第52話 勇敢なる一振

眩い銀色の輝きが辺り一帯を包み込む。

その場にいた者全員が目を細めた。

やがて輝きは掲げられた右手に一挙に収束し、遂に勇者の手元にそれは顕現された。

白銀のオーラを纏いし世界最強の伝説剣――天銀の剣。又の名をブレイヴウィング。

これまで幾度となく召喚を試みたが、莫大な魔力を消費するのみで、この瞬間までただの一度も成功したことはなかった。

しかし今、勇者一神の手元には間違いなく白銀に輝く聖剣が存在している。


「これが、聖剣……」


初めて手にした剣に一神は圧倒されていた。握っただけでその絶大な力が伝わってくる。

どうやら使用者の潜在能力を引き出し高めてくれる能力があるようだ。傷だらけの身体から力が漲ってくる。

しかし、


「お、重い……っ」


ただ重いだけではない。聖剣が一神の意思に反して抵抗している。それが分かる。

聖剣には意思があった。どうやら未だ一神を主として認めていないらしい。


「くっ、うぉお……!」


力任せに無理やり剣を掲げた。

不思議と扱い方は分かっている。


「ハデル!やつを殺せ!」


白髪の魔人が叫んだ。

次の瞬間、くすんだ青髪の魔人が凄まじい速度で一神に詰め寄り、両手に握った二本の刃を振り上げた。


「くそっ!」


一神が声を上げたその瞬間、彼の周囲を白銀に輝くオーラが包み込み、魔人の斬撃を弾き返した。


「なに!?」


魔人二人が驚愕する中、一神の全身を凄まじい疲労感が駆け抜ける。


――まずい……既にダメージで限界を迎えているのに、この剣……力を使う度に魔力と体力をごっそり持っていかれる……。


剣が一神を認めていないからか、或いはそもそも聖剣を使用するにはこれ程のリスクを負わねばならないのか。どちらにせよ、長引けば勝機はない。

ダメージと疲労で両足が震えている。立っているので精一杯だった。

しかし敵は待ってなどくれない。


「行け!」


魔人が再び魔物を召喚。頭が三つある犬型の魔物が二体、素早い動きで一神に迫る。

奴らの攻撃を凌ぐにはもう一度聖剣の力を使う必要がある。しかし、次使えばまともに動けるか分からない。


「くっそお!」


一神は聖剣を地面に突き立てた。

その瞬間銀色のオーラが魔物二体の身体を瞬時に討ち滅ぼす。

だが同時に全身に苦痛にも似た疲労感が押し寄せ、一神はその場で片膝をついてしまった。

その隙を見逃さなかったのは青髪の魔人。素早い動きで眼前まで差し迫り、二刀の刃に雷を纏って斬り掛かかってくる。

咄嗟に地面から剣を引き抜き敵の刃のひとつを弾き上げるが、反応が遅れた一神の腹部に短剣のもうひとつが深々と突き刺さる。


「があぁああああ――ッ!!」


続けて強烈な雷撃が一神の全身を貫いた。

悲鳴をあげる一神の顔面を魔人の蹴りが容赦なく跳ね飛ばし、勢い良く数メートルもの距離を転がった。


「い、一神くん……」


星野を抱きかかえる成村が青ざめた表情で呟いた。


「う……」


転がった先で一神が立ち上がろうと地面に片腕を着くが、すぐに力を失い地面に伏して動きを止めた。

その様子を見て白髪の魔人が、


「ふん、ようやく力尽きたか。聖剣を召喚された時は少し驚いたが、まともに使いこなせないとはな。さて、邪魔者が消えたところで、まずは貴様からだ」


そう言って男は地面に倒れたナギの身体を雑に踏みつけ、剣を振り上げた。


「死ね――」


少女の命が今尽きようとしている。けれど一神の身体はもはやピクリとも動かない。ダメージが、疲労が、全身を冷たく固めていく。朦朧とする意識の中で、一神はただ呟いていた。

このままじゃナギが死んでしまう。助けないと。助ける、どうやって。ああ、眠いな。このまま眠ってしまえれば楽なのに。そうだ、もう眠ろう。僕は十分頑張ったじゃないか。もう十分……。


