まれる。

 どうやら、外では雨が降り始めたらしい。雷の音が遠くで聞こえた。


「嵐がくるな…………」


 作業服のひとりが静かに呟いた。


 待ったのは10分程度だろうか。嵐の前の静けさってやつで私と文乃の間に会話は一切なく、互いにスマホを見つめて時間をすごした。

 そんな時間はあっという間に過ぎた。

 今、私達のテーブル席には2つの巨大ドンブリがドドンっと置かれている。まるでゾウの餌みたい。

 一見すれば肉の山。分厚いステーキ肉が花びらのように積み重なっている。それだけでも数キロはあるかもだ。だが、そんなものは氷山の一角にすぎないことは見たらわかる。無数の卵、膨大な麺、胃袋を破壊するためだけの食材の数々が肉壁の隙間からこちらを覗いている。

 長い髪がラーメンで汚れないように、シュシュで一束に纏める。ポニーテール。


「ンでは、此度の大食いバトルの当卓を担当します。唐澤です」


 唐澤というのは、乙瀬文乃を知っていた腹太鼓の名前である。どうでもいい。


「ルールは単純。先に食べ終わった方の勝利です。ですが、注意点をいくつか。途中で席を立つ行為、また吐瀉物で店内を汚す行為を失格とします。ルールは以上です。準備はいいですか?」


 文乃は頷く。それに倣って私も深く頷いた。

 ガヤの人達から、やんややんやとヤジが飛ぶも、すべては私に聞こえない。私の視界には文乃だけがうつり、聞こえるのは開始の合図のみ。むしろ、いつもよりも静かな世界だ。大きく息を吸えば、香味油の味わいが肺を満たした。


「心の内にこそ宇宙は広がる……」

「ん?」

 

 文乃の声が聞こえた。

 静かな世界に一滴の水滴が落ちるイメージ。

 それは文乃のひとりごとらしい。彼女は瞑目をしていて、開始の合図を待っている。妨害ではなさそう。

「心の内にこそ宇宙は広がる」

 いったいどうゆう意味なんだろう。


「では、食闘ッ開始!!!!」


 開幕を告げるように、雷鳴が轟いた。

 思考は中断を余儀なくされた。

 私の手は考えるよりも先に動き出している。食欲の衝動に駆られている。私は目の前の食事だけと向き合う覚悟を決めた。

 左手でぶ厚い肉を掴み、右手で麺と野菜をほじりだして、全部まとめて口の中へと放り込む。ザクザクと豪快な音をたてながら噛み砕く。美味しいとかマズいとか、そんなことを考える間もなく胃に収める。

 この大食いに限って、私は女子であることを棄てよう。私は1匹の飯を喰らう獣になるんだ。

 チラリと文乃の姿を見れば、なるほど賢い、明らかに一定のペースで食べ進めている。私とは大違いに上品に食べている。しかし、決して遅いというわけではない。アレはアレで早いのだ。無駄がないと言い換えてもいい。

 箸の運搬に迷いがない。大きな口でほおばって最低限の回数だけ噛んで呑み込む。腕やアゴの筋肉負担を最小限に抑えた、プロの食べ方だ。伊達にチャンピオンではないみたい。

 だが、私だって負けるつもりは微塵もない。

 頬がはち切れるギリギリをかき込む。喉が詰まってしまったら、麺とスープを思いっきり呑み込んで押し流す。水を飲む暇すら排他する。手を緩めることは、体が拒絶しようとも心が許可しない。

 その甲斐あって、序盤は私の優勢で始まった。


ーーーーーside店長

 

 暇なので一服しようと思う。どうせしばらくは注文なんてこないだろう。小窓を開けて、ライターを取り出し、騒がしい店内をチラリと見つつ、咥えたタバコに火を付ける。

 『人超麺』の店主、六条仁は退屈していた。客が全員取られちまったんだから仕方がない。

 肺に満たした白煙を一息に吐き出しながら、嘲りと関心の含まれた視線を人集りへと向ける。その中心で麺をすすっている女子高生、乙瀬文乃を見る。

 ────たいした玉だが、アレはまだまだだ。

 大食いの才能こそあれ、まだまだ人の領域だ。残念に思う。あの程度の技量では他ではともかく、「人越」の舞台では通用しない。胃袋が弾けて死ぬだけだ。

 闇食闘も落ちたな。

 

「オヤッさん! オヤッさんはどっちの娘が勝つと思いますか?」


 興奮気味の齋藤がやってきた。こいつも残念なやつで、小物感がいつまでも抜けない。頭は回るし腕もいいんだが、光る何かが欠けている。そうゆう意味では、あの小娘と似ているのかもしれない。


