通学路にて繋がる

稲平 霜

想いは繋がる

俺はいつのも通学路で寒気を感じていた。


夏が終わり、秋が来る目前だろうから寒気がするのだろう、と頭の中で考えていた。


通学路は家々が多く建てられていて、塀に囲まれている。


その塀の外側が今俺が歩いている通学路、道となっている。


道にはたまに缶が転がっているが、俺は見て見ぬふりをした。


通学路を歩く俺の足音は響くことなどない。


田舎だからこそというのだろうか。


夜道は街灯などなく、暗闇が延々と続いている気がする。


「さっむ・・・」俺は突然の身震いで反射的に声が出た。


まだ、家までは5分程かかるだろう。


* * * * *


これでも厚着をしているはずなのだが、寒気は取れてくれない。


気温の変化に追いついていないだけかもしれない。


しかし、1分程経つと、寒気は無くなった。


寒気が無くなったおかげで足の動きが軽快となる。


少し歩くと俺は足を止めて、直立状態となる。


寒気はしないものの、何かしらの視線が感じられたからだ。


視線はジッ・・・とこちらを見るだけで近づいてくる気配などはない。


そこで俺はいつもの通学路では無い方へと歩き出した。


少し遠回りになるが、早歩きすれば問題などないだろうし、誰かが追いかけてきているのなら撒けるかもしれない。


そう決めて家には近づくが、少し遠回りをした。


すると、視線は消え、不快感などは無くなった。


* * * * *


歩き始めて2分程経った。


未だに視線や寒気は感じられなかった。


少し遠回りをした甲斐があったと思う。


「さて、家に帰ろうか・・・」俺は足早に家へと向かう。


視線や寒気がしない帰り道はいつも通りと言えるもので、清々しい気持ちだった。


家に帰って何をするか、ご飯は何なのか。


そんな事ばかり考えていた。


* * * * *


歩き始めて3分経つが、未だに視線などは感じられない。


俺は家に帰ったら、を脳内で連想するばかり。


それが、命取りだったのかもしれない。


家の近くに来ると、突如として視線と寒気が復活した。


ーーー背後に何かいる。


それだけは確実にわかった。


冷たい風が耳元にだけかかり、背筋を凍らせた。


自然と見開く目と空いた口が塞がらない。


塞いだら次開く時には背後にいる誰かが目の前にいるのではないかと、そう思わせる。


生憎俺に背後を見る勇気などない。


なぜなら、俺は『臆病者』だから。


息を整えようとすればする程、空気中に舞う塵が鮮烈に、鮮明に映し出される。


街灯など無いはずなのに。


* * * * *


歩みを止めて1分経った。


自分の心臓の音と耳にしかかからない冷たい風しか聞こえない状態で、精神が抉られそうになる。


徐に心臓に手を当て、服を力強く握り、歯を食いしばり、歯を軋ませる。


頭から汗が垂れ、顔の輪郭に沿って顎から地面へと汗が流れた。


その時、突如として、足音が聞こえた。


そして、その後に訪れる、人から出る熱量が背中に伝わる。


背中に密着する程近い物のようだった。


そして、背後から妙に透き通り、かつ、聞きやすく、

耳に残る声が耳元で吐息混じりに口を開く。


「好きだよ」


その声と言葉だけだった。


でも、その時俺は思い出した。


背後にいるのは俺の事を幼い頃から見ていてくれていた子だと。


そして、俺はその子が密かに好きだった。


* * * * *


目の前の通学路に自分の記憶がドーム状に張り巡らされる。


俺はその中心に浮いている。


ドーム状に張り巡らされていた記憶はガラスにヒビが入ったように分けられ、一つずつ俺の目線の前に飛んで来て、記憶を見せられては、元の場所へ戻っていく。


ーーーそうだ。


幼少期は親同士が仲良くしていて、よく君と遊んでいたのを覚えている。


時には玩具の取り合いで君を泣かせてしまった記憶がある。


俺と君は内向的な性格が似ていて、どちらもあまり喋らなかったけど、心は通じている気がしていた。


でも、小学生から俺と君はお互いに避けていた。


俺と君が廊下でばったり会った時、俺は君から目を逸らしたし、君も俺から目を逸らしていた。


それから君と目が合うことも無くなって、話さなくなって、高校からは「誰かいたっけ?」って記憶からいなくなっていた。


どうして、どちらも避けてたんだろうか。


