第2話 Carmilla

 首筋を舌先で、誰も触れたことのないところをその指で愛撫しながら、ミラーカさんは私をわらった。嫌だ、離れなきゃ、そう思うのに、彼女の指先から逃げられない――怖くて、どうにかなってしまいそうで、何がなんだかわからなくて……!


「や、あっ……、やめてミラーカさんっ、やぁっ! 貴女は、メグと……っ、」

「友達を裏切るのは怖いの? ふふ、マルグリットも素敵なよ。でもね、今ほしいのは貴女なの」

「ぃ、あんっ――、」


 さっきより深いところまで、ミラーカさんの指が侵入はいってくる。もうこれで、ミラーカさんに知られていないところなんてなくなってしまったかも知れない……的確に攻めてくる指先に悶えながら、私はどこか覚めた頭でそう考えてしまう。

「貴女のここ、私の指を咥えて離してくれないのだけど……。駄目だなんて言う貴女自身と、どちらが正直かしらね」

 熱くなった身体に、少しひんやりした指が心地いい……でも、それを認めちゃ、きっと駄目だ、認めたらきっと、もう……!


「貴女をちょうだい? それで、貴女は貴女自身の声にもっと正直になりなさいな。そうしたら、今よりもっと気持ちよくなれるはずだから」

「あっ、あぁぁぁっ――――」

 これが最後だと言わんばかりに強く、執拗になっていく指使いに、もう私はただ翻弄されるばかりで。

 最後、胸元に何か尖ったものを突き立てられたような感触すら、今まで知らなかった快楽に蕩けた頭では曖昧なままだった……。

 気が付けば夜は明けて、ミラーカさんの姿も影も形もなく消えていた。

 目が覚めたあとも、ミラーカさんが来たことが現実だとは思えなかった。だって私の部屋はドアも窓も鍵をかけていたし、朝になって確かめたら鍵はかかったままだった。

 けど、シーツを染める赤、私の中に確かに植え付けられた快楽を求める衝動と、胸元に赤く輝いて血をしたたらせているあまりにも鋭い噛み痕が、私たちの夜が本当にあったことなのだと教えてくれた。


 庭にある樹から聞こえる鳥の声が、今朝はやけに遠く感じる。朝の白んだ空が虚ろで、ひんやりとした空気に身を浸しても尚、夢の中にいるみたいに感覚はぼやけたままだった。

 お母さんの声でようやく起き出して、朝食に出たパンを頬張ってもなんだか意識ははっきりしない。だけど、そんな中でさえも。


『貴女自身の声にもっと正直になりなさいな』


 ミラーカさんの甘く、深く、艶やかな囁きの記憶だけは、はっきりと私の胸に刻まれて離れなかった。


   * * * * * * *


 その日は、ずっとおかしかった。

 学院でメグと出会ったときから身体が熱くて仕方なかった――昨日見た扇情的な姿が、「おはよ!」と笑いかけてくる無邪気な顔と重なる。

 昨日見つけたという面白い動画の話をするその口がキスをして、彼女に触ってと乞うて――その舌が彼女の舌を必死に繋ぎ止めようと蠢いて――その指で彼女に触れて――その場所は、もう彼女を知っている。

「どうかしたの、アンネ? 昨日寝てない?」

 こんなに純粋で、穢れなんて知らなくて、天使みたいな……私の幼馴染み。けれど彼女はもう、知っているんだ。

 私と同じように彼女から与えられる快楽に溺れて、その指先を受け入れて、彼女の甘い囁きに震えて、きっと今も、彼女から与えられた衝動を胸に秘めている。


 心配そうに私を見ているその瞳を、私に触れてくるその手を、無防備にさらけ出されたその首筋を――ほしかった。

 朝からずっと、お昼もずっと、ずっと、ずっと。


 だから、これは仕方ないことだったんだ。

「ねぇ、アンネ? 何してるの、ねぇ、アンネ、ねぇってば!!」

 私たち以外、ここには誰もいない。

 ふたりだけで遊ぶときに使う、秘密の部屋――そう名付けた廃墟の部屋にふたりで来たときには、もう決めていた。

 私は、私自身の声に従う。

 待ちに待ったこの瞬間。窓から差し込む月明かりが、驚きと戸惑いとで紅潮したメグの顔を美しく飾り立てていた。

 それに、私にはわかる――わかってしまう。

 メグはこの状況に、“何か”を期待している。その期待が口の端に出てしまっているのに、彼女はきっと気付いていないんだと思うけど。


 だから、私は彼女の唇に触れる。

 笑みの形に歪む桜色を指でなぞって、ちゃんと教えてあげるんだ、「メグ、なんで笑ってるの?」って。

「……え、」

「メグ、怖がってるのに笑ってるよ? ほっぺたもそんなに赤くして、……どうしたの? 可愛いね、昔からずっと、今までずっと変わらないで可愛いまま」


 ――なのに、あんな顔もするんだよね。


 少しまくれたスカートの裾から、メグの脚に触れていく。じっとりとした汗は、きっと暑さなんかのせいじゃない。

 こんなのおかしい、心のどこかでそんな声もした。こんなの、友達にしていいことじゃない。無理やり押さえつけていやらしく触るなんて、友達にすることじゃない――そうも、思った。


 だけど、目の前で少しずつ。

 メグの顔は艶を帯び始めていた。


「ん――――」


 飲み込むように指を包み込む感触と、耳をくすぐる甘い声と、胸に伝わる、少しずつ速くなっていく鼓動。

 きっと、それだけで私には十分だった。

「ねぇ、メグ」

 きっと拒まれない。

 月明かりの中で少しずつ露になっていく白い肌を前に、私は何故か確信していた――そうだよね、メグ?


 濡れた瞳から零れた涙に口付けてすくいながら、私はその無防備な首元に歯を突き立てて、乾きのままに――――


「メグ、私にメグの全部をちょうだい?」

 滲んだ血の甘さに酔いしれながら、そっと囁いた。

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Die Blutige Lilie 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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