『光汰が良い子で、お母さん嬉しいわ』


母の笑顔が脳裏を過った。

母さん……僕はまた、間違えるところだった。僕はもう――――。


「バカな……」


背後から感じた気配に、魔人の男は驚愕の表情を見せた。

一神は再び立ち上がっていた。全身傷だらけで、腹から大量の血を垂れ流し、今にも死にそうな様形で、けれどその目は決して光を失ってなどいない。


「ありえん……その傷でどうやって……」


一神が再び聖剣を掲げた。


「誓った……もう誰も、死なせない……!」


刀身に輝く白銀のオーラが強烈に溢れ出し、彼を直視するのも難しい程に膨れ上がる。


「聖剣、一振でいい……僕に力を貸せッ!!」


彼の呼び掛けに応えるかのように、聖剣が輝きと共に鳴動する。

そして集約された圧倒的エネルギーが今、


「ブレイヴァアアア――――――ッ!!」


解き放たれた。

一瞬世界の全てが白に変わったと思えるほどの聖なる輝きが、前方に向けて放射された。その輝きは爆発的に前方を包み込み、瞬く間に敵味方全員を呑み込んだ。

輝きの奔流ほんりゅうは高台の頂上に聳え立つ城から一直線上にフェルマニス上空を突き抜け、城下の街から見上げた人々の視線を一挙に集めた後、細い光の線となって消えた。


輝きが去った後、静寂に包まれた中で成村は星野を抱いたまま呆然としたいた。光に呑まれたと思ったが、自分も星野も、そこで倒れている桐山も赤髪の少女も無事だった。恐らく一神の放った一撃は味方に影響を及ぼさない攻撃だったのだろう。敵だけを打ち砕く白光の一撃。凄まじい威力だった。

だが、その代償は大きかったようだ。一神の手に握られた聖剣は光の粒となって消え失せ、ほぼ同時に一神は膝を着いて倒れ伏した。あの深手であれだけ無茶をしたのだし、無理もない。


「ぅ、」


地面に伏したまま一神が呻いた。まだ意識はあるようだ。しかし早く手当をしなければまずい。

成村は誰か人を呼ばなければとそう思って立ち上がった。

そのとき――成村の背筋がゾッと冷えた。気配を感じてゆっくりと振り返るとそこには、頭から血を流し荒い呼吸を繰り返す白髪の魔人が立っていた。そのすぐ近くに、ぐちゃぐちゃのミンチとなった魔物の死体が塊となって転がっている。


「よもや……この俺をここまで追い詰めるとはな……これが聖剣の力か」


恐らく複数の魔物を盾に聖剣の一撃を凌いだに違いない。


「く……」


一神の表情が歪んでいる。もはや声すらまともに出せない状態なのだろう。


「ハデル……いつまで寝ている、起きろ」

「ぐぅ……くそが、ふざけやがって……」


魔物の死体の中から、青髪の魔人が傷だらけの身体で這い出てきた。それを見て、成村の顔は更に青ざめる。


「ここまで手こずるとは思わなかったぞ勇者。だがこれで終わりだ」


白髪の魔人が剣を握った。

もはやどうすることも出来ないのだろうか。この状況を覆す術はないのだろうか。

成村は傷だらけの仲間たちを見渡した。しかしそこには誰一人まともに動ける者などいない。

思う。何故自分達がこんな目に遭わなければならないのか。自分達はただ、日本という国で平和に学生生活を送っていただけなのに。どうして。


「どうして、こんなことするの……」


成村の口から無意識的に零れた。


「こんな、こんな酷いこと……どうして……」


成村が魔人を睨みつけた。


「馬鹿げたことを。我ら魔人族の繁栄を邪魔するものがいるのなら、速やかに排除するのは至極当然のこと。お前達もそうだろう」


確かに、成村達もそうだった。他国他種族に被害が出る前に魔王を討つため、延いては魔人族を滅ぼすためにこの世界に呼び出された。

今回はたまたま魔人族達が先に攻めてきただけであって、準備さえ整っていればこちらから魔人族の国に攻め入っていただろう。自分達がやろうとしていたことは、こいつらと何ら変わりはない。

それでも、


「み、皆は殺させない……」


成村は魔力を込めた右手を魔人に向けて突き出した。


「ふん。貴様なぞ、俺が直接手を下すまでもない」


再び空間に出来た歪みから魔物が現れた。

手足は全部で六本。黒い毛に覆われたその体長は約七メートル程。しかし一番目立つのは体長の半分はありそうな巨大な馬頭だ。

それを見た途端に恐怖で足が震え、彼女の戦う意志など一瞬にして消え去った。

いざ仲間を守るために構えてみても、やはり弱くて臆病な少女の本質は変わりはしない。

いつもそうだ。自分はどうしようもなく弱くて、いつも誰かに守ってもらってばかりで。あの時も、あの瞬間も、自分はただ怯えるばかりで何も出来はしなかった。

彼女には何も出来やしない。


目の前の怪物が気味の悪い声で吠えている。

その圧に押され、彼女は地面にへたり込むんでしまった。竦んだ身体はもはや石のように動かない。

怪物が巨大な腕を振り上げた。


「だれか…………」


か細い声と同時、少女の涙が零れ落ちた。


「――――――」


その瞬間身震いする程の音と鮮烈な光景を、少女は目の当たりにした。

馬頭の怪物と地べたにへたり込む自分との間に、いつ間にか一人の人間が割り込んでいた。

体格的に、おそらくは男。漆黒の剣を右手に握り、白いフードを深くまで被ったその人間の背中が今、少女の瞳に映り込んでいる。

彼女はこの光景を、いつかどこかで見たことがあった。




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捻くれ者の異世界召喚〜仲間に見捨てられ地獄を味わった俺は、スキル〈超回復〉で最強無双〜 紀祈-toshinori- @inoru

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