いや、君が俺から離れていったんだ。


なぜか俺は、振り返れば君がいるって、そう思い込んでいただけなのかもしれない。


ーーーなんで、忘れていたんだろうか。


「君はずっと俺のことを見ていてくれていたはずなのに、俺は君を見ないで目を逸らしていた・・・」


突如としてドーム状に広がっていた記憶はブラックアウトし、無数の白い光の粒が上から舞い降りてくる。


その時、同時に俺も地面に降り立つ。


その光の粒が俺の頭に積もっていく。


「ここで、想いを伝えないと、俺は一生後悔することになるかもしれない」


俺は地面に跪いて、自分の膝をグッと掴んだ。


「ありがとう。君の言葉に応えるチャンスをくれて」


その瞬間、地面に積もった白い粒がゆっくりと上に飛んでいき、俺の姿を覆い隠した。


* * * * *


視界は通学路に戻っていた。


寒気も視線も今では心地良いものだ。


「俺も好きだよ」


俺の言葉は単純で、それでいて深いものだ。


お酒を発酵させるが如く、何年もこの気持ちを記憶の奥底で眠らせていたのだから。


俺が君に微笑みかけると、君は頬を赤らめて、笑顔を綻ばせた。


* * * * *


ようやく、あなたを手に入れた。


幼い頃からあなたが好きだった。


ママ同士が仲が良いだけで出会った。


初めは男の子なんて全部内のパパのように暴力的なのだと思っていた。


幼稚園はママに女の子が多い所を選んで貰っていた。


家からは離れているけど、その間パパは居ないから精神的に楽だった。


幼稚園は男の子が全く居ないわけではなかった。


幼稚園にいた男の子達は皆玩具の奪い合いや他の子を傷つける人ばかりだった。


ーーーやっぱり男は怖い


そんな言葉が心に芽生えた時、あなたに出会った。


初めから私はあなたを避けていたけど、あなたは私に近づいてきた。


初めの頃は断固として拒否していたけど、ママが心配そうに見ていたから仲良くしているかのように見せた。


だから、無意味に笑っていた。


そして、ある時、公園へと遊びに行くことになった。


ママ達は日陰のベンチで話していて、こちらを見ることは少なかった。


私がそんなママ達を見ていると、あなたは私の服を小さく引っ張った。


「なんでいつも、怯えているの?」


あなたが首を傾げていた。


「なに?」


私は身を引いた。


ただでさえ男は怖いと思っているというのに急に服を掴まれて、話しかけられたら身を引くのは、今でも頷けた。


「大丈夫・・・だよ。僕が居るよ?」


今思えば、とてつもなく臭い言葉だが、私がその言葉に救われたのも確かだった。


それからあなたと私は喧嘩する時が出来た。


これが仲が良いという事なのだと、そう思っていた。


これがあなたを好きになった理由。


* * * * *


「ありがとう・・・私を好きになってくれて・・・」


私は目から溢れ出る涙を指で掬うように拭った。


耳や目が熱いのは、きっと・・・


ーーー嬉しいから


* * * * *


「俺も、本当は君が好きなこと気づいてたんだ」


俺は君の顔から目を逸らして、自分の組んだ手や指を眺める。


「多分・・・」


「俺自身、俺が憎かったから・・・だから」


「君を好きになれて良かった!」


俺はもう一度君の目を直視して、涙を流した。


良かった・・・


ーーー本当に


* * * * *


それから1ヶ月程経った。


今日は彼女の父の命日だそうだ。


最後まで嫌いだった父親だったらしいけど、命日には毎年墓参りをしているらしい。


かく言う、俺の父もたまたま今日が命日で墓地までも一緒だった。


彼女に連れられて彼女の父の墓まで付き添った。


そこで目の当たりにしたのは、


「え?」


困惑だった。


俺の父と彼女の父の墓は同じものだった。


「ずっと、伝えようか迷ってた」


彼女が手を後ろにまわして俺の方に振り返った。


「私達、同じパパなんだよ」


彼女は微笑んでいた。


墓場での笑顔はどこか不敵に見えた。


ーーーENDーーー

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通学路にて繋がる 稲平 霜 @inadaira_simo

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