第2話 ずっとそうだと信じていたこと。

 死後の世界なんてない。ずっとそう信じていたし、そうだと疑わなかった。生物には終わりが必ずあって、人間だって生物なんだから、それは同じ。


 でも、生物ではなかったとしたら?


 そんなちょっとした思考の転換に気づいていなかった自分は、まさに”浅く広く”しか物事を捉えていなかったんだと実感する。


 面白いのは、いま現在自分の頭に弾丸がめり込む寸前で時間が止まっているということだ。一点しか見ることができないので、詳しくはわからないが、黒服の人が動いていないし、自分の額にからでるであろう血も垂れてこないので、時間が止まっているのだと思う。


 意識ははっきりしている。絶対死んだと思った。それはもう、まで子供みたいに嫌だいやだと駄々をこねたぐらいだ。いや、死んでいるのかも知れない。というか、なぜ時間が止まっているのかすら、わからない。


 一瞬、神の所業かなにかと思ったが、どこの神様がこの状態のまま数時間、いやそれ以上かもしれない時間、こんなちっぽけな人間を放置しておくのだろうか。


 自分は一生このままなのだろうか。嫌な想像が頭をよぎる。


 特になにも考えないまま、ぼーっとしながら、目線の先にあった黒服の真っ黒な瞳に写る自分に気が付く。


(なんて変な表情をしているんだろう。)


 ずっと目を含め身体が動かせないので、まったくもって周りを見渡せないが、どこまで動かず見えるのか挑戦すればもう数時間ほどは暇つぶしができるかもしれない、なんて考えていた。



 何日が過ぎただろう。

 途方もない時間が過ぎた、と思う。無意味な挑戦も考えられるものもなくなった。

 お腹はすかないし、尿意や便意も催さない。時間が止まっているということに余計真実味が帯びてきた一方、意識はあるのに目を動かせないことがこれほどまでも苦痛だとは思いもしなかった。この苦痛をどうにかしたい。そう思い、目だけでも動かせないかどうか、気合で頑張ってみた。しかし、よくよく考えれば、目を動かすのも筋肉が動くからで、目のピントを合わせるのも、目の中の角膜か何かがそれを調節するからであって、時間が止まっているこの状態では、なにもできることはないのではないかと半ば諦めようとしていた。


 けれども、このままでは頭がおかしくなりそうだと思い、意識だけでも目を動かすことに全力をささげた。どうしても、どうしても、もう諦めることはしたくない。死んでまで、諦めていたら、もはや先祖に顔向けできないと思った。先祖に会えるなどと思ってもいないが、これは自分のこころの問題だ。

まだ誇れることを成し遂げてない、恋人との甘い時間も過ごせていない、他人より成功して優越感に浸ることもできていない。我ながらでてくることはとてつもなくどうしようもないことばかりだが、


 このままでは、


 このままでは絶対に終われない!!


 そう思った時だった。



「遅いよ!!やっと欲望が垣間見えたよ!!もう!!」



 そんな子供のような声が、真正面の黒服の口のほうから聞こえた。


 ”いや、なんでそんな声やねん” 


 つっこんでしまった。


 久しぶりの自分以外の声が聞こえたことに歓喜しすぎたのかもしれない。

 先ほどまで考えていたことの中にもちろん、これから異世界転生をするのではないか。ということもあった。しかし、そんなことはないと思っていた。あんな黒服の人たちに追われていたなんて絶対になにか秘密がある男の子だと思ったが異世界転生などということには考え至らなかった。

 そもそもあの場で自分を巻き添えにしたとも考えられるあの状況で、男の子を恨むということをしなかった自分を褒めてあげたい。


「またそうやって自分を肯定して褒められるのを待っているのかい?君も懲りないねぇ。そうやって、いままでチャンスを逃してきておいて、ここへきてまた承認欲求発動かい?僕は君から感じた大いなる欲望をたどって、せっかくこうして巡り合うことができたというのに!!」


 図星だった。とても耳に心地悪かった。

巡り合うといっても、いまいちよくわからないし、なんなら今この現状を1秒でも早くどうにかしたいので、こんなよくわからない状況で挑発まがいな発言を殺そうとしている目の前の人物から言われたくない。


「だから、この僕、強欲の悪魔ベヌウが君と巡り合ったのさ!今はこの体を使って話しているけど、めったにないんだからね?よっぽど身の丈に合わない欲がないかぎり、僕と巡り合わせなんて起こらないし。」


 それを聞いてふと、それほど身の丈に合わない欲をもっていたのだろうかと考えてみる。恋愛がしたい、他人への優越感に浸りたい、死にたくない、生きたい。それほど、大きな欲ではないはずだと思う。


