第6話 はじめての任務ですが!

 チャールズ・ゴールトンは『カントセイウェア』という優生学のユートピア小説を書いたが、家族に大半を処分されるという実に不名誉なことになったらしい。

『女神ゾッコン癇癪少年』、『女湯一番槍』、そして奴隷身分の少女という実に名誉のない一団は、依頼主の女性を護衛してエテロワ市からゆっくり進んで徒歩半日くらい離れた岩山に来ていた。

 脳が死んでいた僕は、結局そのままの勢いでパーティーを組むことに成功し、何なら三人で考えて依頼まで受注してしまった。パーティーに加わったもう一人、『女湯一番槍』――僕が頑張って吹聴して回る前にこのあだ名は広まっていた――こと、炎の槍を操る不良の青年の名前はホゼロといった。奴には僕の転生元の言葉が分からないので、アホゼロだったり、ノウミソゼロだったり小馬鹿にしたところ、表情でばれて手痛い一撃を貰ったのは昨日の話になる。

「ここじゃ。ここが、古の巨大岩じゃ」

 いい加減限界に近いところまで歩いて、依頼主の老婆が口にする。僕たちが市壁外の仕事として初めて受注したのは、『占星術の大鏡用の鉱石探索とその護衛』だった。わざわざ護衛任務にしなくても、鉱物種を指定して採集任務にすれば良さそうなものだが、冒険者組合の職員が危険ですから切り替えますかと提案したところ「本当に大切なものは、自分の目でしっかり確認するもんじゃ」と叱られたらしい。なんというか可哀そうだ。

 他人のことはいえないが、厄介な依頼主や冒険者みたいなのが一定数いるらしい。この老婆も不愛想なことで有名だった。若いころは同じ占星術師の姉がいたようで、何かの事故でその姉が行方不明になってからひねくれはじめたという。また女神のせいじゃあるまいなと思って陰で問い詰めてみたところ、阿呆の冊子本も今回は流石に知らないということだ。

 当然人気のない依頼だったが、写字をはじめてから一月間ずっと放置されていたことを不憫に思った優しい奴隷身分の少女が「これにしない?」と選んだため、僕たちの任務となった。

 拡がった草原にそびえ立つ巨大な縦横一○○メートルほどの岩山には、多く削られた跡があり、傷跡にも見えるそこからは赤、青、黄色、また半透明まで、様々な鉱石が覗いている。 

「わしゃ疲れた。青い石を探すんだよ。ほら、オスガキども、行きな」

 老婆の指示に従って、僕とホゼロが抱えていたピッケルを降ろす。依頼主が言うことには、適当だと思う青色の鉱石を掘って持ってこい、判別してやるとのことだ。市門を出るときに伝えられていたと言え、重労働以外の何物でもない。見れば、老婆と奴隷身分の少女、レラは少し離れた平原で料理を囲んで勝手にピクニックを始めていた。ちらちら自分だけ休んでいていいのかという不安そうな表情を見せるレラだが、彼女には日頃から世話になっているばかりなので特に何の不満もない。

 ふわふわと飛び立って女子会に混ざろうとする冊子本女神をひっつかんでポケットに入れたままにすると、僕たちは岩を削り始めた。大規模魔法か何か使えればこの岩塊をまとめて爆砕してゴミ拾い感覚で仕事が終わるが、何分由緒ある魔法石の岩だそうで、大きな破壊は禁じられているし、そもそも僕に魔法は使えない。

『もっと魔物を倒して、とか夢溢れることはもう言いませんけど、はじめての市外任務なのにどうして採掘なんかをしてるんですか』

『僕も不思議に思っているところだ』

『めっちゃ退屈なんで、どうにか私を誉めそやしてください』

『やんややんや、しゃんしゃんしゃん』

『そんなに雑なことありますっ!?』

 カン、と乾いた音。老婆から貸されたピッケルは職人が精魂込めて作ったものだということもあって、とても使いやすい。僕は魔力適性がないから込められた魔力を利用できないが、隣のホゼロは驚いた様子のまま僕の倍くらいの速さで掘り進めている。ちらちらこっちの作業の様子をちらっと見てくる青年は、はは、そこまでしかできてないのかこのノロマめといった顔だ。――この野郎、無限に腹が立つ。

『やい女神。何か、僕の世界から掘削機とか持ってこられないのか、隣のクソガキに目に物を見せてやりたい』

『女神パワーがないからいまの私はとってもかわいいマスコットなんですってば。というか西町さん二○代も後半なのにこんな高校生に本気になって恥ずかしいとか思わないんですか!』

『黙れ、僕は何にでも一生懸命なんだ。毎年正月は遊びにきた親戚の子どもたちを対戦ゲームでこてんぱんにするのに忙しいんだ』

『女神ガッカリポイントが二乗されかけています』

 とはいえ、女神のいうことにも一理ある。この世界に転生され、一度ストレスメーターが爆砕してから、どこか僕は精神年齢が幼くなってしまった感がある。元からではない。魂は肉体にある程度依存するともいうし、流石に中学生くらいのこの身体ではこうなってしまうのか。女神に聞くと、年齢は一四才ほどだということだ。だから、元からではない。

