片隅の縁

 とある店で買い物をしたら、おつりが五円だった。

 レジスターが表記した購入金額と、自分の財布の中にある最も購入金額に近い金銭を出すと答えがそうなる。ということを念頭に支払いをする。

 チン!

 今時珍しい音をレジスターは立てた。

「ゴエンのお返しになります」

(ご縁?)

 店員のお姉さんがにこりと笑って、レシートと共におつりを差し出す。

そのイントネーションに内心首をかしげるも、店員に気にした様子がない。

(五円、ご縁、五円…)

 ちょっとしたひっかかりを頭の中で反復させながら、おつりを受け取ると店を後にした。


("ご縁のお返し"か……)

 なんか良いな!

 特に何の変哲もない日常にちょっとした彩をもらった気分だった。

 気分を良くして帰り道を歩いていると、ビルとビルの間に、鳥居があるのが視界の隅に入った。真昼なのに高い建物に挟まれて、光りがほとんど入ってきていない薄暗い場所だった。その中のわずかに陽光が入る下に、小屋ほどのお社と桜の木があった。

 桜の木は若いようだったが、根がしっかりとお社の足元に根付き、薄紅の花が咲いていた。三分咲き程度というところだ。

 引き寄せられるように、塗り立てのように朱い鳥居をくぐる。

(こんなところに神社があるの知らなかった)

 社の前には狐をかたどった小さな白磁の置物が二体飾ってあり、稲荷神社だと一目で分かる。

 ふと思い立ち、先刻受け取った五円玉を取り出した。鋳造時期は十年前、少し鈍い色をしたどこにでもある五円玉だ。表面の稲穂のデザインが、稲荷にはよく似あう。

(ご縁がありました)

 一礼をし、五円玉を小さな賽銭箱にそっと入れた。手を合わせると、急に日差しが強くなり、社とその周辺を暖かく包んだ。

 ふわりと桜の花びらが舞い、甘い香りが漂う。

 誰かがお供えしたお神酒の匂いだ。

たった今開けられたばかりの酒の薫りは、一足早い春と来訪者を慶んでいるようだった。

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寄せ集め短編小説 双 平良 @TairaH

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