 ”あれ?ということは、自分がそれすら望むこともおこがましいほど価値のない人間ということでは?” と思い、いろんなことが重なって泣きそうになる。もう早くこの状況から抜け出したい。


「いやいやいや、だから欲をもっともってよ!もっと欲望に滾ってもらわないと!僕としては、君のような貧弱な精神の持ち主との巡り合わせなんて本当は勘弁してほしいんだけど、それが星々の願いであるならば、僕は答えなくちゃいけないんだ。」


 ものすごくストレートに本心を突き付けられ、自分のなけなしの自尊心が崩壊している音が聞こえる。まったくどうすればいいのかわからないため動揺している自分を抑えつつ、ひとまず、自分がずっと疑問に思っていたことをこのなんちゃらの悪魔と言い張る黒服に聞いてみる。



 ”これ、聞こえてるんですか?”



「聞こえてるよ!?えっ、会話成り立っていたでしょ?君の思ったことは僕に聞こえるようにしているんだよ!?あと、強欲の悪魔のベヌウね。君の欲望を高めるために、時間まで止めたのに、君全然現実と向き合おうとしないんだもん。」


 ”いや、現実とは思えないようなものばかりでしたので、、”


「それでも普通はもっと早く、動きたいとかここままじゃ嫌だとか思うよ?ちょっと、もう君の現実逃避具合いは、ぜったい僕よりも怠惰のアピスと相性いいと思うんだけど。まあ、でも巡り合わせは一人だからね。だからさ、頼むからもっと前向きに欲望出していこうよ、ね?」


 なぜだか目が動かせるようになり、顔が見えるようになったその黒服の恰好でのその口調をやめていただいきたいところではあるが、いろいろ知りたいことが出てきたので、質問をするために頭の中を整理しようと思う。



「そうそう!!いいねぇ、君の知識に対する強欲さは僕も嫌いじゃないよ。

 それでは!君の質問に答えていくよ!まず、君にはいまから死んでもらいます!!」



 ”あっ、死ぬんですね。はい、わかりました。”



「そうそう、うん、わかっていたけど、流されやすすぎない?もっとこう、自我は?まあ、僕としてはいちいちつっかかってこないだけマシなんだけどね。」



 ”はい、すみません”



「うわっ、なんか嫌そうな感じで言うなぁ。まぁ、はい!そう、それで君はうすうす気づいているようだけど、巡り合わせっていうのは、もともと生きていた星々とは、違う星々の下でもう一度新たな生を送ることができるんです!ひとつだけ、君のこれまでの生と違うことは、その新しい生で君には生きる上で明確な役割をもってもらうことです。」


 ふと、もう一度、生きていられるといわれ、なにものにも代えがたい、安堵の気持ちがこころの中に落ちてきて、”生”への感謝を改めてしたくなった。なんでもいい、生きていられるのであれば、”死”から、あの絶望から遠ざかることができるのであればなんでもすると思った。


「その役割っていうのが、僕と共に生きること!ただそれだけ。」



 それだけ?本当にそれだけでいいのだろうか。



「そう、それだけだよ。まあ、それが巡り合わせだし。ただ、僕といるとが増えることは間違いないだろうけどね!それでも、新たな生のなかで、君がどんな人生を歩むかが、星々にとっての願いでもあるだろうから、精一杯生きることだね!」


 その星々っていうのがいまいちピンとこないが、きっと神様みたいなものであろう。なんとなく、自分が死ぬのはこの悪魔と星々の願いのせいなのではと思うところもあるが、ゼロからやり直せるのだ。


 この悪魔の言葉を鵜呑みにしすぎているのかも知れない。もしかしたら、全部嘘で、自分はこのまま死ぬだけなのかもしれない。


 やり残したこと、後悔やまだやり直したいことがいろいろ残っている。家族や親戚に恩返しだってできていない。しかし、もう死ぬのだ。こんな理不尽な死は嫌だ。認めたくもないし、悔しさなんて死ぬほどある。


 けれどこの死は自分が今まで甘えてきた結果だとも思う。人一倍努力できていなかった自分、家族に甘えていた自分、そんな自分を星々は見つけてくれたのだ。そして、この悪魔曰く、もう一度”生”を与えてくれるという。これはきっと最後のチャンスだと思う。どうせ死ぬのだ。死ぬ気でやれば、なんでもできるというものだ。



「それじゃ、もう時間を止めておく必要もなくなったし、一回”死”を経験しておきなよ。今度会う時は新たな”生”を君が迎えたときだね!僕自身も君がどの”生”を得るのかはわからないから、ちょっとわくわくしてるよ。それじゃ、いこっか!」



 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。







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優柔不断な魔王がいたってよくないですか? シアトル在住 @sumiremon

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