 魔法の力など頼らず、大人の実力というものを存分に見せてやろうじゃないかと思うのだが、残念ながら僕は採掘などしたことがない。僕は実に頭が良かったが、それは書類仕事や史学や文学研究についてであり、歴史も文字も違うこの世界ではどうにも生かせそうにない。軍事も正直なところ興味がなかったし、人間の社会性や政治なんかのうんちくを垂れてもこのご身分ではなんともならないだろう。魔法なんてとんちきなものがあるせいで、人間の精神性なんかも違うかもしれない。

 だが、僕にもプライドというものがある。お前は無力だと言われて、はいそうですかと黙ってはいられない。作業の手を止め、半径一五○メートルほどの岩塊の周囲を歩きながら何かないかを探すと、数分で気付いた。削岩跡を見てみれば、老婆に言われた青い石というのは地面スレスレの下部に集中しているように思える。『女湯一番槍』は、基本的に根性が脳味噌の中身を忘れて受肉したような青年で、ラブレーほど下品ではないが、ガルガンチュアより多分馬鹿だ。勢いのまま種々様々な鉱石を両手に抱えられるほど掘っては、老婆に見せ、ダメ出しを食らい、また掘ってを繰り返している。僕は彼ほどの腕力も体力も魔力もないが、石が集まっているところを狙えば、上手く一点スナイプして勝てるかもしれない。

 さぁ勝負だ。横目でホゼロを睨みつけると、奴も不敵な笑みで応じた。大方僕が勝てるわけないと思っているのだ。良いだろう青年。笑っていられるのもいまのうちだということを教えてやる。

 僕は探し、そして見つけた。老婆たちからは見えない、来た方向からは裏側にあたる岩盤下部。そこには人が入れそうなくらいの大きなひび割れがあり、なかにたくさんの青い鉱石が詰まっていた。僕はそれらを渾身の力で掘って、掘って、掘りまくり、ポケットに詰められるだけ詰めた。

 ずしんと身体が重いが、これだけ採ればどれかは当たるに違いない。そう思って振り向くと、離れたところで掘削作業をしていたホゼロが真後ろにいた。僕より頭一つ分くらい体格が大きくて細身の割に筋肉のある青年は、なるほどなという調子で口を開く。

「へっ、そんなところに青い石の集まりあったのか。退けよ、次は俺が掘る」

「どうぞご勝手に。ただ、一通りは僕がとってあるから、お前がちんたらやっているあいだに僕らは帰っているかもしれないね」

 視線を合わせて煽り合う。が、悪くない感じだ。研究室の同期とドンパチやっていたころを思い出す。すれ違い、僕が数歩進んだところで、こすっと滑るような音が真後ろからした。ん? 振り向くと、『女湯一番槍』はさっそく岩塊下部のひび割れに身を乗り出し過ぎて落ちかけ、何やら面白い感じに足だけ出して挟まっている。欲張りすぎる者は何とやらだ。天罰覿面ざまあみろ。

「おい、たす、助けろ」

『ねえ、西町さん、助けてあげましょうよ』

「えー、何だって? 『女湯一番槍』くん僕全然聞こえないわ」

「おい、ふざけてる場合じゃねえだろ、助けてくれ」

『ここ落ちたら『地下重群層ちかじゅうぐんそう』っていう地底迷宮なんで危ないですって』

「えー、でもさっき『退け』って言われて傷付いちゃったなぁ」

「……分かった、謝るから、助けてくれ」

「え、あ、ごめん。うん、助ける助ける」

 思ったより数段素直な声を出したホゼロと女神の警告に従って、僕は草原に放り出されている男の足を取った。うんとこしょと引っ張ってみるが、僕にない筋肉が奴にあるという最悪の組み合わせのために、思いのほか重く、一人で引っ張り上げるのは苦労しそうだ。不甲斐ないこと極まるが、ピクニックを楽しんでいるレラの救援を頼むしかないだろう。そう思って、口を開こうとした瞬間。

『女の子に頼らなくたっていいですよ。仕方ないですね、友達を助けようとする非力なあなたの熱い行為に免じて、この私が姿を変えずに直接助力してあげましょう! 女神エテロワ、あなたの名誉をお守り致す!!』

「おい、馬鹿やめ――」

 およそこの世で一番要らない気を利かせた冊子本女神が、ポケットに入ったまま身体を思いっ切り引っ張った。ぽろぽろと詰まっていた鉱石群が零れ落ちて僕は重さを失い、更に滑るように体勢を崩される。すると、どうなるか。

「おい助けてくれって言ったよなぁああああ!」

「僕のせいじゃないんだぁああああああああ!」

『ぎゃああ、その下はぁあああああああああ!』

 三者三様の叫びのなかで、視界が天を向いて目まぐるしく景色が変わる。そして、握った足に引っ張られるままに、身体が流れる。草花が風に揺れ、頭上の鳥が回りながら歌うころ、あえなく僕たちは岩塊に開いた大きな割れ目に吸い込まれていった。


 

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