第36話 アレックスの災難

アレックスは、茂みの中で仲間とともに息をひそめていた。

バーンによってブルー・ナイツの下働きから解放され、今はクレイタール山脈の周辺で活動している。

国境警備兵の宿舎と接しているので、彼らの仕事を手伝ったり、逆に色々なことを教えてもらうことができる。

例えば魔法を始めとした教育や、体力作りから始まる戦闘訓練などだ。


寝る場所があり、食事があり、さらに給料も出る。怖い先輩も、理不尽な暴力もない。それは新人冒険者たちにとって天国のような場所だった。


アレックスたちが請け負う仕事は主に、クレイタール山脈の外側での素材の収集。そして魔物の警戒だ。

山脈の外側には様々な生き物が生息できる環境が広がっている。採取を仕事にする者もいるのだが、彼らは戦うことができないので護衛を雇う必要がある。そのため流通する素材は割高になる。

アレックスたちはその護衛の仕事を受けて採取について学び、自分たちだけでもできるようになっていた。


今日も採取の依頼で仲間たちと森の中にきており、そこで見たこともない魔物を見つけたのだった。


それは、最初は狼のように見えた。野生の獣である狼は基本的に群で行動する、数が多ければ魔物よりやっかいな生き物だ。そのため協力して周囲を警戒しつつ、砦の方への戻り始める。

