【童話】きのこ姫と森の騎士

碧月 葉

【童話】きのこ姫と森の騎士

(やっぱり家で遊んでいれば良かったなぁ)


 りん子は、じいちゃんのドロぶっぷ(りん子は昔からじいちゃんのこの軽トラをそう呼んでいる)に揺られながら、窓の外を見ていた。

 両脇の木がせり出した細い道は、緑のトンネルみたいになっている。

 木・木・木それしか見えない。



 つい先ほど。

「おーい、りん子。裏のまさあねから、アケビを頼まれたから、今から山に行くぞー」

 小学校から帰りたてのりん子は、じいちゃんに捕まった。

 ちなみにまさあねは、じいちゃんよりもっと年寄りのおばあさんだ。


「一人で留守番できるよ」

 見たいテレビもあったりん子は、そう言ったのに、一人じゃ心配だからと、じいちゃんは無理やりドロぶっぷに乗せた。


 じいちゃんは、時間があればすぐにふらっと山に行ってしまう。

 薄暗くなるまで帰ってこなくて、お母さんはよくやきもきしている。

(一緒に山へ行くほうが危ないんじゃないかな)

 というりん子の思いをよそに、じいちゃんは口笛を吹きながら、どんどん山道を登っていく。

 

「ほーれ、見てみろ。この辺りから、いい感じに色が変わってきてるべ」

 森は、黄色やオレンジに色を変わっていた。


(確かにきれいかもしれないけど、ただの木の葉っぱでしょ)

「ふぅん」

 りん子は、眠たそうに返事をした。



 ふと、ドロぶっぷが止まり、じいちゃんは大きな竹籠を担いで外に出た。

「んじゃ、すぐに戻ってくっから、少しここで待ってろ」

 じいちゃんは、そう言ってスタスタ立ち去ろうとする。

「えっ。じいちゃん、ここ、熊とかでないの」

 心細くなったりん子は確認した。

「心配かぁ。音が出てれば熊は寄ってこねえ。これやっから」

 じいちゃんは、ポケットからラジオを取り出すと、ボリュームを上げてりん子の脇に置いた。


「じいちゃん、じっとしていたら虫に刺されそうなんだけど」

 山の蚊は大きくて嫌な思い出があるりん子が言うと、

「じゃあ、これもやっから」

 じいちゃんは、お手製の虫よけスプレーを渡してきた。


「おしっこに行きたくなったら、ほれ、大自然のトイレにできっから、ガマンするんじゃねぇぞ」

 じいちゃんはそう言い残すと、けらけら笑って、薮の中に入って行ってしまった。




(じいちゃんの『すぐ』はあてにならない)


 はぁ。

 りん子がため息をつくと、ラジオから好きな曲が流れだした。

 軽快なリズムに、気を取り直して口ずさんでいると、車から少しはなれた所を、見たこともないような生き物が通って……いや、おどっていた。


 どう見ても人間じゃない。

 りん子の半分くらいの大きさで、頭には、キノコそっくりなぼうし(なのか、それとも頭そのものなのか)を被った生き物だ。

 白っぽい顔で、子犬のようなくりくりした目と、小さな鼻と口がある。

 そしてお姫さまのような、フリフリのドレスを着て、よく見ると、キノコな頭にはちょこんとティアラが付いている。


 キノコは、くるくる回ったり、とびはねたり、ごきげんにダンスをしている。

 りん子は目をこすり、ぎゅっと目をつむり、もう一度開けてみたが、やはりそれはそこにいた。


(うわぁ、なにあれヤバイ。じいちゃん、早く戻ってこないかなぁ)

 不安になっていると、ついに、その生き物と目が合ってしまった。

 一瞬、息が止まる。

 向こうも目をパチクリしている。


(うわぁ、来ないでよ)

 りん子がそう思っていると、それはニコッと笑ってかけよって来た。

(ひぇぇ、どうしよう)

 りん子が焦ったその時、


 ベチャッ


 キノコは転んだ。

 起き上ったが、おでこをぶつけたらしく、すりむいた跡がある。

 目には涙をためて今にも泣きそうだ。


(……なんか悪いのじゃなさそうだし、しょうがないなぁ)

 りん子は車から降りると、カバンから絆創膏を取り出して、キノコのおでこにはりつけた。

 そして、頭を優しくなでてみた。

 まもなくキノコは元気を取り戻し、再び笑顔になって、


「ありがとう。私、『まっしゅ』といいます。あなたお名前は?」

 とあいさつをしてきた。

 

「…… 私は『りん子』です。よろしく…… 」

 おばけに名乗るのは良くないかも、と思いながらりん子は答えた。

 

「あの、あなたってキノコのおばけなの?」

 ニコニコしているまっしゅは害がなさそうだったので、りん子は思わず訊いてしまった。

「お、おばけですって。私がおばけに見えるの?。私、ちゃんとした妖精なのに」

 まっしゅは頬をピンクにして、大きな声を上げた。


 りん子の妖精のイメージ

 ——もっと小さくて、羽があって、チョウのように飛ぶ——

 とは全然違う。

 こっそり背中を見てみたが、やはりどんな羽も見当たらなかった。

 

