第6話 儀式の日
純白のワンピースを着たステファニーは鏡の前でくるりと回った。黄色がかった銀髪が舞い上がり、スカートがふわっと広がる。
侍女のエマとミアは頬を緩ませステファニーを見ていた。
「ステフお嬢様、とてもお似合いですよ」
「ふふ、エマ、ありがとう」
女に生まれ変わって六年が経ち、ステファニーは女性服を着ることに慣れてきた。
前世が男だったため、最初は嫌で嫌で仕方がなかった。だが、最近は多種多様な女性服を着ることが楽しみになってきている。
洋服はソフィアや使用人たちが選んでいる。ソフィア主催のステファニー洋服会議を月初に開き、今月はどんなコンセプトの服にするか話し合って決めていた。
洋服は流行りの店で買ったり、ソフィアや使用人たちが作ることもあった。
ステファニーは着せ替え人形みたく色んな服を着せられ心を無にして耐えていた時期もあったが、とあるとき鏡に映った自身の姿を見て可愛いと思ってしまった。女性服に抵抗感がなくなったのは、その時期からだろう。
ステファニーは男だった頃の自分とだいぶ変わってしまったなと思い、少し恥ずかしくなり顔が紅潮した。
その赤面した様子を見た侍女のエマとミアは、今日のためにソフィア様と綿密な打ち合わせをした甲斐があったと心の中で喜んでいた。
「ステフお嬢様、ご立派なお姿をライリー様とソフィア様に見せに行きましょう」
ミアが目を潤ませ言ってきた。ステファニーはミアの泣きそうな顔を見て少し引いていた。
「ちょっと大げさすぎる気が……」
「そんな事はありません! 今日はステフお嬢様の六歳の誕生日です! ステフお嬢様の人生の中で一番重要な日なんですよ!」
ミアが力説している隣でエマは首を縦に降ってミアの主張に同意していた。
この世界で六歳の誕生日は、今後の人生を決める重要な日である。
その事はステファニーも理解している。だが、純白の衣装を着ただけで涙ぐまれては、儀式の後どうなるんだと不安に感じていた。
きっとお父様とお母様は純白の衣装姿を見たら泣くんだろうと予想していたが、その予想は見事に的中した。
部屋を出て、ステファニーは両親と使用人たちが待っている広間に向かった。
広間には両親と三十数名ほどの使用人たちがおり、ステファニーのことを今か今かと待ちわびて落ち着きのない様子でうろうろ歩いている。
ステファニーは見つからないように通路から覗き込み、両親たちの興奮しきった異様な雰囲気に気後れした。
思わず気配を消して逃げ出そうとした瞬間、エマとミアが肩を掴んだ。
「ステフお嬢様……、何をなさっているのですか?」
「まさかここら逃げようとはしてませんよね?」
「……え、あの……あぅ」
エマとミアは笑顔で話しているが目が笑っていなかった。
ステファニーは二人に圧倒され何も言えずにいた。
「さぁ、旦那様と奥様にステフお嬢様の晴れ姿をお見せしましょう」
エマとミアは有無を言わさず広間にステファニーを連れ出した。
広間に入ると全員の視線がステファニーに向けられる。それと同時に全員の顔がほころび、感嘆の声が上がった。
「まぁ、なんて可愛らしいのかしら」
「ステフお嬢様! ご立派なられて……」
「あぁ、とてもお綺麗ですよ」
「やっぱり似合ってた! 作った甲斐があったわ、お嬢様お似合いです」
皆から褒められて、ステファニーは恥ずかしくて何も言えずにいる。
頬を赤く染め、手でスカートをつかみ少しうつむいて視線を逸らした。
「キャー、可愛すぎる!」
「恥ずかしがるお嬢様なんて滅多に見ることが出来ないわ! 脳裏に焼き付けないと」
「あぁ、興奮しすぎて鼻血が出そう……」
「あんた、既に鼻血出てるわよ!」
「ヤバい! 何かに目覚めそう……ステフお嬢様可愛すぎ!」
あまりの恥ずかしさに顔から湯気が出るほど赤くなり、涙目になりながら身体は小刻みに震えていた。ステファニーはうつむき、下から全員を睨み付けた。
その時、両親がまだ何も発言していないことに気が付いた。
両親をよく見ると、ソフィアは両手を口に当て泣いており、ライリーは棒立ちしてひたすら涙を流していた。
「お、お母様……。お、お、お父様……どうし……」
話しかけた瞬間、二人の目が大きく見開き、目にも止まらぬ早さでステファニーに近づいてきた。
話しかけるんじゃなかったと思った時はもう遅く、ステファニーは二人に強く抱き締められカエルが潰れたような声を出した。二人は娘の悲痛なうめき声が聞こえておらず、抱き締め続けていた。
「あぁ、ステフは何て可愛いんだ! ルシクス王国一、いや、大陸一可愛いぞ!」
「あなた何言ってるの! ステフは世界一可愛いのよ!」
「そうだな! 世界一の可愛さだ! あぁ~もう、愛してるぞステフ」
「私もステフをとっても愛してるわ」
二人の声はステファニーに届いていなかった。世界屈指の実力を誇る二人が感極まって力一杯抱き締めているため、呼吸すら出来ない状況に陥っていた。
顔色が青くなっていき、さすがに危ないと思ったリアムや使用人たちがライリーとソフィアからステファニーを救出した。
「はぁはぁ、すぅ~はぁ……すぅ~はぁ、すぅ~はぁ、すぅ……はぁ……」
「ス、ステフ……大丈夫か……」
「ごめんなさい、ステフが可愛いすぎて思わず強く抱き締めちゃって……」
呼吸を整えているステファニーに両親が手を差しのべようとしていた。それに気付いたステファニーは充血した目で睨み付けた。
「来ないで、近寄らないで! 今日は一メートル以内に近寄っちゃダメ!」
二人はショックのあまり膝から崩れ落ち、顔面蒼白になっていた。手を震わせステファニーに伸ばしたが、さらに拒絶された。
「やっ! ダメって言ったでしょ!」
「うぅぅ……、ステフ……許してくれ」
「私たちが悪かったわ……」
「ふんっ! 話しかけないで!」
ステファニーは腕を組み膨れっ面でそっぽを向く。二人はまるで世界が終わったかのような絶望した表情で泣き続けた。
見るに見かねてリアムが二人に助け船を出した。
「お嬢様、さすがに言い過ぎではありませんか? 確かに旦那様と奥様の行き過ぎな行為がありましたが、お嬢様に対する一種の愛情表現です」
「うぅ……ん……」
「それに今日はお嬢様の人生で大切な日です。こんな日に親子喧嘩して台無しにしてしまっては将来後悔しますよ」
「ん……」
ステファニーは下にうつむき、怒り顔から悩むような表情に変わった。
「お嬢様は旦那様と奥様を愛していらっしゃいますよね。愛しているのであれば、許してあげてはいかがでしょうか」
ステファニーはしばらく悩んで顔を二人に向けた。
「……うん、わかったわ。お父様、お母様……まだちょっと怒ってるけど許してあげる。あと、さっきは言いすぎてごめんなさい」
二人の絶望色に染まった顔色がパッと明るくなった。
「ステフ! 私たちの方こそごめんなさい。もう二度とあんなことしないわ」
「すまなかった。そして許してくれてありがとう、ステフ」
ライリーは謝罪した後、リアムに近付き耳元で囁いた。
「間を取り持ってくれて本当に助かった。ありがとな」
「いえ、執事として当然の事をしたまでです。お礼を言われるようなことは何も……」
「堅苦しいことは言うなよ、こっちは本気で助かったんだから」
ライリーはリアムに手を回して肩を組んだ。それは主従関係でなく、四十年以上連れ添った友に対する行為だった。
ソフィアとステファニーは二人の様子を横目で見ていた。
「男同士の友情ね、ちょっと羨ましいわ」
「……うん」
ステファニーは前世で共に戦った兄弟や友の事を思い出し、少し悲しい気持ちになった。
「こっちで……前と同じような……友ができるのかな……」
ステファニーのささやき声にソフィアが反応し、首をかしげ優しい表情を浮かべた。
「大丈夫よ、ステフなら何処にいっても友達が出来るわ。だって、あなたはとても優しい子だもの」
先程とは打って変わって優しい抱擁にステファニーは包まれ、ソフィアに身を任せた。
ソフィアは勘違いして違う意味で受け取っているが、ステファニーにとってその事はどうでもよかった。ソフィアの優しさが彼女にとって一番大切な事だった。もちろん、ソフィアだけでなくライリーやリアムたちの優しさもステファニーにとって大切な事だ。
もしもこの家の子として生まれ変わっていなかったら、ヴァルハラにいけなかった後悔と失望で自暴自棄になり野垂れ死にしていただろう。
両親たちの愛と優しさがステファニーの心を癒し、生きる活力を与えていた。
皆から優しさを噛み締めながら、ステファニーはソフィアのことを強く抱き締め返した。
「ありがとう、お母様」
ソフィアは優しく頭を撫で、ステファニーを抱いたまま立ち上がった。
「さぁ、そろそろ精霊の選定儀式に向かいましょう」
「お、お母様、下ろして。恥ずかしい……自分で歩けるから」
「あら、残念……よいしょっと……。では皆さん、行きましょう!」
ソフィアはステファニーを下ろし、全員に選定儀式を行う場所に移動するよう指示した。
ステファニーは儀式の意義を改めて考え、とある強い信念を心に抱き儀式に向かっていった。
ヴァルハラに行けなかったエインヘリャル @suishou
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