エンディング「夜とともに」

「夜とともに」

……………@


 不可思議事象・陸酉華眉の消滅から、三日が経った。


 あんなことがあっても日常は過ぎていくもので、平日が始まった。

 すごく、気分が落ちていた。食も進まず、眠ることも出来ない。


 したがって月曜日、わたしは遅刻してしまった。


 とても眠い。果たして今は夜なのか、昼なのか、…それほどに。

 これがわたしの現状なのかと少し自分でも呆れる。


「寄垣」


「あ、藤岡くん。久しぶり」


 放課の時間になると、こないだの命の恩人が、わたしの席へやって来た。


「…土日、どうして道場に来なかったんだ」


「え、行かなきゃいけなかったの?」


「ああ、…あの一件の後処理は、お前も知っておくべきだったと思う」


「…何があったの? ごめん、わたし…」


「まあ聞け。お前の名付けた『無霊隊むりょうたい』は今後、変わることになる」



 金曜の夕暮れ時。わたしはリラスターを用いて華眉ちゃんを滅ぼした。


 それで、その後の話。わたしが家でぼんやりとしていた真っ最中の話。


 不可思議の異常発生、その根源だった彼女が消滅したことにより、

町に一旦の平和が訪れた、筈だった。しかし、それは違った。

むしろ、彼女の不可思議事象としての目的、それ自体は完璧に達成していたということが、わたしの居ない間に判明したのだそうである。


不可思議事象・陸酉華眉の影響で、人の命が延ばされる。

寿命を破るという傲慢に、死神が罰を下す。


それが今回の事件の根本。


発見された数人の中年から高齢者までの男女の死体は連続殺人事件として扱われ、

神岡の人々を恐れさせることになる。


 その恐れは、不可思議との「えん」に直結する。

 不可思議は誰をいつでも殺害できるという訳では無い。

 


 わたしたちが最も恐れるべきは、彼らが目立ち、人に知られる事態だった。


 しかしもう遅い。間接的にではあるが人々に不可思議の存在が知られてしまった。

 既に、陸酉華眉に目的達成を許してしまっていたのだ。

 これからは、少しずつ数を減らすより、出来る限りの人を守らなければいけない。


「…師匠が道場を構える場所も、変えざるを得ないそうだ」


「えっ、なんで?」


「神主に追い出されたそうだ。オカルトを教えていたとは言っていなかったらしい」


「え、それだけで追い出されるんだ?」


 なんというか、ずいぶん心の狭い。

 不可思議事象の影響は、聖人にすら手の平を返させるのか?


「どれだけ出来た人間でも、友人の仇に手を貸したくはないようでな」


「どういうこと?」


「…いずれ分かる」


————————————————————————————


 …話に新しい道場は、町の外れの小さな神社だった。


「って、神社なのは変わらないんだ…」


 しかし、今までのそれとは、比べ物にならない、…とても小さな神社。


「やあ琴梨。久しぶり。心の整理をもうちょっと早く終わらせて、出来れば休日も来て欲しかったなあ。この街を守るヒーローには極力休暇をとってほしくないものだ」


「…すみませんでした」


 放課後、藤岡くんに案内されてやって来た鳥居の下で、

 師匠はまるで神様にでもなったように鎮座していた。

 しかしその頭髪は、この前以上にみすぼらしい。


「いや、これから気をつけてくれればいいよ。 そう、これからなんだ。

これから『無霊隊』は、随分態勢が変わることになる。

言わば、読んで字の如く「依頼人スタイル」とでもしようか。最初の琴梨のように、不可思議に関するお悩み相談を受ける方向を採用しようと思う。だから君達には、これからどんどん名前を売って行って欲しい」


「は、はあ、わかりました」


 なるほど、なかなか楽しそうな活動だな。わたしが直感でつけた名前が、これから大勢の人に呼ばれるのは、なんだか照れくさいような、誇らしいような。


「あ、それと陸酉華眉の件。君がとどめを刺したそうじゃないか」


「はい。不可思議を退治する覚悟も出来たっていうことになりますかね」


「齋兜も、その時の君をずいぶん評価していたよ。あの齋兜が、ね。…くくく、そうか。よかったよ。しかし、油断した陸酉華眉なんかよりも、これからは過酷な戦いが待っている。それはもう一般人ではいられないほどにね。さあ、鍛錬を積もう」


 まあ、こうなっては甚だ惰性で生きられる訳がないことも、覚悟している。




———不可思議事象。レギュレーター。そしてその根源。


わたしが踏み込み続ける戦いの運命。


その最初の一歩が、夕暮れのなか親友を刺し殺す覚悟だった。

だから、そんな時の感情に法則性を持たせるなら、こんな言葉で締めくくろう。



 悲しみの始まりは、夜とともに…

 悲劇の誕生は、いつも夕暮れを押し支える。

 ”夜”は、あなたにも、わたしにも、やって来るものだ。

 …心配することはない。負けてはいけない。

 "夜"を兼ね備えた者が、屈する必要は無いのだから。


【第一章 Night Saddest Extension おわり 】

【第二章 I Call Message へつづく】

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Night Saddest Extension 【ニヒスカ第一章】 慎み深いもんじゃ @enomototomone0918anoradio

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