「羽がなくたって、妖精は妖精なの。そんなのなくったって、自分で飛べるんだから。ほらっ」

 りん子の視線に気づいたまっしゅはそう言うと、傘のようなキノコのようなステッキを取り出して空へ向けた。


 傘は、パッと広がると、くるくる回り始めた。

 りん子がぽかんとしていると、まっしゅが手を取った。

 すると、不思議なことに、体はふわりと浮きあがり、ぐんぐん空へと舞い上がった。


 たくさんの木を飛び越えて、とうとう山の頂上よりもずっと高い所に着いた。

 驚きのあまり、口をパクパクさせているりん子に、まっしゅは得意げな顔で

「どう?」

 と笑いかけた。

「飛んでる…… すごいね」

 やっとのことでりん子は声を出した。


 冷たい風が吹き抜けていく。

 一度、深呼吸をして、またゆっくり下を見下ろすと、見たことがない景色が広がっていた。


 山々は、赤・黄・オレンジ・緑、濃色・薄い色が重なり合って、日の光を受けて輝いている。


「すごく綺麗」

 豪華な彩りにりん子はそう呟く。

「そうでしょ。ほかの季節も素敵なんだけど、今の時期は格別なの。特に私の森は最高に綺麗でしょ」

 まっしゅは嬉しそうに微笑んだ。


 輝くばかりの眺めを楽しんでいると、ふと離れたところの木があちこち茶色になっているのに気がついた。

「ねぇ、まっしゅ。あの辺はもう葉っぱが落ちちゃったの?」

 指をさして聞いてみると、

「ううん、あれはね、悪い奴らに食べられちゃったの」

 まっしゅは眉毛を八の字にした。

「食べられた?」

 良く分からなくて尋ねると、

「そう、『オークイーター』とか、『パインイーター』とか、悪いのがいてね、そいつらは森を食べちゃうの。すっごく怖くて、たまに会うと私たちのこともいじめる悪ーい奴らなんだから」

 と教えてくれた。


「うわぁ、そんな悪者がいるんだ。それは大変だね」

 りん子が言うと、まっしゅは首を振った。

「奴らは怖いけれど、うちの森ではめったに出ないよ。なんてったって、騎士ナイトに護られてるから」

「何、ナイトって?」

「森を護ってくれてる人のこと。ほったらかしにすると森はれちゃうから、騎士ナイトがちゃんと護ってくれるんだよ。格好良いんだよ」

 まっしゅは誇らしげに言った。


 上空は風が冷たい。

 

「すごく素敵だけど、だんだん下に戻らない?」

 少し寒くなり、ぶるっとふるえたりん子はお願いした。

「いいよー」

 まっしゅ答え、ぴゅーっと降りて森の中に戻った。

 

「ごめんね、寒くなっちゃったね」

 カタカタ震えるりん子をみて、まっしゅはすまなそうな顔をした。

 そして、少し何か考えてから思いついたように、木製のホイッスルを取り出すと、

「ピィィィィィィッ」

 と吹き鳴らした。


 すると……

 来た、来た、集まって来た。

 小さい、もふもふしたのがいっぱい。

 野ネズミ、リス、ウサギ、それに小さいイタチみたいなのもたくさん!


 まっしゅが何か言うと、動物たちはりん子にぴったりくっついて、温めてくれた。


(毛布みたい。ほんわかあったかーい。そして、かわいいー)

 りん子が十分温まったのをみると、

「せっかく集まってくれたから、みんなでおやつでも食べようね」

 まっしゅはそう言うと、今度はしずくの形をした木の鈴を取り出すと、

「コロン、コロン」

 と鳴らした。


 今度は、どこからともなく、まっしゅより少し大きい、キノコの妖精が二人現れた。


 出てくるなり、赤い服の妖精は

「もう、姫っ!探したんですよ。一人でいかないでください」

 とまっしゅを叱った。

(姫って?)

 りん子が不思議に思っていると、


「るー、そんなに怒らないでよ。お友達の前だし…。あのね、りん子、この二人は、『るー』と、『むー』っていって、私のお世話係なの」

 と二人を紹介された。

 どうやらまっしゅは、キノコ妖精のお姫さまだったようだ。

「るー、むー、お願い。おやつにしたいから、何か持ってきてくれる?」

 まっしゅが言うと、二人はしょうがないなぁといった顔をすると、パッとどこかに消え、次にたくさんの木の実とおやつを持って現れた。


 妖精のおやつは美味しかった。

 カリカリのくるみとあんこが詰まった香ばしいクルミパイと、ほんのり甘くて、とろけるおいしさのスープ。

「これはね、クリのポタージュ。やさしい甘さが最高でしょ」

 まっしゅがニコッと笑い、りん子も笑顔でうなずいた。


「本当はね、キノコのシチューもおすすめなんだけどなぁ」

 まっしゅがそう言ったので、りん子はぎょっとした顔をしてしまった。

 まっしゅはくすっと笑って

「あっ、今『ともぐい』って思ったでしょう。いい? 私たちはキノコの妖精ようせいで、キノコではないのね。おいしーいきのこが育っているのかを調べるのも仕事のうちなんだから」

