LifeDisc(短編)
うちやまだあつろう
LifeDisc
時は2XXX年。科学の発展は人類を新たな世界へと進出させた。
無限に広がる闇の海と、無数に煌めく光の宝石。過去の偉人たちが夢にまで見た地球外へ、人類はその生息域を拡大したのである。
時代と共に技術はさらに進歩し、太陽系外に幾つか拠点が作られ始めた頃。人類は遂に未知の知的生命体との接触を果たしたのであった……。
俺は周囲に敵影が無い事を確認すると、倉庫らしき小さな部屋へと転がり込んだ。そして、その部屋の安全を確保すると、部屋の外で待っている男へ手招きする。
「案外と行けるもんだな……。」
その男は後ろ手でボタンを押してドアを閉めると呟く。俺が腕時計型のデバイスを起動すると、二人の間に半透明な地図が表示された。小さな部屋の内部では、赤い点が二つ点滅している。
「油断は禁物だぞ、ルーク。」
「分かってるよ。この地図だって正しいとは限らないからな。慎重に行こう。」
現在、俺達がいるのは太陽系外のとある惑星。この星には人類が初めて接触した知的生命体である、イーラ人の総司令部があるとされている。
地球国際宇宙軍に所属する俺たちの任務は、ここに居るはずの敵総司令官の暗殺、および施設の破壊である。
「それにしても感慨深いものがあるな……。まさか同郷のお前とこんなに重要な任務を任されることになるとは。」
「あぁ。死ぬ場所も同じになるかもな。」
「やめろよ。縁起でもない。」
当然、失敗すれば命は無い。奥歯の裏には自殺用の毒薬も備えている。
俺とルークはこの部屋で互いの装備を確認すると、最新型の光線小銃を手に取った。二人で顔を見合わせると、呼吸を整えてドアを開いた。
ヘルメットに付いた汚れを拭いとると、俺たちは大きなドアの前で銃を構えた。この施設の最奥部に位置する、この部屋こそ敵総司令官の待つ目的の部屋である。
俺たちの背後には八本足の宇宙人の死体が、青紫の気色悪い海に沈んでいる。地図の間違いのせいで、幾つか死線を潜り抜ける羽目になった。
「空気漏れは無いな?」
「大丈夫だ。残弾も十分。余裕だよ。」
俺は何とか笑顔を作ろうとするが、どうしても引きつった笑みになってしまう。
この船に居るのは全て敵。味方の助けが来ることは絶対に有り得ないのである。
カタカタと音を立てる俺の右腕を、ルークの手が抑えた。
「落ち着け。ここまで来たんだ。もう恐れることは無い。」
「あ、あぁ……。頭では分かってるんだけどな。」
「大丈夫だ。俺がついてるだろ。」
横を見ると、ヘルメットの向こうでルークの瞼が小さく痙攣しているのが見えた。俺はそれを見た瞬間、何故か急に呼吸が楽になった。
一人じゃない。俺にはこいつが、こいつには俺がいる。
「俺はもう大丈夫だ。悪かったな。」
「大丈夫だ。俺がついてるだろ。」
俺はドアの開閉ボタンに手をかけた。
「あぁ。分かってる。腕を離してくれ。」
「大丈夫だ俺がついてるだろ。」
「……大丈夫か?」
俺の腕を掴んでいるルークの手が細かく震えている。
「俺がついてるだろ。」
「……ルーク、どうしたんだ。」
「俺がついてるだろ。俺がついてるだろ。俺がついてるだろ。」
「ルーク! 腕を離してくれ! ルー……」
右腕を激しく揺さぶり続けるルークを見て、俺は言葉を失った。
ヘルメットの向こうに見える彼の首が直角に曲がり、光の無い両目が瞬きすることなく俺を見つめている。その口は何度も同じ動きをしながら、決まりきった言葉を吐き続けていた。
「俺がついてるだろ俺がついてるだろ俺がついてるだろ俺が」
「ルーク!」
腕を振り解こうとするが、彼の手はまるで接着剤でくっついたかのように離れない。
俺は右手の銃を左手に持ち変えると、恐怖のあまりルークの手を何度も撃った。しかし、それでも彼の手は離れない。
どれだけ引き金を引いたのか分からなくなった頃、ようやく彼の腕がちぎれた。それでも、彼の手は俺の腕に張り付いたまま震え続けている。
「俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が」
「クッソ!」
これは敵の攻撃なのか。それとも、ただルークの気が触れただけなのか。
そのどちらであってももはや関係ない。俺は目を回しながら振動している彼を何度も撃ちぬいた。震える右手を地面につきながら、狂ったように引き金を引き続けた。視界は次第に朱に染まっていく……。
残弾が無くなったことを報せる警告を見て、俺は我に返った。思わず左手の銃を落としてしまう。
何という事をしてしまったのか。あろうことか、唯一の仲間をこの手で撃ち殺してしまったのだ。音の無い船外服の中で、心臓の鼓動だけが高く鳴り響いている。
「あぁ……。あ、あぁ…………。」
俺は何とか呼吸を整えると、視界を覆う血を拭おうと右手を挙げた。いや、挙げようとしたはずだった。
腕が挙がらないのである。
慌てて左手でヘルメットを拭って右腕を確認すると、思わず「うわぁ!」と声を上げた。
俺の右腕が地面に埋まっているのだ。張り付いた彼の手と共に、俺の右腕が地面の中で震え続けている。
「な、なんなんだ……」
そう呟いて間もなく、俺は全てを思い出した。
分かってしまえば、何も不思議なことは無い。俺は振動し続けるルークの死体を眺めながら、奥歯に仕込んだ毒薬を噛み潰した。
吐き気を催すほどの苦みが口の中に広がっていく……。
『おはようございます。ご気分はいかがでしょうか。』
目を覚ますと同時に、感情の無い機械的な音声が聞こえた。
「……最悪だよ。早く開けてくれ。」
眉間にシワを寄せながら言うと、俺を収容していたガラスのポッドが音を立てて開いた。
久しぶりの光景だ。首や背中に接続されていたプラグを引き抜くと、俺はポッドの外へ出て大きく伸びをした。
「何年間だ?」
『現実世界では七年、夢想空間では二十八年が経過しております。』
「そうか……。随分短かったな。航海は順調か?」
『先ほど、予定通り航路の八十分の一を通過いたしました。間もなくジャンプに入ります。』
答えを聞き流しながら、俺は辺りを見回す。
出入り口の無い一部屋に、ガラスのポッドが一つ。小さな机や椅子など、最低限の家具しか無い部屋を、大きな窓がぐるりと取り囲んでいた。そして、その窓の外には変わり映えの無い星の海が広がっている。
七年間のコールドスリープを終えたという事は、地球を離れてから四十二年が過ぎたことになる。夢想空間で換算するならば、百六十と八年の時間が経過していた。
俺はポッドから延びた管を咥えた。すると、自動的に口腔内に最適な量の水が投入される。
『今回の人生はいかがでしたか。』
無機質な声が尋ねてきた。水を飲み込むと、俺は不満げな顔で答える。
「順調だったんだがな。最後で致命的なバグがあった。」
『それでは、No.9413は削除いたしますか。』
「……いや、ホラーとしては面白いかもしれん。後でもう一度やりたい。」
『承知いたしました。』
椅子に座って外の風景を眺めようとも思ったが、あまりに変化が無さすぎて静止画でも眺めているような気分になる。やはり、時間を潰すにはコールドスリープが最適なようだ。
俺が再びポッドの中に入ると、何本かの管が俺の首や背中に突き刺さった。同時にポッドの扉が閉まり、冷たい眠気が襲ってくる。
『次はいかがいたしましょうか。』
「そうだな……。久々に転落人生を経験してみようかな。舞台は地球が良い。あとは適当に選んでくれ。」
『承知しました。』
それから数秒の沈黙の後、再び声が聞こえてきた。
『ライフディスク、No.666が選択されました。それでは、行ってらっしゃいませ……
LifeDisc(短編) うちやまだあつろう @uchi-atsu
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