「俺の勝ちに決まってるだろ。2人とも完食ならずだ」

「いやいや、オヤッさん。アイツらけっこうやりますよ? もしかしたら完食しちまうかも」

「15そこらのガキに完食されるメニューじゃねぇ」

「んじゃあ、オヤッさんはどっちの娘の方が惜しいとこまでいくと思います?」

「決まってらァ」


 六条は視線を1匹の獣へと向ける。

 あの娘にとっては箸もレンゲも、まるでオモチャみたいだ。乱雑に掴み、乱暴に食い散らかす。人外の咀嚼。


「あの小娘の名前はなんて言ったか」

「乙瀬文乃ですよ、闇食闘チャンピオンの」

「そっちじゃねぇ」

「え?ってじゃあ、あっちの素人の方ですかい?」


 齋藤は意外そうな顔をする。はぁ、どうしてこいつらは見る目がないのだろうか。

 人越麺は「人の器を超える」。

 人である以上、越えられない壁だ。

 あの2人のどちらが人越者に近いか。そんなのは一目でわかるだろうに。


「えーーと、確か。鈴川美咲だったかな」


 齋藤はうろ覚え気味に答えた。


「帳簿か?」

「いえ、さっきスマホを覗きました。いやぁ、女子ってのは怖いですねぇ。アイツらSNSで互いの悪口言い合ってましたよ」

「齋藤よぉ」

「はい」

「……客のもん盗み見てんじゃねぇ!」


 拳骨を落とす。

 齋藤の悶絶の悲鳴が────掻き消えるほどの歓声が人集りから発せられた。


「…………なんだ?」

「…………なんでしょうね?」


 全容は人垣に妨げられていてわからない。


「ちょっと、見てきますね!」

「待て、俺も行く」

「オヤッさん……やっぱり気になります?」

「オラッ!」

「痛ッだだ、殴るのはないっすよぉ」


 食闘開始から15分経過。

 勝負は佳境へと突入していた。


ーーーーーー




 私は食べ続けている。

 泣きそうになりながらも手を止めることはない。嗚咽を呑み込んで、不快感を呑み込んで、苦痛すらも呑み込んで、ただ食べる。

 もはや何を食べているのかわからない。もうなんだっていい。この体はただの袋だ。美味しいラーメンの詰め放題だ。

 朦朧とした意識のまま、胃袋にラーメンを詰めこむ。喉はこれ以上の侵入を拒もうとする。胃袋もギュルルルと悲鳴をあげて、逆流を起こそうとする。

 ただただ、キツい。死ぬほどキツい。

 視界がボヤけて、ベトベトの汗が全身にまといついてくる。

 どうしてこんなにツラいめにあってるんだろう。

 後悔? そう、私は後悔をしている。

 こんな勝負にのってやる必要なんてなかった。イラッとして、そのノリで受けて、受けた手前、手を抜くことが出来なかった。馬鹿だ。

 私は馬鹿だ。後悔してるなら、ギブアップを宣言して、後で土下座でもなんでもすればいい。文乃だって性格が悪いのではない。笑って許してくれる。私こそ大人げなかったって言ってくれる。

 こんなにツラいめにあう必要はない。

 でも、でも。でも……。

 私はギブアップをしない。手はドンブリと口の間を行き来する。

 ペースは明らかに落ちている。初めの勢いはどこへやら。普段の朝食よりも遅いかもしれない。

 麺の数本をつまみあげて、ゆっくりと口へと運んで、モグモグしてから呑み込む。

 それでも、手を止めることなかった。


「心の内にこそ宇宙は広がる…………」

 

 突然、視界がボヤける。

 私はドンブリの淵に3人の人影を見た。

 幻まで見えてきたんじゃあ、本格的にヤバいかも。

 ひとりは私であった。といっても幼い時分のだ。他の2人も見覚えがある。三島くんと梓ちゃん。駅前で抱き合っていた私の腐れ縁の2人の姿だった。これも幼い。小学生の低学年か、それよりも下かもしれない。

 あの頃は懐かしい。

 よくこの3人で遊んだっけ。

 家の近くに空き地があって、その草っ原で秘密基地を作ったり、無為に穴を掘ったりした。親に怒られたときも3人一緒なら楽しかった。

 でも、今はもう。

 今は、2人と1人だから。

 2人は付き合って、私だけが残されて、そしてラーメンを食べている。

 悔しいな。

 ────ラーメンを食べる。

 抜け駆けしやがって。

 ────ラーメンを食べる。

 私だって好きだったッ!

 ────ラーメンを食べる。

 すべての鬱憤を晴らすために、ラーメンを食べる。

 文乃との勝負なんて関係ない。

 これは”やけ食べ”だ。

 自分のために食べるのだ。

 ようやく、肩の力が抜けた。

 義務で食べたんじゃ、つまらない、後悔だって同じこと、ただキツいだけだ。それもそうだろう。

 心の内にこそ宇宙は広がる。

 まったくもって意味不明だけど、私は心の内に余裕を見つけた。宇宙とはとても言えないくらいちっさい余裕だけど。

 まだ食べられる。


「うおおぉぉぉぉぉおぉおーーーーーーーーーー!!!!」


 私は吠える。涙があふれる。

 いよいよもって人じゃない。

 私は今、限界を超える。


 ────おいおい、こりゃあ、完食するんじゃねぇか?

