第10話 つきまとうもの

 夢の中。全身を不快感が覆っている。誰かわからない者の手が伸びる。甘い言葉、理解してくれると思った、信じた気持ち。


「俺も君くらいの時に、両親が死んだんだ。震災だった。」


そうか、私よりも遥かに大変な思いをしただろう。それなのに、手を差し伸べてくれている。


「できることなんてないのはわかる。でも、支えになりたい。守りたいんだ。」


ずっと欲しかった言葉。もう誰もいない私に、あなたはそう言ってくれた。


「大丈夫。苦しかったね。寂しかったね。少しでも痛みを分かち合えたら嬉しい。会うことができたら、これまでのことたくさん聞かせて。」


涙が溢れる。嘘....全部、嘘なのに。抗えない力が私の中から出てくる。行ってはダメなのに、もうわかっているのに。あぁ、夢の中でさえ私はこんなに愚かなのね。ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん。お母さん....。私のせいで、大切な名前が消えてしまった。愚かで馬鹿で、弱い私。

 恥ずかしくて、ただ逃げてきた。消えない名前はずっとずっと私を苦しめる。だから捨てるしかなかったんだ。自分のせいで。自分のせいで、お父さんとお母さんに泥を塗ったんだ。





美以子は全身を震わせて目覚めた。そこは保健室のベッドの上である。白い天井が母の居た病室の面影と重なる。起き上がろうとするが、気分が悪く、体が動かない。ひどく汗をかいているようだ。文化祭用のTシャツにベットリした染みができている。


「起きた?いま、先生呼んでくるね。動かないでいいから。」


八千代がカーテンの隙間から顔をだし、微笑んだ。

「ごめんね。」

その言葉を出すと同時に、美以子の瞳から涙が止めどなく溢れた。

(泣くな、泣くな!八千代に迷惑だ、何でいま、泣くの...)

顔を隠しても、涙は止まらない。


「美以子、ゆっくりして大丈夫だから。私、鞄持ってくるよ。先生呼んだら、きっとみんなに会わずに帰してくれるから。」

八千代は、そっと美以子の頭に触れた。


「吉池さん、どうかしら?さっき、親御さんには連絡したからね。もうすぐ迎えがくるわ。そのまま病院に行くと言っていたから、まだ動いちゃだめよ。歩けないなら、車椅子も貸すから。」

保健室の先生は、きびきびと美以子の頭に手をかざし、血圧計を腕に撒いた。先生は八千代に荷物取りを依頼すると、美以子の体にそっと触れて、まだ横になりなさいと指示を出した。


(そっか、今日は文化祭だったんだ。)

美以子の胸から指先にかけて、鋭い痛みが走った。楽しかった時間、何の憂いもなく笑えていたさっきが、遥か彼方に感じる。

(終わっちゃった。もう、みんなには会えないや。何であの人、いたんだろ。あの人、誰なんだろ。どうでもいいや。どうせこうなってたんだ、噂とかネットとか。誰かにバレて、いつかこうなってたんだ。)

生きている限り....。


美以子は再び目をつむり、声を殺してむせび泣いた。誰もいないうちに泣いてしまおう。みんなの前ではせめて笑えるように。






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真昼の眠り姫 小米波菜 @hanakogome102

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