5・冷感

銃声や硝煙のにおい、脳漿混じりの薄い血飛沫

それらのものは恐ろしい

恐ろしくて身がすくむ


けど


撃ち抜かれたのが誰だったか

年恰好、容貌、仕草、声質

ついさきほど、交わした言葉がなんだったか

それらのことは銃声と同時に吹き飛んで終わる


銃、ピストル、チャカ、飛び道具

呼び方はどうであれ

サイレンサーのないそれらはどれもうるさい

大きな音で耳が塞がる


耳鳴り

震え

目の前が暗いのは俯いているから

凄惨な光景を目の当たりに見届けることはできない

怖い


怖いけれども、それは誰かが死んだからではない

次に自分が殺されるかもしれないからでもない


怖いのは、恐ろしいのは

そのまま幕が閉じること


身を竦め、息を潜めて、震えながら

恐れながら、怯えながら

じっとこらえて待っている


待っている

待っていた



嗚呼……!



空気が動いた瞬間に歓喜が胸を突き上げる

狭い車内に閉じ込められて沈殿していた空気がいっときに

引き開けられた扉に向かって流れ出ていくように

自身もまた

全身でそちらへ飛び出してしまいそうになる


伸ばした腕 浮かしかけた腰

瞬時にすべてが抱き止められる


嗚呼

顔を見る僅か一瞬たりも待てずに


硝煙と香水の甘い匂い

抱きついて、両手を滑り込ませる

黒いスーツの裏地の冷ややかさ

上質のシルクの感触

それが、堪らなく、眩むほどに、いとおしい


白いシャツにしわを作りながら

その内側の背中や腰回りの肉質の硬さを確かめながら

その冷たい黒絹の感触に溺れる


欲しかった

欲しかった

これに触れたかった

これを届けて欲しかった

届くところに来て欲しかった

届かないまま終えないで欲しかった


「そう焦るな」


笑みを含んだ叱咤の声

唇より優しく耳朶をくすぐる

冷たい絹の裏地の感触

耳鳴りを拭って


運転席をジャマな死体が汚している


けど

それはそれでかまわない

知らない、要らない、誰かのことなど思考に絡みすらしない


絡まりつくのは自身の腕

黒い絹の感触を堪能する自身の腕が

その確かな肉体に絡みついて、もがくようにまさぐっているだけ


どうして膚はこんなに温いのに

どうして着ている服の裏側はいつもこんなに冷ややかなのか

不思議で

ただ、心地よく、酔いしれて溺れてゆくだけ


嗚呼


幕が……


黒い絹と白いシャツの

まるで、それは

幔幕の

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青年幻灯 刎ネ魚 @haneuo2011

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