幕間7話 プレゼント

 後日。

 結夢の母親が仕事から帰ると、風邪明けの結夢が笑顔で待ってくれていた。

 今日、ようやく学校に行けるようになったばかりだ。制服姿で、しかしエプロンを身に着けた彼女は心の底から嬉しそうに言うのだった。

 

「お帰りなさい」

「どうしたのそんなに改まって」


 血の繋がらない母と娘とはいえ、ここまで畏まられてると逆に距離を感じてしまう。

 しかし結夢は一歩を踏み出して、母親の手を握ってリビングまで連れていく。

 

「ちょ、ちょっと?」

「……」


 顔を赤らめながらも、結夢が引っ張ったリビング。

 中心のテーブルに、包装されたプレゼントが置かれていた。

 母親が呆気にとられた様子でそのプレゼントを手に取る。

 

「どうしたのこれ……」

「お母さん、私が風邪になった日……誕生日だったから」


 娘の言葉に、いつもは誰かの背中をばんばん押す様な笑顔が得意な母親の顔が、そっと綻んだ。

 

「そんな……いいのに」

「だって、昔は……札幌に行く前は、普通に祝っていたのに」


 結夢は少しだけ寂しそうな顔で、続けた。


「ここしばらくは、私は私の事ばかりで、誕生日を祝う事さえ出来なかったのが……もどかしくて」

「……別にいいんだよ。私は、結夢が元気になってくれれば。いくら風邪をひいても、学校に行きたくなくなっても、またこうやって笑顔を見せてくれれば、それで充分なんだよ」


 そう言いながらも、包装の紙越しに感じる柔らかさを感じながら、揶揄う様に母親が尋ねた。

 

「さてはこのプレゼント、礼人ちゃんと一緒に買ったな?」

「えっ? そ、そそ、そんなことは……」


 唐突な不意な質問に、瞬き二回し手目を逸らしながら精一杯の取り繕いをする結夢。

 これ以上突っつくのは野暮かと、母親はそのプレゼントの推測を始める。

 

「枕……?」


 推測は当たっていたようだ。

 結夢が深く頷いた。


「お母さん……ずっと朝から晩まで働いて……私のこと気にかけて……さ、最近寝不足だったから……やっぱりまくらが、一番いいかなって……」

「ははは、枕と来たか……おや。なんて寝心地のいい。随分といい枕を買ってくれたね」


 実際にベッドで横になってみると、とても頭を包み込んでくれる良い生地とクッション。

 見事にフィットした代物。


「これで、いい夢、見てください」

「……うれしいね」

「いつもありがとう……」


 母親として、母親らしいことが出来ていなかったと後悔していた。

 この少女と自分の血が繋がっていない事に。崖に追い込まれたときに、何もしてあげられなかった事に。風邪があるにもかかわらず、完全に仕事よりも優先してあげられなかった事に。

 それでも、案外結夢は母親として慕ってくれている。

 ただ笑顔が見れるだけでいい。そう思っていただけなのに。


「今日、お母さんが好きな……麻婆豆腐、だよ」

「……そりゃあ、楽しみだね」


 

 テーブルに着いて、口に運んだ麻婆豆腐は少し辛かったけれど、その辛さも自分に合ったものだった。

 一緒に住んでいなければ、家族で無ければ、大事に思っていなければ作れない味だった。

 

「……結夢。礼人ちゃんは、いい人だね」

「う、うん……」

「沢山大事にしてもらいな。そして沢山大事にしな」

「……うん」

「それが、家族ってものだからね」


 それは、自分も今やっと気づいた事だった。

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