結局6か月分買ってしまう

赤上アオコ

結局6か月分買ってしまう

 駅までの道は暇だ。サラリーマンがスマホを見ながら通り過ぎる。小学生が傘を

 振り回してチャンバラをしている。それを緑のおじさんが諫めている。女子高校生は単語帳を睨みつけ速足で去っていく。バカでかいヘッドフォンを付けた大学生っぽい人が、細長い自転車でサッと十字路を曲がっていった。

 皆暇だから、何かしらしないと気が持たないのだ。

 私だってそうだ。こうやって何かしら考えていないと気が狂いそう。

 駅まで徒歩10分。この地域でこの家賃はそうそうないですよ。不動産屋は笑顔でそう言っていたけれど、たかが10分されど10分。それなりに手持ち無沙汰になる。

 オートロック付きのそこそこ住みやすい1Kなんだけどなぁ。どうしようかな。

 ファッション雑誌の表紙に出てきそうな女の人が、全力疾走して行った。すごいなぁパンプスなのに。りんご飴みたいな髪色の男の人が、眠そうな大あくびをしてすれ違った。

 朝はこの一帯に住む人が一斉に移動して行く。それでも、知っている顔ぶれは大体同じだ。毎日7時54分に移動する群れが、一斉に駅に向かって集うのだ。たまに逆走して来る人もいるけれど。

 稲葉と書かれた表札を通り過ぎると、生垣からひょっこり鼻先が現れた。舌をだらんと下げ、真っ黒い瞳が葉っぱ越しに私を写す。小気味良く尻尾を振りながら。

「あ、アイちゃーん!」小学生女子の集団がそれに向かって突進していった。それはグンと立ち上がり、生垣の竹に手をかけて小学生たちを見下ろした。尻尾はブオンブオンと高速ビートを刻んでいる。実家にあったメトロノームみたい。

 アイちゃんは私を完全に忘れ去ったようで、小学生たちの黄色い完成を浴びながらスターさながらリズムに乗っていた。まあいいんだ。私には電車に乗るという使命があるのだから。

 最寄り駅から会社まで、約45分。乗り換えは一回。まあいい条件なんじゃないか。いやでも、部署の飲み会が二次会までもつれ込んだ後、街頭の明かりの下、敵か味方か分からない2人くらいと同じ方向に向かって歩く時間は、やっぱり短い方がいい。

 角を曲がると駅はもうすぐそこだ。ガードレール下のコンビニから、ブレザー姿の男の子が出てきた。大きい黒光するエナメルバックと、細長い筒を担いでいる。手には黄色いスポーツドリンクを持っていた。

 あれ、あの子見覚えがあるな。ああそうだ。家近くのコンビニで良く見かけていた子だ。平日シフトが入っていない日、夕方コンビニに行くと、あの子が友達とポケモンカードを交換していたり、リトルリーグの仲間たちと駄菓子を食べているのをよく見かけていた。他の子たちより背が高くて、目立っていたので余計記憶に残っている。そっか、中学生になったのか。だから最近見かけなかったのね。

 その子は炭酸系スポーツドリンクをグイと飲むと、そのまま駅に向かって歩いて行った。ズボンから伸びた軽そうなチェーンがブラブラ揺れていて、男の子はチェーンを手繰り寄せながら、ポケットの中のパスケースを取り出していた。

 あの子と良く遭遇していたのが2年前だ。そりゃ成長するわけだ、と一人納得して私もスマホを取り出した。ケースにはめられた銀色に光るそれは、有効期限があと三か月残っていることを示している。

 三か月か。まあその頃には内見の目星くらいまとまっているだろう。

 そう思い、改札を抜けた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

結局6か月分買ってしまう 赤上アオコ @AkagamiAoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