第75話 やっぱご褒美に、世界で一番ピュアなキスを
菜々緒がよりにもよって補習になった。
しっかりと家族会議を繰り広げていた。
「いや待て。五教科中四教科赤点って何だ」
「ちゃんと勉強したんだよ!? 頭の中でひたすら勉強している自分をイメージしてだね」
「学校の勉強にイメトレはねえよ。勉強していない奴の新しい常套句を思いつくな」
「いやあ、テスト前日残業でさぁ」
「その言い訳は通じねえぞ学生が。さてはテスト前日、お前寝てなかったな?」
「いやあ、仕方ないね。レスバって遂楽しくなっちゃうからね」
「お前補習で次赤点だったらパソコン取り上げるからな」
「えっ。死ねというの? 私からパソコンを取ったら何が残るか分かってんの?」
「取り上げられる側がそんな事言えるのは、世界でただ一人お前だけだよ」
一応は先生として、生徒じゃなくても家族が落第点とは情けない限りだ。
「兄ちゃん。人間の価値は勉強で決まるんじゃないんだよ。まるで勉強出来てない奴が社会不適合者みたいに烙印を押すのはな、無敵の人を沢山生み出して社会に迷惑かけちまう温床になるんだよ」
「赤点取ってない奴がドヤ顔で胸張って言う事じゃねえ。分かってんのか? 下手すりゃ退学だぜ」
来週には補習からの追試があるらしい。
流石にそこで赤点からの中退になってからではもう遅い。
と、この子も感じたらしい。
結夢が今家にいるのは、そういう理由だ。
「私もテスト受けれなくて追試だから、頑張ろうね」
「結夢ちゃん……優しい」
滝の様な涙を零しながら見つめる先には、しっかり天使な結夢がいた。
結夢も風邪とはいえテストを受けられなかった為、生憎追試の対象になっていた。
だから今日も勉強をしに、家に来ていたのだ。
「結夢、風邪明けなんだから無理するなよ」
「はい……ありがとうございます」
「兄ちゃんは心配性だなぁ」
「一番心配なのはお前の脳みそだがな」
とりあえず、休み明けだったこともあるし、勉強会自体は早めに終わった。
俺は車で結夢を家まで送る。
思えば、中間テストの約束をしたのも、この社内だった。
「……本当に、お送りいただき、ありがとうございます……」
「俺が送りたくて送っているんだ。気にするな」
「いえ……優しさに対して、ちゃんとお礼を言うのは、当然のことですから……」
相変わらず律儀な子。
だけどそういう『慣れない』部分が彼女のいい所でもあると知ったのは、つい最近の事だっけ。
「……枕、お母さんの寝心地どうだ?」
「はい。とてもいいみたいです。こころなしか、隈も無くなっています」
「良かった」
「……一緒に選んでくれて、ありがとうございます」
「俺と一緒に買い物したいって行ってくれて、嬉しかったよ」
その辺りで、結夢のアパートに着いた。
俺は前々から決めていたことを、ここで話す
「……結夢。二つ話したい事がある」
「は、は、はっは、はひ……」
「いや、そんな畏まらんでも……」
逆に構えさせてしまったか。今後注意しよう。
俺は結夢の悪夢に魘される姿を思い起こしながら、伝えた。
「今じゃなくていい。いつか、結夢の口から、札幌で何があったか教えてくれ」
「……」
結夢の表情が固まった。
「さ、さっぽろで……」
「一応、結夢のお母さんから何があったかは聞いているんだ。中学校でいじめがあったって」
「……」
「だけど、今は話す必要は無い。結夢が話したくなったら、ずっと後でもいいから、いつか聞かせてくれ」
「……は、はい」
やはり結夢には辛い思いをさせるか。
だが、彼女の辛かった事をこのまましまわせておくのも俺は嫌だった。
勿論、それを話す事で結夢が傷つくのも。
だから今聞こうとは思わない。在る一点で一気に聞き出そうとも思わない。
長く長く、付き合っていくつもりだ。俺達の関係の様に。
「それから……もう一つは、ご褒美の話だ」
「ご褒美の話は……私が、中間テストを受ける事が出来なかったから……その、キスはなし……ですよね」
「……そうだな。けどな」
俺は助手席に身を乗り出す。
驚いて、固まった結夢の顔にそのまま近づく。
……以前、江ノ島でした時よりも、長く。
更に、綿密に、口の中を絡めて。
くちゅ。くちゅ。と。
そういう音だけが、昏い車内に響き割ったって。
口一面、相変わらず甘い結夢の味がして。
「……頑張ったで賞、だ」
「……」
慣れない結夢は、ぷしゅー、とまさに音を立てて壊れそうになっている。
俺も。
何だか、やっぱり熱い。
心臓のところが、すごいぎゅっとなって、熱い。
「……ごめん。俺が、したかった」
「……ずるい」
「でも、本当によく頑張った。偉い。もっと、惚れ直したっていうか……」
俺は目を逸らして、窓の向こう側を見た。
「じゃあ、そろそろ……」
と、俺が結夢を車から降ろそうとする。
すると、結夢は暗闇でもわかるくらいに真っ赤になった体のうち、手を俺の半袖にひっかけていた。
「でも結夢、君はまだ体が――」
それ以上の言葉は、結夢の口によって塞がれた。
語りつくすくらいに、濃密に舌と舌がぶつかって、こすれ合って、溶け合う。
しかも、結夢ときたら助手席から運転席に映る時に体勢を崩したみたいで。
ほとんど俺に体重を預けていた。
「わったった……」
「……」
急いで俺から離れて、助手席に戻る。
でも、俺の手の甲に、掌は置いたままで。
自分の唇を、もう片方の手なぞりながら、恥ずかしそうに嬉しそうに言うのだった。
「わ、わわわ私の看、病、……ありが……とう……賞です」
「……」
「もう少しだけ、ここにいさせて」
「……ああ」
車が狭い事が、こんなにいい事なんだって思ったことは無かった。
なんだか結夢の隣にいた方が、引きかけの風邪も治るような気がした。
塾講師始めたら天使な幼馴染が生徒になっていて、尊くアプローチしてくる。先生として俺はもう駄目かもしれない かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。塾講師始めたら天使な幼馴染が生徒になっていて、尊くアプローチしてくる。先生として俺はもう駄目かもしれないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます