第7話 はじめての迷宮ですが!

 古来よりなぞなぞは好まれた。それに関する最古の著作の一つは日用品を暗号のような詩で表現した『エセクター写本』と呼ばれるもので、11世紀にイングランドの古い大聖堂に寄贈されたという。ともかく僕たちは謎に満ちた状況下にあった。

 目覚めると白い部屋だった。岩盤の隙間から地底に落下したのに本当に白い部屋だったのだから仕方がない。周囲には僕のほかに、『女湯一番槍』と、レラと、もう一人倒れた少女がいた。全員気を失っていて、一番早く目覚めたのは僕らしかった。

『あ、やっと目を開いた。聞こえますか』

 脳に女神の声が響くが、服のなかを探しても冊子本がない。

『私はいまゴールに転送されてます。これは地下重層群ちかじゅうそうぐんの一つ、疑義魔法迷宮ぎぎまほうめいきゅうの入り口です』

 女神が言うには、この世界の地下には魔力の地脈のような層があり、それがいくらか物理法則を捻じ曲げて迷宮を形成することがあるらしい。迷宮に入るときには各人の魔導書が本人と引き剥がされてゴール地点に置かれ、一時的に魔法が使えなくなる。迷宮のうちの『疑義魔法迷宮』は、知識を問うもので、出題される質問に正解できれば自動的に地上に戻される仕組みになっているという。

『そこまで等級の高い迷宮ではないと思うので、はやく私とほかの方々の魔導書を回収して採掘作業に戻ってください。待ってますからね。さぁ、囚われの女神エテロワ救出RTAが始まりましたよ、急げ急げ!』

 正直レラ所持している魔導書である『神の国』が一番の優先事項であって、この阿呆の女神は失くしてもいいかなと思っているのだが、ともかくまずは全員を起こさなければどうにもならない。手近な人間から声をかけ、最後に見知らぬ僕と同い年くらいの少女を目覚めさせると、脳裏に警戒音と文言が浮かんだ。


 疑義魔法迷宮――、十問版。


『十問版ですね。初級相当の迷宮ですからさくさくっと行きましょう』

 ビニール傘より惜しくない女神の言葉と共に白い部屋の壁面のうちの一つがスライドし、長く暗い廊下が顔を見せる。特殊な記号が壁と床を覆った。写字の作業でもみた。こちらの世界の記号に直せば、矢印に相当するマークだ。廊下の方へ進めということだろう。

「あの、あなたたちは、どうして、ここに?」

 沈黙が支配した空間のなかで最初に口を開いたのは謎の四人目の少女だった。事情を擦り合わせたところ、彼女はアイビアといって、名前以外の記憶がないようで、いつからここにいるかも、ここがどういったところかも分からないらしい。

 加えて聞いたことには、レラは叫び声を上げて突然消えた僕たちを追って穴の中を降りて来たら事態に巻き込まれていた。僕が聞いた通りこの迷宮の内容を説明すると、全員が緊張と困惑に表情を暗くした。冒険者が迷宮に落ちるのはしばしばあることですが、はじめてだとこんな反応でしょうね、と遠い冊子本の分析が脳に走る。

 スクルージ&マーレイ商会の会計事務所より立ち込めた陰気が部屋を覆う前に、僕は靴の音を響かせた。凹んでいてもはじまらないし、先に進むしかない。知識なら僕の専売特許といっていい。いままで散々迷惑かけたり舐められたりしてきたが、いまこそ輝ける大人の威信を見せるときだ。僕が先陣を切って廊下に向かうと、突き当りの壁にはこういった文言が書いてあった。

 

 第一問 『クラーヴァが地に沈むとき、私が眠たいのはどうして?』


 直面した文字列の意味不明さに唖然とする。

 やはりここは異世界で、僕のびっくりするくらい極めて優れた知識は役に立たない。無知。卑屈なくらい謙虚な僕にも人間故にほんのちょっとだけある自尊心が泣きそうになりかけたところを、励ますように女神は言う。

『疑義魔法迷宮は、それぞれ吸収した人に由来する設問を出してきます。転生した西町さんは除外されるのですが、絶対にこの三人に関係することなので、それぞれ記憶さえ辿れば大丈夫です』

『そうだよな。アイビアって子は記憶がなくて、ホゼロは馬鹿だけど大丈夫だよな』

『わ、わた、私が何か、か、か、加護を……はへぇ……』

 錯覚だといわれれば確かにそうだと納得するくらいのささやかな力が全身にみなぎり、すぐに霧散した。底が尽きかけていた女神パワーとやらをほんの一瞬の無駄使いでからっけつにしたとんでもなくよれよれな冊子本の様子から、これっぽっちもよろしくない状況であることはやはり明らかだ。この迷宮から脱出できなくても死ぬことはないが、永遠に閉じ込められたままになるらしい。女神は震えた声で『いやでも、天才の私の圧倒的な知識量を以てすればこんな初級迷宮くらい……』と奮い立ったものの、間もなくおし黙ってしまった。日頃嫌というほどやかましいのに、最もお前の口が頼りになるべき場面で静かになるんじゃない。

 ともかくこの質問はいまいる内の誰かに関することだという。レラ、ホゼロ、アイビア。後ろを見渡すと、僕より少し背の高い奴隷身分の少女が何か覚えがあるような顔をしている。冊子本に補足されたことを説明して促すと、レラは迷いながらも口にした。

「きっと、生きている大きな文字が夕食に出るから」

 高い音が弾け、扉が開く。正解らしい。レラが言ったことには、これは彼女が読んだことのある浩瀚な魔法文学作品についてのものだそうだ。皿に乗って脈動する『文字』という血文字が壁面に映ったのを見ながら、僕たち四人と一冊は何とかしてこの迷宮を踏破することになった。

 


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誰が僕の大切な本まで異世界に飛ばせと言った!! ~女神にアホほど低スペックで転生させられたけど、魔王を倒してこいとかいう以前にまず謝ることがあると思う~ Aiinegruth @Aiinegruth

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