第43話 ニャンの二十一の二 ヒメ

「よし、今夜決行だ」

 茶虎は目を輝かせて言った。

「本当か。本当にそうなのか、茶虎殿」

「ああ、是非ともな。お主が現れたとあっては早いに越したことはない」

「そう言われると、何だか責任を感じるな。俺は何ものでもないのだが、恰も名の聞こえた何ものかであるかのようだ」

「いや、誠に申し訳ない。これまでのところ我々に躊躇いがあったのも事実だ。忸怩たることに、ヒメの埋葬からはずいぶんと時間が経ってしまった。彼女が消えた日の晩に俺たちはみんなで大捜索を行ったのだが、一晩中どこを探しても見当たらなかったのだ」

「それもその筈、すでに埋葬されていたのだからな」

 サスケも悔しげに言った。

「それにしても、どうしてお主らはそうヒメ殿にこだわられるのだ」

「ああ、実はヒメ殿はな、捨て子だったのだ」

「そうか。だが、それなら俺も同じだ。俺は教えられて何度か母が自分たちを産んでくれたとされるほこらを訪ねたことがある」

「ここにいるサスケはそのヒメの弟なんだ」

 サスケは俺を見て頷いた。

「ヒメとサスケとは同胞はらからなのさ。そりゃあ、悔しいに決まってるだろう。それを言わば切り刻まれて死んだんだよ」

「そうか。言葉もない」

「だからヒメの亡骸を我々の手に取り戻すのさ。なあ、正当性は我々にあるだろう」

 俺は黙って頷いた。

「聞けばヒメはヒトどもに切り刻まれたらしい」

「そこがどうも腑に落ちないんだよな。そんな愚にもつかないことをヒトどもがやるものだろうか」

「確かにそうだ。しかもヒメはヒトの家で飼われていたんだ」

「しかも、あんなにきれいな田んぼだ。食うものには困らないはずであろう」

「それなんだが」

 それまで黙っていたサスケが話し始めた。

「聞いた話なんだが、どうやらヒメの腹が腫れていたらしいんだ」

「腹がかい」

「ああ、それに彼女は時々『けいれん』を起こしていたらしいんだ」

「けいれんってなんだ」

「ああ、全身が震えて気が遠のくのさ」

「ヒトどもにも腹が腫れるというのがあって、どうやら同じものではないかとされたらしい」

「それは本当か。するとヒトどもはヒメどもを切り刻むことでその原因を探ろうとしたのではないのか」

「ああ、それは恐らくその通りなのだろう」

 サスケは同意して、続けて言った。

「それで、どうやらヒメの腹の中から虫が見つかったらしいんだ」

「ええっ、それは本当なのか。そうするとサスケ、お前どうして今まで俺に黙っていたんだい」

「それは茶虎さんよ、ヒメ殿の名誉を守るためであろう。まあ、しかしここまで聞いてくると、お主らに対してお助け申そうと言わざるを得ない」

「ああ、それは助かる。だが、ヒメのそうした状況があったとなれば、単純なる義憤とはいかなくなったな。大いに混乱して何と言ってもヒトども憎しっていうのがあったからな」

「ははあ。するってえと、その虫がネコやヒトの腹を腫らして、けいれんさせるって言うんだな。大変趣深い話だ。それでお主らにはそれはないんだろう。どうしてヒメ殿にそれが現れたんだろう」

「さあ、それは分からぬ。違いと言えば俺たちが野良だと言うことぐらいだ」

「ヒメ殿は飼いネコだと仰せだったな」

「その通りだ。だからヒメはいいものを食ってたはずなんだ」

「ううむ、その虫は何処から来たのだろう。いや、その虫と言うのは一体どんな虫なんだ」

「さあ、てんで見当がつかぬ」

「虫と言えば、俺らにとっては食いもんだからなあ」

「つまりは食ったやつが実は生きてたって訳だろう。それがヒメ殿やヒトどもの中で育ったという」

「まあ、そうなるな。まあ、それはそれでよい。ともかくも今夜決行だ」

「分かった」

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曠野(こうや)の月と俘馘(ふかく)のネコ TaqAkiyama0011 @tkiwaki1105

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