「コンフィクト・アゲインスト・ミー」

……………@


 今日も太陽が沈もうとしていた。

若干の曇りが光を隠そうと、山へ隠れようとしているのがわかった。

やけに早く雲が流れ、時間が過ぎ、わたしの終わりを急かす。


彼女の終わりを急かす。


「…もう一度だ。塩焦万刀」


長い刀身が赤く輝く。


「群遊肆刀…」


短い刀身が青く光り形を変える。


「酷々恒河沙刀!」


袖口より黒の靄が溢れだす。


 三つの武器が集う。

 ひとりの化け物へと走る。


「祈納…不可思議刀…」


 華眉ちゃんはついに自分の武器を取り出す。

 いわゆる、長巻。

 極端に大きな柄の大太刀だった。


…しかし、その戦い方は、その武器の戦術とは違うのだろうということがわかる。

小柄な華眉ちゃんにその大太刀は似合わない。三人がかりの隙の無い斬撃を躱し、躱し、躱し、そして無いはずの隙を見て横薙ぎにする。


わたしは、言うまでもなく傍観者だった。

四人の激戦を、見ている事しかできない。

刃がぶつかり合う音、地面を蹴る音、気合のこもった声。

その全てが、四人からわたしを遠ざけていく。


 鋏先輩ですらもはや覚悟したようだった。

藤岡くんの言葉を呑み込み、迷いと加減を捨てたように見えた。

素人のわたしにもそれは分かる。容赦のなさが分かる。


「…お父さん。わたしには、不可思議事象を憎む理由が見つかりません。

華眉ちゃんを憎むことは、出来ないから」


「……寄垣さん? 何言い出すんですか、急に」


「…気にしないで、倪祠仲くん」


 わかっている。これは独り言。…わたしへ言い聞かせているだけ。


「でも…。でもお父さん。わたしは、嘘をつかない。決して…。お師匠さんに面目が立たないから。…だから、わたしは…」


ナミちゃんを見つめる。


鋏先輩を見つめる。


藤岡くんを見つめる。


繋ちゃんを見つめる。


この乱戦を見つめる。


この街を、睨みつける。


「わたしは、不可思議事象嘘つきを倒すよ」


瞬間、「リラスター」が長巻に斬り負け弾き飛ばされる。

藤岡くんがこちらを振り返る。


「ナミちゃん…、あなたは嘘をついてる」


アスファルトを蹴る。


「対立者だって…? わたしに理解しろだって?」


錆びた太刀を手に取る。


「嘘だ、…それは嘘だ。会話における罪だ」


強く、握りしめる。


「だから…暴くよ。分かるよ。ナミちゃんの気持ち。

このままじゃ駄目だって思ったんだよね。人間わたしとこんな関係になっちゃ、いけなかったんだよね。…だから、わたし達と、『無霊隊むりょうたい』と対立しなきゃいけなかった!」


「…! 琴梨ちゃん、それって…」


「はい。 「レギュレーター」の名前には、桁数が付いてますよね。「無料対数刀」があるのかは分からないですけど…だから、霊を消す、不可思議を無くす…部隊。『無霊隊』なんてどうかなって、思ったんです…どうでしょうか!」


「ああ、…ああ! いいなあそれ! そうしよう!」


先輩はそう頷いた。まあ、お師匠さんに伝えてみるまではわからないけど…


「……ナミちゃん。本当は、戦いたくなかったんだよね。分かるよ。だから、ナミちゃん。わたしがナミちゃんの望み、その気持ち、…叶えるよ!」


 感情を走らせる。怒りに似た感情が駆け巡る。

…しかし、これは怒りではない。怒りに似ているが、ストレスではあるが…

これは、喜び。華眉ちゃんへの。華眉ちゃんとの。


その望みを叶えてあげられる、…喜びだ!!


「塩焦…万刀おおお!」


再びアスファルトを蹴り飛ばす。


藤岡くんを通り過ぎ、鋏先輩を通り過ぎ、繋ちゃんを通り過ぎ———、


「…琴梨ィ——!」


華眉ちゃんが長巻を振り下す。


「…——ッ上か!」


ガキンッ——


本気ではなかったのだろう。簡単に受け止め、崩しを入れる。距離が詰まる。


———ナミちゃん。さようなら。悲しいけど、それが望みなら。




 あなたは不可思議事象。学生に紛れ込んで噂を流通させ、「知る者」を増やすことからその数を増やすことが目的だった。…だけど、わたしと出会った。話したり、喧嘩をしたりするうちに、仲が良くなっていった。わたしの面倒も、見てくれたね。

…だけど、それは本来しなければいけないこととは真逆のことだった。だから葛藤があった。不可思議としての役目を果たすことが、本当にしなければいけないこと。本当にしなければいけないこと。…生きる意味。

…そして、あなたは結論を出した。それは、「親友に敗れる」。


わたしと対立して、負けたかったんだよね。


「…——、」


「うん…うん、いいよ」


「…——


「…ははは———」


ツンデレさんだなあ…


——ぐらり。


「—————ナミちゃん」


 華眉ちゃんから力が抜ける。

 思わずそれを追ってしまう。


「!…よせっ琴梨ちゃん‼」


橋の柵を…超える。


…とっても高い橋だなあ、水面が遠い。


「ナミちゃん…きっと同じ場所には行けないだろうけど、お別れを引き延ばすことはできるよね。一緒に居よう、ナミちゃん。出来るだけでもいいから…一緒に居よう」


さようなら。お父さん。今までありがとう。


約束、守れなくてごめんね、秋姫ちゃん。








「…寄垣!!」


 突然、足首が掴まれる。


「・・・藤岡くん!?」


「意味がわからない…だから死なせない。師匠だって何を言うかわからないからな。…さっきのリラスターの使い方。あれはなかなか良かった。きっとその感情は、レギュレーターを使うのに向いている。だから……お前は死なせない」


ただそれだけだと藤岡くんは言った。それで助けたと。

『それが、お前の生きる意味なのだ』と。

…生きる意味なんて見失ったつもりはなかったが、

…これからナミちゃんを失ったまま、こころに穴が空いたまま生きていかなければいけないわたしを、勇気づけてくれるようではあった。


ああ…


「よくやった、齋兜!…琴梨ちゃん! …っい、今引き上げるからな!群遊肆刀っ…」


「は、はい…あぁはは、頭に血が昇るぅ…」


 腕の中にいたはずのナミちゃんは、いつの間にか跡形もなく消えていた。

 下にも上にも…気配すら、どこにも無い。


「…なあ、琴梨ちゃん…別に構わないんだが、その…少しは自分で隠してくれないか」


「えっ」


 あはは——そりゃそうか、パンツが丸見えだ。




※本作品にはモデルとなった実際の人物や地名が存在しますが、

この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、事件等には一切の関係もございません。


【最終話 おわり エンディングへつづく】

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