優柔不断な魔王がいたってよくないですか?

シアトル在住

第1話 ずっと疑問に思っていたこと。

 いろんなことを浅く広く経験し、満足している自分がいる。すこし物事に取り組んだだけで、やった気でいる自分がいる。それに不満もないが、ふと周りと比べると、どうしても自分が周りより劣っていることを嫌というほど思い知らされる。だから、現実から目を背けられるようなものにすがる。


 今の自分がそれだ。


 ついさっき四度目の受験に落ちた。平日の昼間だからまだ家族は家に帰ってきていないが、家にいたくなくて自転車で田んぼ道を走る。家族への結果報告も、その現実と向き合うことさえも、できない。プライドはかろうじてまだあるものの、自尊心など、下の下もいいところだ。


落ちた理由はわかっている、勉強不足だ。ただ、勉強したくなくて、現実から目を背けて、それでもいい大学に入って家族に誇ってもらえるような肩書きがほしいという欲は人一倍強い。


なにをとっても、なにをしても中途半端な自分。唯一誇れるものといえば、海外の短期大学を卒業したことと、多少なりの浅く広い様々な分野の知識だけだ。そんなものも、家族からしてみれば、二度も受験に失敗して海外へ逃げただけ、といった認識でしたなく、家に自分の居場所なんてなかった。


兄弟はみんな、自分のやりたいこと、将来の夢に向かって突き進んでいるのに、なぜ自分はこうもダメなのか。親戚に頭を下げてかき集めた留学資金もそこを突き、なんとか卒業できたものの、家族はその程度の努力を努力とは見てくれない。


恋人だっていたものの、ダメな自分に愛想をつかして見捨てられる。


 いつも大きな失敗をしたすぐあとには、客観的に自分のことを考えて、これまでの自分の不甲斐なさを振り返り、反省する。けれど一週間後ぐらいにはまた忘れて現実逃避の日々を過ごす。それがいつもの自分だ。


 バイトはしている、必要最低限の出費は自分でまかなえている。家事炊事洗濯だって、全部自分でやる。自分でやる理由は、家事をこなすことで、家にいる自分の存在意義を作りたいからだ。家事が好きなわけでもない。料理をすることは好きだが、後片付けは嫌いだ。でもやる、それしか家族へ貢献できることがないからだ。きっとこれも現実逃避なんだろう。だって、自分の一番やるべきことは、”勉強” だからだ。


 さあどうしよう。家に帰るのが億劫で仕方ない。

 ああ、いっそこのままいいのに。



人一倍欲はあると思う。恋愛だってしたい、お金だって将来自分の家族を何不自由なく養えるような収入はほしい。高望みはしないが、最低限のラインはある。世の中に自分のような何もしていないのに人一倍欲だけが強い人なんているのだろうか。


考えているそばから、自分が情けなくて、消えたくなる。死ぬ勇気なんてもちろんない、なんなら、絶対死にたくない。まだまだやり残したことはたくさんあるし、人よりも経験を積んでみたいと思っている。


そんなどうしようもないことを考えながら、田んぼ道を抜け、自分の隣を小さな男の子が団地のほうへ小走りに駆けていく。


前の団地へ続く狭い路地へ走り去る男の子を眺めながら「ああ、自分にもこんな小さいときがあったな、あの頃はよかったな」などと、またしても現実逃避に花を咲かせようとしたそのとき、後ろからパスッという音とともに体にものすごい衝撃を受けた。