 ────文乃の嬢ちゃんの手が震えて止まったぞ!? もうそろ限界か!?

 ────はやい! なんてはやさ……! まるで飯を喰ら…………掃除機だ!

 ────…………………! ………………!

 ────、────────。

 

 ガヤの声が次第に遠のいていく。

 間延びしていって、かすれていって、ノイズすらなくなって、無音になる。

 不思議な感覚だ。音のない世界に私はいる。

 圧迫感は消えていた。吐き気をもよおす苦痛も、嘘みたいになくなっている。

 スープを吸ってブヨブヨの麺へと箸をぶっ刺す。それだけで1人前はあるだろう塊を、一口で頬張る。

 私は見てみぬフリをしてきた。なんのこと。もちろん、あの2人のことだ。最近は3人で遊ぶ機会は減っていた。その代わりにあの2人だけの時間が増えていたことを察していた。でも、見ないふりをしていた。

 なにが抜け駆けだ。はん、馬鹿らしい。まったく私の自業自得じゃないか。今までの関係が尊くて、壊れてしまうのが怖くて恐くて、だからって理由で言い訳して、行動をしなかった私の招いた当然の結果じゃないか。

 で、それがどうした。

 私は悪くない。まぁ、アイツらも悪くはない。悪者なんていないのさ。でも、私は傷ついて、アイツらは幸せを掴んだ。ふっざけんなッ。逆恨みのなにが悪い。リア充は爆発しろッッ!!

 

「うぁあ……がぁぁぁぁあぁ!!」


 静かな世界に、私の号哭だけが響きわたる。

 ドンブリを持ち上げる。

 今までの世界に亀裂が走る。ビシビシビシッ! 光芒が幾千条も錯乱して、背景が崩れ落ちていく。

 ドンブリに残った麺のカスクズをかきこむ。

 一瞬の静寂。

 ついに世界は決壊した。


 ドドッ! と歓声がきこえた。



ーーーーーーーーーーー


 

 どうやら、私は意識を失っていたらしい。目覚めたとき、私は硬いソファの上で横たわっていた。

 見慣れない光景だった。少なくとも私の知っている場所ではないみたい。


「ようやく目覚めたか、嬢ちゃん。ほれ、胃薬。飲んだらしばらく安静にな」


 2メートルの大男がいた。あぁ、人越麺の店主だ、と思う。名前はわからない。仕事着のエプロン姿ではない。真っ黒のTシャツ姿だ。どうやら営業は終了したらしい。


「あの、ここは?」

「とりあえず薬飲んどけ、胃もたれで三日三晩は苦しむことになる」

「あ、ありがとう、ございます」


 どこかで見覚えがある胃薬と、水の入ったコップを渡された。私は大人しく、2粒ほど服用しておく。

 そんな私を見届けた店主は、くわえたタバコに火をつけて、白い息をゆっくり吐いて、それから口を開いた。


「ここは店の裏だ。お前さんが倒れちまったもんで、運ばせて貰った」

「ですか…………それで、勝負は?」

「勝負? ん、あぁ。そうだな。面白い結果になったぞ」

「ど、どうなったんですか?」

「そうだなぁ」


 焦らすように店主はタバコを口につけ、それはそれはゆっくりとした動作で吸う。


「結論を言うと、君の負けだ。残念だったな」


 店主はさぞどうでもいいことのように言った。

 まぁ、そうだろうな、と思う。


「つまんねぇなぁ。もっと悔しがれ。負けたんだぞ?」

「でも、自分には勝ったので。私は満足満腹です。ご馳走さまです」

「ふん、そうか。お粗末さま。毎回毎回残されてイラッとしてた頃合だ。完食してくれて、こちらもありがたい」


 私は横になる。完食したのか私は。でも、そんなことはどうでもいい。ひたすらに疲れた。それだけ。


「お前、大食いに向いてるな」

「はぁ」

「人越麺を完食したんだ。大抵の大食いイベントなら受賞できる」

「……はぁ?」

「どうだ? こっちの世界にくるつもりはあるか?」


 真面目な声に聞こえた。

 私は首を振る。

 

「太るのはイヤなので」

「くはは。そうかい。そりゃ残念だ」


 それから会話は途絶えた。店主は話しかけてこなかったし、私も特に話すことがなかったから。

 退屈だったので、私はスマホをいじることにする。

 通知。あぁ、腐れ縁の2人からの返信があった。

「見てたの!? 恥っず! あんたも彼氏作りなよ〜」ってな感じだった。

 まぁ、一旦無視。そんなことよりも親がマジで心配しているようなので、その返信をする。

 その後で、ほとんど無感動に、腐れ縁の腐れリア充どもへと返信する。


「リア充、爆発しろ。異論は認めん」

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☆オニオンスメルガール☆ 鈴川教徒@ @sinenn555

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