Fin
実家の呼び鈴を鳴らすと、母さんが迎え入れてくれた。父さんは仕事のため、今は家にいない。
母さんは僕を見るなり、まぁ、と声を上げた。僕が花束を抱えていることに驚いてそんな反応をしたのだろう。僕は実家に置いたままだったスーツを身に纏い、すぐに家を出た。母さんはもう少しゆっくりしていけばいいのに、と言ったけれど、それはまた今度にさせてほしい。今日は、彼女の命日だ。一刻も早く、彼女に会いに行きたかった。
電車に乗っている間、僕以外の乗客は、ちらちらと花束を抱える僕に視線を送ってきた。正当な理由で花束を抱えているのだから、何ら羞恥心を抱く必要はないのだけど、そんな僕の事情を知らない乗客たちには関係のないことだった。
僕は好奇の視線を浴びてすっかりと身体が火照っていた。そのせいか、電車を降りたあとの寒い外界が涼しく感じられた。
それから数分歩いて、彼女が眠るお墓にたどり着いた。そして、そこに用意した花束を置いた。白いアネモネの花束を前に僕は膝をつき、手を合わせた。
アネモネ。僕が育てたんだ。花束も、自分で作ったんだ。たくさん与えてくれた君への、せめてものお返しだ。
そうそう、今日ちょうど新しい友達ができたんだ。彼女の名前は、おどろいたことに紗希。漢字は違うけれど、呼び方自体は君と同じだ。
その子は、名前だけじゃなくて、一つ、君に似ているところがあった。
君と同じ、力強い目をした子だった。君と同じように、自分を信じて、自分なりの哲学を持つ、素敵な子だった。もしかすると、君と似ているあの子に惚れるかもね。嫉妬はご愛敬だよ。
……冗談はさておき。
僕は今から君の家に向かう。そこでまた会うとしよう。君に、そこで渡したいものがあるんだ。
そう心の中で呟いて、僕はお墓を後にした。
もう一度電車に乗って実家のある街に戻り、今度は彼女の家である花屋さんに向かった。そこで彼女の母親に挨拶をし、彼女のいる居間に通してもらった。
変わらず、彼女は遺影の中で笑顔を浮かべていた。そしてそこに映る彼女の目は、とても真っ直ぐだった。
僕は彼女に見られているのではないかと感じて思わず居住まいを正した。
僕は持ってきたかばんからプリントアウトした原稿用紙を取り出した。僕と彼女の物語を綴った原稿用紙だ。
今日のために、僕は大学から出された課題の合間を縫ってこの物語を完成させた。どうしても、今日までに仕上げたかった。
僕はその原稿用紙を仏壇に供えた。そして、その原稿用紙の一枚目には、この物語のタイトルが記されてある。
「世界に一つだけの花」
世界に一つだけの花 守章遼 @moriakiryo
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