第41話 エピローグ 後編

 次の日。クラスにはまだあまり人が来ていない頃。


「お、陸夜!! 今日なんだか顔が沈んでねえか? 美麗にフラれたのか?」


「んなわけあるか」


 俺と美麗が付き合っていることは、隠し通せなかった。校舎で再開して帰った日、手を繋いで楽しそうに帰っているのを明日翔に目撃されてしまったのだ。それからいじられるのだが、そういうあいつも。


「明日翔、こっち、来て」


「小丸、ちょっと今から行くからな〜」


 浮かれた感じで話しているあたりイラッとくる。


 僕と明日翔が、互いに恋人がいることをいじるのだ。美麗には正直呆れられている。


「おはよう、陸夜、君」


「おう、おはよう」


「いや、今日も小丸は可愛いよ〜」


「なあ、なんでふたりが付き合うことになったんだ? 明日翔には棚葉っていういい相手がいたっていうのに」


「棚葉も嫌いじゃなかったけどよ、ずっと小丸のことが気になってたんだ」


「ずっとってどういうことだよ」


「そのまんまだ。一度駅で偶然出会ったことがあってな。本を読んでいた小丸に、なぜか一目惚れしてしまったっていうね。なぜ惹かれたのかなんてわかりやしないよ。運命的な出会いってこういうのなのかな、という感想だけが残ってる」


「私も、すっごく明日翔に惹かれて…… 絶対に会えない人だとわかっていても、忘れられない出会いだったから。赤い糸、小説だけの話だと思ってた」


「それで、いつ気づいたんだ?」


「夏祭りの日だ。美麗と陸夜がいないから、仕方なくふたりで花火を見ていたとき。花火の炎に照らされた小丸の横顔が、あのとき出会った女の子と重なったんだ。それで、花火の途中にきいたんだ」


「なるほどね」


「正直信じられないことだったよ。こんな近くに、運命の人がいたなんて、って。出会うべくして出会ったんだって」


「素敵なカップルだな」


 そういうと、小丸はほっぺたを赤くさせた。


「そんな言葉で、小丸のことを困らせないでください……恥ずかしいですぅ……」


 小さくて、丸っこい小丸と明日翔のペアが、俺にはやけにしっくりきた。


 昼休み、僕はなぜか、棚葉に呼び出されることとなった。それも屋上に。


「陸夜」


「何だよ棚葉」


「愚痴を聞いてもらいにきたの。私って何がダメだったのかって話。どんな可愛い子も断ってきた明日翔が、まさか付き合うだなんて。今でも信じられない」


 ハッピーエンドの裏には、必ずバッドエンドがある。仕方のないことだけど。


「次に繋げられるか、が問題なんじゃないか。叶わなかったものは仕方ない。次へ次、だ」


「新たな出会いを求めろって?」


「それが、僕が棚葉にいえる全てだと思ってる」


「やっぱりそうなのね。少しは気持ちの整理がついた」


「そうか、ならよかった」


 明日翔は、棚葉にどんな顔をして過ごすのだろう。そこに、僕が介入する余地はない。それでも、少しは気になるものだった。


 ◆◆◆◆◆◆


 笹倉グループの平日定例会ではこれまで、美麗のことをスルーしてきた。


 ただ、今日という今日は。


「本日は、いざこざも沈静化してきた頃だ。雨宮グループの光一と私の娘の政略結婚について語ろう」


 現像がいうと、会議室はざわめきはじめた。


 義娘の美麗が学校を勝手に変え、許嫁という身分でありながら転入先の学校で幼馴染と付き合っていたこと。


 その上、雨宮光一との婚約を破棄したこと。暴挙を重ねすぎていて、もはや誰も、何もいえなかった。


 ざわつきだけがうるさい会議室の中で、ある男が口を開いた。


「御三家」の大石晃司だ。強い発言権を持つ人物のひとりである。


「グループ内でもかなり混乱を招いた事態です。源蔵様のみならず、結城奥様も大変恥をか

 いたことでしょう」


 他の会議参加者も賛同する。


「そうかもしれないな」


「もともと、彼女は財閥の血を引いていたのではないのでしょう。財閥の人間としての自覚がない人間、残しておく価値はありますか」


「美麗のやったことは、ふつうなら、勘当間違いなしの行為だよ。だが、私はそのような手荒な真似はしたくない。そして、美麗の相手にはただならぬ覚悟があった。それを目の当たりにして、断るわけにはいかなかったのだよ」


 周囲は納得しきっていないようだった。


「それと、美麗と光一との政略結婚が世間にとりだたされていない。奇跡的にね。結城と結婚したことを世間は知っているだろうが、美麗の認知度はゼロに等しいだろう。どうにか揉み消せる話じゃないか」


「それは失礼しました、源蔵様。そのようなお考えがあったのにも関わらず、無礼な真似を」


「いや、いいんだ。この件はイレギュラーだった。心配をかけて申し訳なかったな。美麗には当面、表だっての行動は避けてもらう。そしていずれ、彼には笹倉グループの人間となってもらう」


 収まりつつあるざわめきが急に加速しはじめた。


「源蔵様! その言葉はどういったおつもりで」


「そのままだよ、大石君。今回は短いが以上だ。美麗のことを受け入れられないならそれでいい。ただ、世間には必ずバレないように。それだけだ。私は、純粋に娘の恋愛を応援したいだけだ。たとえこの権威があろうとなかろうと」


 美麗の行動は、財閥に大きな傷を残した。


 彼女には実感がなかったかもしれないが、幹部には大きな衝撃を与えるような一件で間違いなかった。


 源蔵は、ただ、ふたりが幸せであることを願った。あわよくば、腐敗した人間関係にメスを入れてくれるような。そんな人物が沢田陸夜であることを期待しながら。


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