【Epilogue】使い魔獣の旅の終焉~The cat was Reborn~

Epilogue(033)



【Epilogue】使い魔獣の旅の終焉~The cat was Reborn~




 父親に「エインズを起こしてくれ」と言われた瞬間。


 パトラッシュ……いや、チャッキーの体が淡く光った気がした。


 それが消える瞬間の最後の輝きなのか、それとも何かがこれから起こるサインなのか、ロビン達にも分からなかった。


 幸いパトラッシュ……と呼び過ぎてついそう呼んでしまうが、彼は消えなかった。よちよちすらままならなかったパト……ではなくチャッキーがその姿に似合わずしっかりと座り、エインズの顔を舐める。


 すると、赤ん坊のエインズが何事も無かったかのように寝息を立て始めたのだ。


「た、助かった……? 息を吹き返した?」


「奇跡、奇跡だ!」


「ああ、精霊の力だ、本当にこの子猫はエインズの精霊だったんだ!」


「エメンダ村に、とうとう精霊持ちが誕生したぞ!」


 もう駄目だと思っていた赤ん坊が、無意識に精霊を抱きしめて眠っている。早い呼吸の度に確かに大きく胸が上下し、チャッキーも同じように眠っている。


 上手くいったのだ。


「ああ、旅の方! 有難うございます、有難うございます! 我々だけだったならどうなっていた事か……きっと子猫が精霊だとは気づかずに……」


「当然の事をしたまでさ。良かったよ、じゃあ俺達はこれで」


 そう言うと、ロビンとロバートはお礼をと言う父親の言葉に振り返らず出ていく。


 照れくさいのだろう。


 そして足早に馬車まで戻ると、大きくため息をついた。


「ハァ、どうなるかと思った……俺の心臓が止まるかと思ったぞ」


「俺も、恩魔獣のパトラッシュ……いや、チャッキーさんに借りを返せねえかと思った。ギリギリだった、俺もあそこまで小さくなったことはねえ」


「奇跡とは言うが、運命だったのかもな。このタイミングで生まれた赤ん坊、その赤ん坊を救った魔獣。いいコンビだと思わないか」


「そうだな。せいぜい俺達も負けねえようにしねえとな」


 馬はもう既に眠っていた。ロビンはそのまま馬車の荷台に上がり、座ったまま毛布を何枚も重ねて目を閉じる。ロビンの胸元にはロバートが入り込む。


「使い魔って、いいもんだろ」


「自分で言うか。まあ、そうだな。使い魔が、と言うよりも俺にとってはお前が一番さ」


 ロビンとロバートが眠る傍の大木の下には、木々の主が立っていた。木々の主は微笑み、そして有難うと呟くとゆっくり消えていった。





 * * * * * * * * *





 それから月日が流れ、エインズもチャッキーもすくすくと育っていた。


 1人と1匹は片時も離れず、何をするにも一緒だった。エインズが村の学校に通い出してからも登下校は一緒。お風呂も一緒、寝る時も一緒。


 しかし魔獣の力を幼少期から受けていたなら、その分影響は濃く現れてしまう。チャッキーを従えた事で一命を取り留めたエインズ少年は、その代償も大きかった。


 もちろん、代償だと気付いている者は本人と本猫を含め誰もいない。


「エインズ! 走っては駄目と言ったでしょう」


「走ってないもん、スキップしただけだし!」


「駄目よ、ちゃんと力を抑える訓練をしないと。飛び跳ねちゃ駄目」


 素直で活発ないい子に育ったエインズ少年は、10歳になっていた。


 彼はちょっと……いや、とびきり育ちすぎた。体つきこそ普通の子だが、身体能力が高過ぎた。


 それはチャッキーが魔獣であり、その力を存分に受けて育ったせいなのだが、かつて旅人に「精霊だ」と信じ込まされた村の者達は、そんな事は知る由もない。


「ほら、手に力が入ってるわよ。いつも手はふわーっとさせておきなさいって言ってるでしょう」


 仁王立ちの母親が、リビングの天井を見上げている。そこには何かが突き破ったような補修の後がある。先日エインズがちょっと飛び跳ねたせいだ。


 彼の垂直跳びの記録は6m。屋内で飛び跳ねる事を禁止した矢先の出来事だった。


「俺、本当にみんなみたいに……力を抑えられるようになるのかな」


「ならなくちゃダメなの。お母さんだって、本当は斧なんかなくても木を殴り倒せるけど、わざとそうしないのよ。物を壊さない、優しく触る、その為には本当の力をだしちゃいけないの」


