その8

【マネージャー急病のため、不知火しらぬいひかりの視点で話が進みます】




 血相を変えた優奈が部屋に戻ってきた。


「おい!ヤベーぞ!コイツ風呂の中でぶっ倒れやがった!」


 優奈は小森めいこを、いわゆるお姫様抱っこの形で抱えていて、あろうことか2人は生まれたままの姿だった。


「ちょっと! なんて格好してるのよ!? 」


「それどころじゃねーんだよ!」


 よほど焦っていたのだろう。風呂場からそのまま走ってきたらしく、優奈の濡れた髪と身体からはしずくがしたたり落ちている。

 見たら小森めいこの顔はやけに赤く、意識は無いようだった。

 サッと額に触れてみる。


「すごい熱じゃない……。美緒! 住職の奥さんを呼んできて!」


「……はぅわわわ、う、うん! 行ってくる!」


 顔を赤らめて硬直していた美緒は、私の言葉に弾かれるように勢いよく駆け出していった。


ひかり、とりあえずコレを使ってて。お風呂場にバスタオルが用意してあると思うから見てくるわ」


 瑠紫亜は自分のハンドタオルを私に渡すと、さっと部屋を出ていった。その言葉の意味に気付いた私も急いで自分のバッグを探って中からタオルを取り出した。

 濡れたままだと余計に体調を崩してしまうから早く体を拭いて服を着せた方が良い。普段はあまり自己主張をしない瑠紫亜だが、こういう時はとても気が利く。あまり話さない分、周りをよく見ている。


「だ、大丈夫かよコイツ……死ぬんじゃねーか? ……な、なぁ、どうすりゃいいんだ? あたし何すれば良い?」


 優奈はおろおろしながら私が小森めいこの体を拭くのを見ている。

 まったく、本当にもうなんなのだろうかコイツは。自分が一番手がかかるくせに、年下には頼れないとか偉そうなことをよく言えたものだ。


「アンタもさっさと体を拭いてコレでも着てなさい!」


 少しイライラした私は優奈の顔面に白装束を投げ付けた。




 住職の奥さんに寝床を用意してもらい、小森めいこの熱を測ってみると39度近くあった。命に危険があるほどの高熱だ。すぐにスタッフが付き添って病院に連れていくことになった。


 車に乗せる時にマネージャーは一瞬だけ意識を取り戻した。


「みんな……ひかりちゃん……?」


「なによ」


「最後まで付いててあげられなくて、ごめんね……応援してるから……撮影、頑張ってね……みんなの事よろしく……」


「……分かってるわよ」


 答えると小森めいこは安心したように微笑んで再び意識を失った。




『小森の事は放っておいていい。マネージャーが居なくても問題ないだろう。これまでだってお前達だけで仕事をこなしてきたんだから、今回も上手くやりな。この仕事をしくじったら『エレメンタリー』に明日は無いよ……』


 ジョディ社長にマネージャー急病の報告を入れると想像通りの答えが返ってきた。

 この番組が放映されなければ、仕事を干された『エレメンタリー』が今の状況から巻き返すチャンスが大きく遠のいてしまう。社長の言い分はもっともだ。


「はい、頑張ります」


 私は了解をして通話を切る。赤いスパンコールで派手にデコられたスマートフォンはまたもや私の手に戻ってきてしまった。

 見るからに頼りなさげなヤツだとは思ってたけど、まさか1日で病院送りになるとは、呆れを通り越して何も言えない。


 優奈と瑠紫亜と美緒は、私の電話が終わるのを今か今かと待っている。電話が終わるやいなや優奈がさっそく話しかけてきた。


「おう、ジョディはなんだって?」


「撮影は続けるようにとの指示よ。……小森めいこの事はほうっておいていいって」


「あいかわらず鬼みてーなヤツだな。 チッ」


 優奈は不満げに舌打ちした。


「あんな死にそーになってんのに知らんふりかよ」


「仕方がないでしょ。仕事に穴は開けられないわ。私達には他に道が無いのよ。のせいでね。あの素人マネージャーもアンタがわがままばかり言うから倒れたんじゃないの?」


 私はわざと挑発的に言った。1番の問題児のくせに文句ばかり言う優奈に対してイライラを通り越してムカついてきていたのだ。


「そうだよな、悪りぃ……」


 優奈は大人しく謝罪をしてきた。いつものように怒鳴り返してくると思ったのに、私は拍子抜けしてしまった。


「こんなとこに来るはめになったんだって、あたしがやらかしたせいだもんな……。ジョディにアイドルやらされてんのだって、馬鹿なことやってケツ拭いてもらった借りを返すためだってのに……、あたしは肝心な時になんも出来ねーヤツなんだな……情けねー」