その途中で、仲間の一人がおかしなことに気がついた。


「なあアレックス。あの狼さ、二本足で歩いてない?」


「バカか。狼が二本足で歩くわけないだろ」


「でもほら、あのあたりは茂みの背が高いから、狼の顔が見えるのはおかしいよ。それに四つ足の動きじゃないって」


「そうか?遠いからわかりにくいけど、それが本当なら魔物ってことになるのかな」


「魔物ってことは、近くにダンジョンがあるのかな。バーンさんが探してるヤツかな」


「こっちは前も来たけど、その時はいなかったろ。だったら遠くから歩いて来たのかもしれない。とにかく、報告に戻ろう」


「待って。あいつ帰っていくぜ。気付かれてないみたいだから、追ってみよう」


すぐに立とうとする仲間を止めながら、アレックスは迷う。

バーンからは魔物の危険性を教えられているし、自分たちが受けている依頼は採取であって魔物の調査ではない。

でも、バーンが探している未発見のダンジョンを自分たちが見つけたら、喜んでくれるだろうとも思う。


そうやって悩んだ末に、ひとつの結論を出した。


「わかった。オレとお前の二人で追おう。残りは先に戻って、警備兵に知らせておいてくれ。俺たちも暗くなる前には戻るから」


数が少ない方が、魔物に気付かれにくい。それに失敗した時に救援を連れてきてくれるかもしれないし、ダメだったとしても被害は二人だけですむ。


そんな計算をしながらも、心の底では自分たちは大丈夫だろうと思っていた。

そして二人は、魔物の追跡を開始した。




それは本当に、二足歩行の狼だった。

体の大部分は毛皮に覆われているが、その下は戦士のように筋肉が盛り上がっている。それがあたりの様子を確認しながら、森の中を進んでいく。


アレックスたちは道順を示す目印を残しながら、それを追う。

森の中は薄暗く、日が傾いたらすぐに暗くなってしまう。その前に場所の目星だけでもつけたいと思っていると、仲間がアレックスを手振りで呼んだ。


慌てた様子で、早く来いというようにしきりに手を振っている。

離れているとはいえ相手は狼型の魔物。バレないよう慎重に仲間に近づくと、肩を強くつかまれた。


「あ、アレックス、大変だ。アレ、あっちを見て」


「落ち着けよ。あっちは森の外だろ?魔物が向かってる方向じゃないぞ」


「そうだよ、森の外だ。でも真っ直ぐいけるわけなじゃいだろ。あの魔物は、きっとそこへ向かっているんだ」


「何を言ってるんだよ。森の外からここまでなんて遠すぎるだろ。そんなのありえないって」


「だって、森の外を真っ直ぐに来たらすぐに見つかるだろ。あの魔物はバレない通り道をさがしているんだ。きっとそうだ」


「バレない通り道って、そんなのあるわけないだろ。魔物を見失うから、オレはもう行くぞ」


「ああ、もう。見た方が早い。魔物なんてどうでもいいから、向こうを見るんだ」


仲間はアレックスの肩を掴んで引っ張っていく。魔物は先に行ってしまった。

掴んだ手を振り払って追うべきかとも思ったが、必死な顔が気になったので大人しくついていくことにする。


連れてこられたのは森の切れ目に近い場所。足下は大きな段差になっていて、木々の隙間から遠くが見える。


「ほら、あっちだ。ここなら見えるだろ」


仲間が指さす先を、目を細めて見る。そこは茶色が多い荒野で、風で草が揺れている。


「いや、草じゃないのか?」


よく見れば、それは草の揺れ方ではなかった。地面を埋め尽くすほどの獣たちが足を左右に踏みだすたびに、その頭上に長く伸びた毛髪が右に左に揺れているのだ。


「あれ、全部魔物なのか?森の向こうにあんなに集まっていたなんて!」


「どうしよう!あんな数の魔物に襲われたら、クレイタールがヤバいよ!」


「どうしようったって、オレにわかるわけないだろ。とにかく戻って、警備の人たちの相談するんだ」


いそいで戻ろうと振り返ると、木々の向こうで動く影が見えた。


「ヤバい。さっきの魔物が戻ってきた」


「なんでこんなタイミングで!?うわっ、しかも仲間も連れてる。なんかボクたちを探してるっぽくない?」


「かもしれないけど、まだ見つかってない。今のうちに早く行こう」



追う者と追われる者。先ほどとは立場が逆になった。

アレックスたち二人は、身を隠しながら森の中を進む。身軽なため移動は楽だが、魔物が後ろにいると思うと気が気でない。

魔物からはアレックスたちが見えてはいないようだが、気配に気付いているのだろう。狼のような鼻をひくつかせながら、少しずつ近づいてくる。


「どうしようどうしよう」


「静かに。大丈夫、まだ俺たちは見つかってないんだ。大丈夫」


怯える仲間を励ましながら、自分たちにだけわかる目印を辿る。

彼ら二人で複数の魔物を倒せるわけがない。だから見つからないよう、追いつかれないよう進まなければならない。


自分の呼吸や衣擦れの音がうるさすぎやしないか不安になるが、おびえればおびえるほど鼓動が大きくなって集中できない。


『緊張したり怯えたりするのは正常な反応だから、そうなってしまうのは仕方がない。まずはそういう自分を認めるんだ。緊張している、怯えている。そういう時には何に気をつけるべきか。ベストじゃない状態での動き方を、常に考えておくといい』


バーンに習ったことを思い出し、まずは大きく深呼吸する。それから魔物がまだ離れた位置にいることを確認した。


「あいつら、狼みたいだけどニブイよな。野生の狼だったら、オレたちはとっくに見つかってた」


「えっ?あっ、うん。そうだね」


「だから、もう少し急ごうと思う。薄暗くなってきたし、早く戻らないと日が暮れて動けなくなる。もう半分は過ぎてるし、大丈夫さ」


「そうだよね。ありがとう」


少しペースを上げて進むうち、見覚えがある場所に出てきた。

普段からよく採取に来ているところで、ここからなら拠点まではすぐだ。


「やった、あの大木をまわりこめばあと少しだ。魔物もだいぶ離れたし、もう安心だろ」


「よかった。ボクは今にもあいつらに見つかるんじゃないかとビクビクしてた……。あ、アレックス、隠れて!」


「うわっ」


急に茂みの中に引っ張り込まれ、文句を言おうとすると静かにするようジェスチャーで示された。

そのまま自分たちが来た方角を指で示されたので、そちらを見る。

すると魔物の一体が、キョロキョロしながら歩いてくるのが見えた。


「なんでここまで来てるんだよ。オレたち、手がかりは残してないよな」


「もちろん、気をつけて歩いてきたもの。でも、あいつ一匹だけだよ。ボクらで倒せたりないかな」


「バカ。仲間が近くにいるに決まってる。オレたちを見つけたら、呼び集めるつもりだろ」


「そうか。全員が四方に散って探して、ボクらを見つけたら集まるつもりなのか。すごい、アレックスよくわかったね」


「あー、うん。そこまで考えてなかったけど、それが正しそうだな。でもそうすると、見つからないよう祈るしかないけど」


小声で話すうちに、魔物はどんどん近づいてくる。

辺りはどんどん薄暗くなっているので見つかりにくくなっているが、それでもすぐ近くにこられたらバレてしまうかもしれない。


アレックスたちはドキドキしながら、万が一の時は同時に飛びかかれるよう武器を構える。

いよいよすぐそこまで来ると、二足歩行する狼のような魔物は鼻をひくつかせてから、アレックスたちの方を見た。

茂み越しに目が合い、魔物の口が笑みのかたちにゆがむ。


仲間を呼ばれる前に今すぐ飛び出して斬りかかるべき?

反撃される?

本当に二人で倒せる?


迷いながらも武器を握る手に力をこめて立ち上がろうとした時、何かが空を切る音が聞こえた。


「ごあっ」


魔物が小さく悲鳴をあげてよろめく。こぶし大の石が、足下に転がった。

次の瞬間、枯れ葉を蹴散らしながら黒い影が魔物に飛びかかり、拳の一振りで地に沈めた。


何が起こったのかと口を開けて見ていた二人に、声がかけられた。


「お前たち、大丈夫だったか?」


「バーンさん!?なんでここに」


「お前らの様子を見に来たら、宿舎で頼まれたんだよ。お前らが魔物を追跡しに行ったけど、戻ってこないから探しに行くから、ついてきてほしいってな」


話しているうちに、仲間たちの声が聞こえてくる。

魔物にトドメをさしたシロロが、魔晶石を拾ってやってきた。


「バーン、あいつはダンジョン産の魔物だったみたいだ」


「いいえ、ダンジョン産かもしれないけどそうじゃないかもで……、はい。すごいのを見つけたんです。すごくヤバくて……」


「そうか。じゃあ、詳しい話は戻ってから聞かせてもらおう」


バーンにやさしく背中を押されて、助かったのだと安心する。だが自分が見てきたものをどう伝えればいいのかわからなくて、アレックスは頭を抱えた。

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王国軍を冤罪で追放された男、やがて世界を救う英雄となる 天坂 クリオ @ko-ki_amasaka

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