そのあとも、周りの壁や、前を走る男の子の近くの壁へと、握りこぶしほどのクレーターがゴッゴッという音とともに次々とできてゆく。

何が起こっているのか、すぐには理解できず、2、3秒ほど立ち尽くす。

足に力が入らなくなり、自転車と共にガクッと膝から崩れ落ちる。

自分のとなりを走り去ってゆく黒い服を着た、背の高い人たちが三人。

手には拳銃らしきものが見えた。


「あれ、・・・なにこれ?」


自転車から離れて振り返ると自分の背後からさらにもうひとり黒い服を着た人が、

ゆっくりとこちらへ歩いてきて、拳銃を自分のほうへと向けてきた。

男性か女性かはわからない中性な顔立ちで真っ黒な目をしている。

まるで感情が感じられないその目を見て、とっさに、昔習っていた柔道の前方回転受け身を左前方へと取ろうとする。しかし背中に激痛が走り、きれいにでんぐり返しとはいかず、顔から地面に激突し、うつ伏せにうずくまる形になってしまう。それが功を奏したのか、前方回転をきれいにできていたら、頭があったであろう場所に小さなクレーターができる。


(あっ、しぬ)


頭がぐわんぐわんと鳴り始め、わけのわからない今のこの状況に混乱し、死を悟って心の中で言葉をこぼす。


精神力は、小学生のころからずっと習っていた柔道で鍛えていたつもりだった。それが、こんな場面で自分の浅はかさを知るとは思いもしなかったし、誰がこの平和な日本で今のこの状況を想像できるだろうか。


それでも、うつ伏せのまま死ぬのだけは、目をつぶった暗闇の中で死ぬのだけは嫌だった。本当は心の底から思う、”死にたくない” を言葉にはせず、どうせ死ぬならいっそ、最後くらい精一杯の悪あがきをしてやろうと、その黒い服を着た人の足に飛びつこうと立ち上がる。


「俺は死なねえよ」


”急に誰だよ”と心の中でつっこんでいる自分がいる。


ものすごく大きな絶望に押しつぶされながら、まるで小説にでてくる主人公のように、うっすらと笑みを浮かべながら、しかし言ってやった。喉が渇いてかすかすの声だったかもしれないが、言ってやった。


自分がなぜこんなところで、しかもこんな形で死ななければいけないのかわからなかったし、わかりたくもなかった。死にたくなかったが、そんな現実から目を背けるために自分にできる最大限の逃避行為が、好きな小説の中に出てくる魔王の真似事だった。


はたからみたら、とてつもなく厨二病をこじらせている痛いやつだと思われるだろう。いや、実際小説を読んで現実逃避をしている時点で、すでにだいぶこじらせていたのだろう。そもそも今この状況で何をしたっていいじゃないか。


一秒が、とてつもなく長く感じる中で、一言も話すことなく黒服の拳銃にかかる指がゆっくりと動いてゆく。ああ、走馬灯ってこれのことなのかとか、これが小説の主人公が体験していた”長く感じる一秒”とかいうやつなのか、などど頭の中で思いながら、本当に自分の人生はここで終わりなのだと悟る。


親戚に恩返しもできていない、家族に誇れるものもなにもない。結婚だってしていない。ないないづくしの自分の人生。最後に銃を持った人ひとりを相手取って、好き勝手言ってやった。さっきの男の子がなぜこんな物騒な連中に追いかけられているのかさっぱりわからないし、なぜ自分がそれに巻き込まれなくてはならないのか理解ができないが、少しでも男の子が逃げられるように、黒服の人ひとりをここで足止めできてよかったと思いたい。


”否”


違う、そんな聖人君子のような高潔な考えで終われるはずがない。

嫌だ、死にたくない。まだ恋愛がしたい、まだあの高級レストランに行けてない、まだ家族に誇れる自分になれていない。まだまだ足りない。身の丈に合わない夢だろうと、まだ達成できていないものがあるのに、今死ぬなんてできない。


嫌だ、絶対に死にたくない。嫌だ、嫌だいやだ。


死ねない、でも助けなんて期待できない。


生きたい、まだ死にたくない。


生きたい!!!



「じゃあ、その欲望かなえてあげるよ」



明らかにいつもの自分の声ではない、の声が、額に感じる拳銃の弾の衝撃波よりも鮮明に、はっきりと聞こえた気がした。



死んだらどうなるんだろう。いつも疑問に思っていたことだが、こんなにも早く自分自身で経験できるとは思ってもいなかった。もちろん、望んでもいなかったが。

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