脚のない犬
三鬼陽之助
脚のない犬
広場に何匹か犬が集まって遊んでいた。
しばらくして、どこかで人間が呼ぶ声がすると犬達はそれぞれが自分の家に帰っていった。広場には1匹だけ犬が残っていた。
嬉しそうにきょろきょろしながらしっぽを振り続ける犬は、しばらくしてあたりに自分しかいないことに気付くとしっぽを振るのをやめた。
「なんや、僕だけか」口を尖らせた犬は頭を垂れると、何もない広場の真ん中で寝転んだ。
「まあ、いいか。だれかに愛想しなくてもいいしな」
「お腹空いたなぁ。あのおばあさん今日はいてはるかなぁ」犬は頭をもたげると三本の脚で立ち上がった。犬は後ろ脚が一本無かった。
犬は三本脚でぴょんぴょん歩くと、通りを歩き続けた。信号が変わるのを待っていると、知らない人間に話しかけられた。
「お前は、ひとりで散歩か、賢いなぁ」
「僕は信号の意味分かってるねんで」犬は嬉しそうにしっぽを振ると、人間は犬の頭を撫でた。
「賢いなぁ。あ、お前、後ろ足どうした」犬の後ろ足を見た人間が驚いた顔になった。
「車にひかれてもうてん」犬がしっぽを振ると人間は、悲しそうな顔で犬に言った。
「可哀想になぁ、大変やろうなぁ。気をつけろよ」信号が変わるとそう言って通りを渡っていった。
「僕がもう少し可愛かったら、なんかくれたんかな、あのひと」犬はそういうと、通りを渡った。犬が横断歩道を渡り終えると、信号が変わってまた通りを車が走り出した。
しばらくして、住宅街に入ると一軒の小さな家の前で犬は立ち止まった。小さな家の、錆だらけの小さな門の前に犬は座って、おばあさんが気付いてくれるのを待った。日が暮れてあたりには晩ご飯のいい匂いが漂ってきた。
「おばあさん僕のこと忘れたんかなぁ。またおいでって言うてたのに」犬は門の前で暗くなるまで待った。
「今日も留守みたいやな、帰ろ」犬はとぼとぼと来た道を帰っていった。
「おばあさん、どうしてはるんやろなぁ。前に来たときは僕のこと撫でてくれて、いろんな話してくれたのになぁ。僕を人間の名前で呼んでくれて、同じ話を何回も何回も繰り返ししてくれたのになぁ。僕はお腹空かしてるん一生懸命我慢してたけど、よだれをたくさん垂らしたから、僕のこと嫌いになったんかな」
犬はよろよろと立ち上がって来た道を戻っていった。
小さな家の小さな門には「売り家」と書かれた札が風に揺れていた。
脚のない犬 三鬼陽之助 @ruby13
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