最終話 この瞬間がずっと続きますように
月日は巡り巡り、文化祭の日が訪れた。
午前午後のプログラムを終え、ついに、後夜祭がはじまるとしていた。
どういうわけだろうか。雨宮光一は、体育館に来ていた。しかも来客席の最前列だ。
「なぜあんたがここに」
「いやぁ、茜サンがどうしても行きたいというからね。美麗サンの姿が見たいとかでは決してないからね」
「はぁ、美麗お姉様がどんな醜態を晒すのかが楽しみで仕方がありませ……というのは嘘ですわ。私はお姉様の美しい姿を見たいだけですわ」
笹倉茜は、美麗に嫌がらせしていた人物。どうも、美麗に対する嫉妬が原因だったとのことだ。特に雨宮光一関連のことで。
さて、茜の隣には、なぜか。
「り・く・や・く〜ん。は姉さんも来てるよ!」
「恥ずかしいからやめてくれ、ブラコン変態配信者。大人しくしてくれ。見苦しい」
「ひどいな。陸夜、今夜は寝かせ……」
それから先は、口を押さえていわせないようにした。
「光一、面倒な姉だが頼む」
「キミのような平民に指図されるのは気に食わないが。君とは違ってキレイなお姉サンだから許しておこう」
「光一さん、それをわたくしが許すとでも?」
「いいじゃないか。少し面倒を見るだけだ。安心してくれたまえ、僕には茜サンしか目に映らない」
どうしようもなくキザなやつだな。
「あれ、それに椀さんまでいるなんて」
「これはこれは、陸夜君。いつも美麗がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ」
「はてさて、これから何が行われるんだい?」
「軽音楽部と有志のバンドによる発表です。実は、それにはちょっとしたジンクスがあるんです」
「ジンクスというと?」
「文化祭の最終日、後夜祭のライブのとき、カップル同士で、最後の曲に必ず来る恋愛ソングを口ずさむんです。そうすると、そのふたりは結ばれるとか」
「どの時代どの学校にもそういう者はあるんですね。私の高校にもありましたよ。ほろ苦い出来事が思い出されますね。ここから先は、もう少し君との距離が縮まったら話してあげよう。そうそう、美麗お嬢様は教えてもらってはいけませんよ」
◆◆◆◆◆◆
────その頃、棚葉は。
「あのさ、織野さん。本当は、明日翔と一緒に座りたかった?」
「もちろん」
「私も。明日翔から選ばれなかったのはから仕方ないんだけど、どうも割り切れないの。陸夜君は、先に進め、って偉そうに言うんだよ。何もわかってないのに。でも、新しい恋、探さなきゃって思ったんだよね」
「新たな恋ってきっと簡単じゃないよ」
「でも、ずっと立ち止まってても明日翔が振り向いてくれるわけじゃない。明日翔にフラれてよかった、って思えるくらいの人と出会えばいいだけだからさ」
「そうだね」
◆◆◆◆◆◆
席に戻ると、小丸・美麗・明日翔がすでに座っていた。
「陸夜、遅いぞ」
「何してたの、ほんと。ジンクスなんてどうでもいいわけ?」
「ほぅ、そんなにジンクスが興味深いのか?」
「う、うるさいわね! あんたのことなんて好きでもなんでもないんだから」
そんな奴と婚約なんてするか、などとつっこむわけにもいかない、はいはい、と適当にあしらう。
「うわぁ、陸夜から溢れるリア充オーラに耐えられずに、この俺もつい殺意が沸いたわ」
「あんたには大事な小丸さんがいるだろう」
「そうだけどよぉ。なあ小丸、今日のライブは楽しみ佳奈?」
「うん!」
小柄な小丸に対する庇護欲だろうか、子供をあやすような口調だ。ちょっとキモい。まあ、キモいくらいでちょうどいいか、明日翔は。
今回の最後の曲は、「沈黙のリズム」という曲だった。
ロックっぽい、なんだかラブソングな感じがしない曲だ。燃え盛るような恋を思わせる曲、といった方がいいだろうか。
「さあ、後夜祭、楽しむぞ〜!」
「「「「おー!!」」」」
文化祭の計画始動のときですら狂気的な盛り上がりを見せたのが奏流生。一日中、超ハイテンション。今に関しては、ぶっ飛びすぎてる。
ジンクスの曲の前で、疲労困憊といったところだ。
「はあ、はあ…… 陸夜、次、歌お」
「ああ。ジンクスだもんな」
