奴隷王ローランド一世伝、もしくは<疾きことのロリス>
美作為朝
闘芸
タイレント・ハミルトス著の『フォルニア王朝記』より
「ローランド一世の出自が闘奴であったことは誰もが知っている」
ロリスの頭の上を
一万人の観衆がどよめく。
ロリスは腰を少しかがめたまま、半歩飛び下った。
少し踏み込み過ぎた。この距離で戦ってはいけない。
これは、対戦相手<無敵のファレントス>の距離だ。
<無敵のファレントス>は縦にスリットの入った面頬までついた頭をすっぽり覆う二本の巨大な角のついた兜をかぶっているが、<
額の部分だけ板金の入った鉢巻だけ。
ロリス自身は嫌がったが親方が客が喜ぶとその鉢巻にとりつけた耳の上の小さな翼がいつもながらうっとおしい。
しかしこれほど対照的な対戦相手の”闘芸”も珍しい。
しかも秋の豊饒祭で開かれる年に一度の「不敵戦」だ。
ロリスが勝てば「不敵」の称号を得られ、奴隷の身から開放される。
この奴隷都市ランダストリアの現在の「不敵」は<無敵のファレントス>である。
この二人、まず身体つきがぜんぜん違う。
<無敵のファレントス>は大男。大きく盛り上がった上半身もさることながら、太い二本の太腿などまるで大木のようだ。
一方の<疾きことのロリス>は一般の男性の中でも細く小さい方だろう、小柄。鎧すらつけていない。鍛え上げられた肉体には脂肪一つついていないが上半身は裸。
しかし、この脛当てのみで<無敵のファレントス>の超大型の
二人の得物の武具<無敵のファレントス>が両手に戦斧二本、ロリスは闘奴の標準的武具、両刃の直刀一本。巨大な<無敵のファレントス>の前では、短剣に見える。
「ひらひら逃げ回りやがってちょこちょこと、蚊のように小うるさい、虫けら野郎だぜ」
<無敵のファレントス>が面頬の中から、ゴモゴモと、カッシーナ地方の訛り丸出しで喋った。
「そんなへなちょこ、真っ二つに叩き切りな、ファレントス!」
「おいチビ、逃げ回っていないで、戦えよ、ちっともおもしろくないぜ」
「おまえには、六万ダラットかけているんだぜ、一か八か懐につっこんでみな」
観客席からは
闘芸は賭けの当然ながら対象にもなっている。年に一度の豊饒祭の大一番ともなれば、動く金は計り知れない。
主人に連れられついてきている奴隷たちも、密かに貯めたへそくりで自分の身を買い戻せるぐらいの大勝負を賭けているとよく噂される。
闘芸が始まる前でオッズは、<無敵のファレントス>が1.22倍。
<疾きことのロリス>は378倍。
闘芸直前に大口の買いが<疾きことのロリス>に入ったらしく、オッズは3/4になってこの数字だ。
誰もロリスが勝つとは思っていない。
<無敵のファレントス>はこの「不敵」戦の防衛を過去十八回行っている。この「不敵」戦に勝てば、ダ・ロイ人の襲来前の「不敵」<黒大王ベックス>の記録をやぶることとなる。ダ・ロイ人だったと言われる<黒大王ベックス>だが奴隷都市ランダスリアではダ・ロイ人は人だとみなされていず(実際に人だったという記述された記録もない)<黒大王ベックス>は人扱いされていない。
ロリスの額に巻いた鉢巻から、日陰に入れば肌寒ささえ感じる豊饒祭の季節に玉粒のような汗が滴り落ちる。
ロリスは鎧まで捨て身を軽くし避けまわり、重い巨大な二本の戦斧を振り回す<無敵のファレントス>を疲れさせるのが作戦だが、どうやらこの作戦は間違いだったようだ。
<無敵のファレントス>が疲れる前にロリスが疲れ果てそうだった。
唯一持っている防御の盾を一度あまたの闘奴の血を吸ったであろう闘芸場にドンと置いてしまった。
ここまで、闘奴の位を飛ぶように勝ち上がってきたロリスだがこんなこと今まで一度もなかった。
黒く鈍い色の扇型の塊りが上から降ってきた。
<無敵のファレントス>の戦斧による打ち込みだ。
ロリスはその
ロリスの後ろには誰かが居た。闘芸場の治安を守る奴隷都市ランダストリアの屈強な兵士である。
場内に配置されているのである。
もうこれ以上下がれない。
似たような黒く鈍い色の扇型がもう一枚風切り音ととも斜めしたから現れた。
<無敵のファレントス>は戦斧を両手に二本持っているのだ。
下がれない以上受けるしかない。
ロリスは直刀の
奴隷王ローランド一世伝、もしくは<疾きことのロリス> 美作為朝 @qww
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