「……反省してるんなら別に良いわよ」


 マジでへこんでいるらしい優奈は黒い瞳をうるうるとさせて、しゅんとうなだれている。こんなしおらしい顔が出来るのならカメラの前でやって欲しいものだ。

 最初のマネージャーを顔が気に入らないというだけでぶん殴っていた狂犬が素直に反省するなんて、あのマネージャーのゆるい雰囲気に当てられたせいだろうか。


「めいこさん、大丈夫かな~、美緒が行くまで待っててね~、って言ったのに……うう……」


 小森めいこを心配する美緒の目には涙が浮かんでいる。初対面の時からやけにベタベタくっついていたし、よほどアイツを気に入っていたのだろう。人の趣味にとやかく言うつもりは無いが、性別うんぬんを差し引いても、あの頼りない大人のどこに魅力を感じるのか、私にはさっぱり理解出来ない。


「居ない人間の事を気にしてもしょうがないでしょ。私達はプロのアイドルなのよ。この程度の事で心を乱していては駄目、さっさと切り替えなさい」


「だって~……、ぐすっ」


「グズグズ言ってないで、しゃんとしなさいよ」


「……ひかり、そんな言い方無いと思うわ」


 瑠紫亜が私をたしなめるような視線を送ってきた。瑠紫亜は美緒に甘い。美緒を、ほわほわした見た目そのままの人畜無害な子猫ちゃんだと思っているから手を掛けたくなるのだろう。

 聖母のような微笑みを浮かべた瑠紫亜は、美緒に優しく語りかけた。


「心配なのは私も同じよ。だけど、小森さんは優しい人だから……私達が泣いてしまったら、きっとそれ以上に悲しんでしまうと思うわ。応援してるって言ってくれたでしょう? はい、涙を拭いて」


 私は瑠紫亜も小森めいこを気に入っている様子なのを見て少し驚いた。食事に誘われて断っていた時くらいしか会話をしていない気がするけど、何が瑠紫亜の琴線に触れたのだろう。寡黙な瑠紫亜が何を考えているのかは、幼なじみの私でもよく分からない事が多い。


 ハンカチを手渡された美緒はもう泣き止んでおり、美しく微笑む瑠紫亜を惚けたような顔で見つめていた。


「うう~、るーちん綺麗……それに優しい……好き……」


「私も白水さんの事が好きよ」


「え!? ほんと!?」


ひかりの事も、土浦さんの事も好き。理由は様々だけど、みんなで共に1番のアイドルを目指す仲間だものね」


「あ~、うん、美緒も大好き~、仲間だし、友達だもんね~」


 歓喜の表情を浮かべた美緒はそれが勘違いだと分かると、すぐさまにこにことした愛想笑いになった。小森めいこに関心が移ったと思ってたのに油断ならないヤツだ。瑠紫亜は隙がなさそうに見えて、そういった方面には無防備だから私がしっかり見張っておかないと。


こころざしなかばで倒れてしまった小森さんのためにも、4人で一緒に頑張りましょうね」


「うん、美緒、めいこさんのために頑張るっ。この収録が終わったらお味噌汁作ってくれるって約束したもんっ!」


 気を取り直した美緒は小さくガッツポーズをした。


「ああ~! そうだな、あたしもビビってないで気合い入れっか!」


 しゅんとしていた優奈は、その様子を見て気合いを入れるように髪をかきあげた。その体はもう震えていなかった。


「アンタお化けは怖くなくなったの?」


「怖くなくなってなんかねーけど、前より平気みてーだな。……死んだ人間より、生きてるヤツが死ぬかもしれねー方が怖かったよ」


「アイツも少しは役に立ったようね」


「まーな。……小森は、なんかポヤッとしてるけど、悪いヤツじゃねーぜ。戻って来たら、ちっとは優しくしてやってくれよな」


「……分かってるわよ」


 初めは未経験のマネージャーなんて、なんの足しにもならないと思っていたけど、意図的でなくとも身体を張って優奈を改心させた小森めいこの所業は評価に値する。

 他の皆もアイツの事が気に入ってるみたいだし、どうせ付けられるのなら、あのくらい無害で人の良さそうな所しか取り柄がなさそうなヤツの方が邪魔にならなくて良いかもしれない。


 それに、イラついていたとは言っても初対面の人間に紅茶をぶっかけるなんて私はどうかしていたと思う。

 マネージャーなんかいても居なくても問題ないと思っていたが、キャパオーバーだったのだ。自分では出来ているつもりだったけど、しつこくマネージャーを雇い続けていた社長には見抜かれていたのだろう。

 笑って許してくれた小森めいこは私が思ってたより、ちゃんと大人だったのだ。


 朝になったら見舞いに行って、きちんと謝ろう。そのためにも今夜の撮影を無事に終わらせないといけない。

 メンバーとマネージャーのためにも精一杯頑張らないと、私は『エレメンタリー』のリーダーなのだから。

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借金を背負った元OLがアイドルグループのマネージャーをやる話 はごろも @neko_chan

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