「やべっ、ジンクス忘れかけてた。危うく年に一度の一大イベントを逃すところだったわ」
「忘れそうだったら、私、明日翔に教えてあげたから」
「いい子だ、小丸」
◆◆◆◆◆◆
「こ、光一さん!!」
「どうしたんだい、茜サン」
「わたくし、次の曲で……光一さんと一緒に歌いたいんです」
「ジンクスかい? 歌ったふたりは結ばれるという」
「はい!」
「キミのような、茜色の空を連想させるような────そう、そんな美しさを持ち合わせる君に誘われるなんて、この上ない光栄さ」
「わたくし、このままだと尊死しそうです……」
椅子から倒れそうな茜を、光一は膝の上に乗せる。
「キミのこと、ボクは傷つけたりしないからさ」
顔が真っ赤になり、白目を剥いて完全に意識がぶっ飛んだ茜であった。
「しゅき……」
◆◆◆◆◆◆
このライブが終わっても、僕らの学校生活が終わるわけじゃない、いいや。これからが真の始まりともいえるだろう。
幼馴染の美麗と出会えて、本当によかった。何度もそう思えた。知らなかった気持ちを知れた。心の底から守りたいと願わせてくれる人だ。忘れられない歌になるだろう。十年後、二十年後。永遠に語り合うような夜になる。
「最後の曲は、『沈黙のリズム』です」
会場が一気に沸く。
恋人とジンクスを楽しむ人も、文化祭の最後を盛大に締めたいという人も。それぞれの文化祭がある。それぞれの人生がある。
二年間会わなくても、話さなくても、美麗とは見えないどこかで繋がっていた。明日翔と小丸だって、運命的な出会いから偶然再会を果たした。強い思いで、僕らは繋がることができた。
はじめての告白。ハグ。ファーストキス。美麗との思い出がフラッシュバックする。
目が潤んでくる。なんで泣いてるんだろう。嬉しさ、悲しさ、申し訳なさ?
「陸夜、泣かないでってば」
「いや、泣いてねえし」
「私、陸夜に笑ってほしいからさ。無闇やたらと泣かないでよ」
「わかったよ」
ハンカチで涙を拭う。嬉し泣きでも、みっともないところ、見せてしまった。
「もう始まるよ、陸夜」
「その前に、一回ハグしてもいいか」
「どうして」
「好きだから」
「理由になってないんだけど」
「いいじゃん、ハグしたいときにハグしたって」
「それならいいけどさ」
ふんわりと伝わる美麗の匂いは、綺麗だった。
「サビになったらキスしていい」
「調子乗りすぎ」
「屋上のときは許してくれたじゃん」
「私の唇はそんなにガバガバなわけ?」
「美麗、そんなこといってたらもうはじまってる」
ボーカルがイントロを歌い出していた。華麗なドラムさばきからメロディが刻まれていく。
僕らはハグをやめ、音楽に聞き入った。
「これが、奏流高校のジンクス……」
「そうだな」
演奏は、長いようで短かいらしい。
口ずさんだ。
手を叩き合った。
笑い合った。
ついに、最後のサビに入る。僕たちは、喉が枯れるくらい歌っていた。手が真っ赤になるまで手拍子を刻み続けた。
今日はいつか昨日となり、去年となり、数年前となる。
それでも、今は今だ。
この瞬間、このシチュエーション、この空気感。それが過ぎ去ってしまうから美しいんだ。
最後のドラムの音が、一時的に静まった会場に響く。それから、歓声が沸くまでのたった数秒。時間が、ずっと止まっているみたいだった。すべてが、この前と後で決定的に変わってしまいそうな感覚。
「「ブラボーー!!」」
美麗と僕は、同時にいった。
あまりにもぴったりだから、僕らは拍手をしながら笑っていた。
「美麗」
「どうしたの、陸夜」
「これからも好きでいてくれるか?」
「バカ。ずっと好きで好きで仕方ない幼馴染に決まってるでしょ」
「素直だな」
「私は陸夜が好きってのは事実だから。これからも、よろしくね」
「ああ、よろしく」
美しくてたまらない、君の笑顔が、僕の瞳にはっきりと焼きついた。
────完────
ツンデレ美少女令嬢になった幼馴染と付き合うことにしました〜彼女が財閥の許嫁だと知らずに〜 まちかぜ レオン @machireo26
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