 と胸を張った。

 

「この森のキノコったらもう最高よ。騎士ナイトがね、森をきちんとお手入れしてしてくれるから。それに、元気な森の恵みはキノコだけじゃなくて、生き物みーんなにもつながってるだよ。森が元気だと、遠くの海まで元気になるんだってお母様が言ってた」

 まっしゅは目を輝かせて話す。


「まっしゅは、この森が本当に大好きなんだね」

 とりん子が言うと。

「うん。大好き」

 と満面の笑みが返ってきた。


 お腹がいっぱいになると、みんなではオニごっこが始まった。

 最初オニになったのタヌキに、すぐ捕まったりん子は、今度は、みんなを追いかけた。

 けれど、動物たちはとてもすばやく、かくれんぼのように森に溶け込んでしまう。

 そこで、嬉しそうにぴょんぴょんとびはねる、まっしゅに狙いを定めて走った。

 意外にすばしっこくて、すぐに捕まえられずに、どんどん追いかけていくと、後ろから

「ひーめーさーまー。あまりそっちには行かないでくださーい」

 という、焦ったようなむーの声がした。


 その時、ガサガサと大きな音を立てて、木の上から何かが落ちてきた。

 それは、モンスターだった。

 大きさは人間の大人くらい。

 手足や体、背中の羽を見ると、虫みたいだが、顔は長ーい牙も生えていて鬼のようだ。

 りん子はあわてて立ち止まり、後ろに戻ろうとしたけれど、先を走っていたまっしゅは、びっくりした拍子に転んでしまった。

 モンスターは、まっしゅをつまみあげると、ニヤニヤしながら、持っているヤリでつつこうとしていた。


 (早く、助けなくちゃ)

 一瞬で必死に考えたりん子は思い出した。

 カバンの中に秘密兵器があることを。


 全力でまっしゅの元に走った。

 そして、油断しているモンスターの顔めがけて、じいちゃん特製の虫よけスプレーをお見舞いしてやった。


 モンスターは、目を押さえてゴホゴホとせき込みだし、手を離されたまっしゅは地面に転がった。

 りん子は、まっしゅの手をとると、再び全速力で逃げ出した。


「うぉぉぉぉぉ」

 モンスターはヤリをふりあげ、目をこすりながら追いかけてくる。


(このままだと捕まっちゃう。どうしよう)

 と思ったその時。

 目の前にたくさんのキノコの兵隊があらわれ、モンスターに矢を放った。


「よかったぁ、お母様だ」

 まっしゅがほっとした声を出した。


 モンスター達は、キノコの女王と兵隊たちを見ると、くやしそうに逃げて行った。

「りん子、怖かったね。あれがパインイーターだよぉ。」

 とまっしゅが話していると、そこに金色の王冠とマントをつけたキノコの女王がやって来た。

 まっしゅをやさしくたしなめ、抱きしめた。


「この子を守って、そして遊んでくれてありがとう。でも、そろそろ帰る時間が近づいていますよ」

 キノコの女王はりん子のほうに微笑みかけるとそう言った。


 まっしゅは、りん子に駆け寄ると手をぎゅっと握ってから、手のひらに何かを包み込ませた。 

 みるとそれは小さなうす緑色の石だ。

「助けてくれてありがとう。私からの勲章だよ。本物の騎士ナイトには、お母様がもっと大きいのを贈っているんだけどね」

 といってパチリとウインクした。

 それは、木もれ日にかざすと、キラキラ輝いてとてもきれいな石だった。


「また、遊ぼうね~」

 お互いにそう言って手を振っているうちに、妖精達はふわっと森の中に消えていった。



 気がつくとりん子は元の場所に立っていた。


「おーい、りん子。なんだ、トイレがまんできなかったのか?」

 じいちゃんが、アケビとキノコの詰まったかごを持ってやってきた。


「さぁて帰んべ、今夜はキノコ汁だ」

 そう言うじいちゃんに、りん子は、

「私、キノコのシチューが食べたいなぁ」

 と言った。

 それもうまそうだと言いながら、じいちゃんはドロぶっぷのカギを回して車を走らせた。


 木のトンネルは、赤や黄の錦色から、黄緑色へと変わっていく。

 葉の隙間から差し込んだ光が車内に差し込んだ。


 その時


 ——チカッ


 なにかが光った。

 反射したのは、じいちゃんのキーホルダーだ。


 りん子が思わず見つめると、ドロぶっぷのカギの頭には、りん子が握りしめているのとそっくりな、そして大きな、美しい、うす緑色の石がキラキラしながらゆれていた。




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【童話】きのこ姫と森の騎士 碧月 葉 @momobeko

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