「分かった!」


 まさか、母親は木を殴り倒せたりはしない。しかし、エインズ少年は「周りの大人も本当はすごく強い」と教えられてきた。自分だけ特別だと知ったなら歯止めが効かないからだ。


 だからこそ、彼は傲慢にもならず、素直で良い子に育った。


「分かった! じゃないの、分かった……でしょう! 気合なんて入れちゃいけません」


「うん」


 ドアノブを捻ろうとすれば握り潰し、普通の木製の鉛筆など粉砕してしまう。生活が困難なレベルで怪力を発揮するエインズには、皮肉なことにチャッキーの存在が欠かせない。


「エインズ様。わたくしがついております。この精霊チャッキー、エインズ様の代わりにドアノブを回すくらいなのです」


「有難う。俺、チャッキーがいなかったら何も出来ないよ……なんとかして弱い力を手に入れなくちゃ」


 チャッキーにはパトラッシュだった時の記憶がない。幼獣の姿にまで戻った事で全てを忘れ、自分が魔獣である事すら覚えていない。


 皆から精霊と呼ばれ、精霊として扱われているせいで、自身の事を精霊だと信じて疑わない。そんなチャッキーがエインズと一緒にいればいるほど、エインズはどんどん強くなってしまう。当然、チャッキーにその自覚はない。


 そんなチャッキーを従えるエインズ少年には、1つの大きな夢と目標があった。


「チャッキー、俺聞いたんだ。魔王は人の力を弱める夢のような腕輪を持っているって。それさえあれば俺だって普通になれるかもしれない」


「魔王!? わたくしお会いした事はありませんが、あの恐ろしい魔獣や魔族のいちばん偉い方だと」


「うん。魔王から腕輪を手に入れるんだ。勝てっこないから、せめてコッソリ盗めないかな」


「いけませんエインズ様。わたくし、窃盗などという行為を許す訳にはいきません。危ないですし、どなたかに魔王討伐をお願いしましょう」


 どうやらチャッキーに過去の記憶はないようだが、性格や口調は昔のままだ。どこかズレた物言いは相変わらず、高いのは身体能力だけでお勉強は苦手なエインズと息が合う。


 そもそも、人の力を弱めるというのは、俗に言う呪いの事ではないだろうか……考え方で価値が変わるというが、まさか渇望されるとは呪いの腕輪もびっくりだ。


「いや、俺はソルジャーになる。だって代わりに頼むにしても依頼するお金ないもん。いつか魔王を討伐して、腕輪を手に入れて……絶対に弱くなってみせるんだ」


「エインズ様……ああ、そのような決意をなさる程立派になられたのですね。わたくし、感激のあまり尻尾が立ってしまいます……」



 一体、今後この1人と1匹にはどのような未来が待っているのか。なんだか波乱の予感しかしないが……。



 ただ1つ、確信を持って言える事がある。



 かつて元使い魔として各地を旅し、主探しをしていた魔獣。


 その魔獣の旅を物語にしたなら、彼は間違いなく旅の終わりに最高の主を手に入れた。


 ハッピーエンド? いや、まだ終わりではない。


 きっと、元使い魔獣は、自他共に認める精霊として、これからも毎日幸せに暮らしていくに違いない。 







【PATRASCHE】使い魔獣パトラッシュ、主を探して end.







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 最後まで読んで頂き、また応援していただき、有難うございました!


 この作品を読んでいただいた事で、

 何か心の中に持って帰って貰えるものがあることを願って。

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【PATRASCHE】使い魔獣猫パトラッシュ、主を探して 桜良 壽ノ丞 @VALON

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